クルージングヨット教室物語97
Photo by Kei PandaHR on Unsplash
沖側からスタートしたレース艇たちは、クローズホールド、真上りでスタートしていた。
陸側からスタートしたアクエリアスは、逆のタックで真上りでスタートしていたが、だんだん風が左にふれてきて、上のブイに向かって、良い方向で近づけていた。
風が左にふれたことで、沖スタートのレース艇たちは、上のブイ方向から落とされてしまっていた。
「ここら辺で、タックをするか」
クルージング艇の中で、先頭を走っていたアクエリアスは、タックした。タックしたことで、ちょうど良い角度で上のブイまで一直線で進めた。
「追い抜いちゃったね」
風が左にふれたことによって、レース艇はかなり角度を落とされてしまい、その間に、クルージング艇の先頭を走っていたアクエリアスが、上のブイを最初に周ってしまっていた。
「先頭じゃないか!今のうちにもっと先に進んでしまおう!」
キャビン入り口中央に腰掛けている司令塔の方が、ヘルムを握っている隆より興奮していた。
「金村くん、ブイを周ったらすぐにスピンを上げられるように準備しておいて」
「え、ブイを周ったらスピンを上げますか?」
風向きを確認してから、中村さんに聞き返してから、たかしの方も振り向いた。
「上げるさ、準備だけしっかりしておこう!」
中村さんは、ブイを周ったらスピンを上げる気満々だった。隆は、黙ったままだった。
「よし、先頭でブイを周ったぞ!」
中村さんは、興奮していた。
ブイを周った後の風向きはアビームというか少し上りぎみのスピンを上げるには、追っ手よりも少し風上っぽい角度だった。
「スピンどうしますか?」
アクエリアスのクルーの金村くんが隆に聞いた。
「そうね、どうするかね」
隆は、考えていた。
「アクエリアスのスピンは、ジェネカータイプに近いクルージングスピンだし。オーナーがスピンを上げたいみたいだし、スピンを上げますか」
隆の決断で、金村くんはアクエリアスのスピンを上げた。陽子もスピンシートを持って、金村くんのスピンの操作を手伝っていた。
香織も、よくわからないなりに、陽子のことをサポートしていた。
アクエリアスだけが先行してスピンを上げたことで、他に並んで走っていたクルージング艇たちよりも先へ進み始めていた。
アクエリアスは、同艇種のクルージング艇との差はどんどん開いて先へと進んでいたのだが、その後ろから走ってきた遅れを取り戻しつつあったレース艇たちとの差は、逆に縮まってきていた。
「このままじゃ、追いつかれるよ」
中村さんが叫んでいた。
「大内さん、もっとスピンシートをしっかり引いて!」
中村さんに言われて、香織が慌ててスピンシートを引こうとすると、
「引いたらだめだよ。せっかく風を孕んでいるのに。むしろ、少し出した方が・・」
ヘルムを取っている隆からの指示で、香織は慌ててスピンシートを引くのをやめた。
「なるだけ出せるのなら、スピンシートは出した方が良いんだから」
陽子は、香織にスピンシートのトリムのやり方を教えていた。
「追いつかれるね」
後ろから迫ってきたうららやプロントたちレース艇が、あっという間にアクエリアスと並び、そのまま追い抜いていった。ビッグショットも追いついてきていた。
J24という24フィートのレース艇にまで追い抜かれてしまったアクエリアスだった。
「抜かれてしまったね」
「それは仕方ないですよ。船の種類が違いますから」
隆は、申し訳なさそうにオーナーの中村さんに答えていた。
主な著作「クルージングヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など