【本田教之】なぜ僕らはオフィスに植物を置きたくなるのか
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オフィスの片隅に小さな鉢植えを置いたのは、単なる装飾のつもりだった。窓から差し込む光の中で、葉が揺れるたびに、微かに心が落ち着くのを感じる。始業前の静かな時間、コーヒーを片手にその植物を眺めていると、いつもより仕事への集中力が増す気がするのは気のせいではないだろう。
同僚に話をすると、「なんとなく癒されるんですよね」と笑いながら頷く人が多い。日々のタスクやミーティングの連続で、僕らの心は知らず知らずのうちに疲弊している。そんなとき、無言でそこに存在する緑は、喧騒を遮断してくれる静かな避難所のようだ。
オフィスの空気は、たった一つの観葉植物で変わる。乾燥した空気の中にわずかな湿度が加わり、光の加減で壁や机に落ちる影が柔らかくなる。見えないけれど確実に、働く人の気持ちに変化をもたらす。それはデザインや家具、デジタルツールでは決して代替できない、小さな奇跡だ。
ある日、僕はふと気づいた。この植物を置く行為は、単なる癒しではなく、自分たちの働き方や環境に対する無言の提案でもあるのではないかと。ここで働く人たちの心と体に少しでも余白を作ろうとする小さな抵抗、あるいは実験。オフィスの中で植物がどれだけの影響を与えるかを、自分たちは知らずに試しているのかもしれない。
その夜、退勤するときに最後に植物を見て、少しだけ微笑む自分がいる。今日も誰かの心が、知らないうちに安らぎを得たのだろうか。毎日目にしているだけで、何かが変わるわけではないかもしれない。それでも、小さな葉の存在があるだけで、僕らの働く環境は少しだけ柔らかくなる。
オフィスの植物は、決して大きな話題にはならない。報告書やプレゼン資料のように数値化されることもない。しかし、確実に日々の中で変化をもたらしている。その静かな影響力に気づいたとき、僕は仕事の意味や環境づくりについて、少しだけ違う目線で考えるようになった。小さな緑は、僕らに働くことの本質をそっと教えてくれる教師のようでもある。
今日もオフィスの片隅で、植物は微かに葉を揺らしている。僕らが気づかない小さな変化が、確実に積み重なっていることを知りながら、明日もまた静かに働き始めるのだろう。