クルージングヨット教室物語71
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「隆くん、ラットを頼むよ」
隆が、ラッコからアクエリアスに乗り移ると、さっそく中村さんが言った。
「え、いや、僕は、ただのサポートだから」
隆は断っていたのだが、結局最終的に隆がラットを握ってヘルムを取ることとなってしまった。
「陽子、ちょっとショートカットしようか」
隆は、自分の前の席に座っている陽子に言った。
「スタートで、ちょっと遅れを取ってしまったから」
「うん、追いつけないものね」
陽子が頷いた。
「よし、タックしよう」
隆の合図で、陽子は右側のウインチにシートをかけて、タックする準備をしていた。
「左側のウインチは、タックの準備できているのか?」
陽子がタック準備完了しているのを確認した隆は、反対側に腰掛けている女性に声をかけた。
「え、私?」
「そうだよ。これからタックするのだから準備できている?」
隆は、初めて見れ顔の女性に返事した。
「そういえば、見かけない顔だよね、アクエリアスのクルーなの?」
「そうだよな、今年のヨット教室からの生徒さんだよな」
中村さんが、女性に代わって隆に自己紹介した。
「今年の生徒さんならば、陽子と同期じゃん」
「大内香織といいます。よろしくお願いします」
女性は、隆に挨拶した。
「タックって、ヨットの方向転換するから、ジブセイルをこちら側から反対側に移すから、大内さんの側のジブシートを外して、陽子の側のウインチでジブシートを引き込むから」
隆は、今日初めて出会った大内香織にタックのやり方を説明した。
「だめだよ!そのウインチでのジブシートの持ち方じゃ手を挟むよ!」
隆は、大内香織のジブシートの持ち方を見て、大声で叫んで注意した。
「その持ち方してたら、腕をシートに千切られるよ」
隆は、大内香織に伝えた。
「陽子、あの持ち方がだめな理由わかるよね。香織ちゃんに、ウインチでのジブシートの扱い方とかジブシートの取り回しのやり方を教えてあげて」
陽子は、隆に言われて、大内香織にジブシートの持ち方を教えていた。
「幾つなんですか?」
タックのやり方を教えてあげて、少し親しくなれたので陽子が香織に質問していた。
「私?31歳」
香織は、陽子に答えた。
「31か、それじゃ陽子より3つお姉さんじゃない」
「うん」
陽子は、隆に言われて頷いた。
「会社員さんですか」
「ううん。学校の先生」
「え、学校の先生なんですか?」
「まあ、学校の先生っていっても、普通の学校ではなくて養護学校の先生だけど」
香織は、陽子に答えた。
「養護学校の先生なんだ。それじゃ、生徒さんってちょっと障害がある生徒さんなの?」
「ええ、でも障害はあるけど、皆かわいい生徒さんなんですよ」
香織は、隆に答えていた。
「陽子、もう1回タックいけるか?」
「うん。いつでも大丈夫だよ」
陽子が隆に答えた。
「次、タックしたら、そのままスピンを上げるから、香織ちゃんにスピンの操作教えておいて」
もうすっかり自分の船のクルーのように、香織のことを扱っていた隆だった。
「ポールって無いの?」
陽子は、スピンのセットのために、香織と一緒にフォアデッキに移動しながら、後ろの隆に聞いた。
「無いよ。ラッコのスピンと同じだよ」
「了解!」
アクエリアスのスピンネーカーは、ラッコのスピンネーカーと同じタイプのクルージングスピンと呼ばれるスピンネーカーだった。クルージングスピンは、スピンでの方向転換、ジャイブの際にスピンポールというポールを使用しないスピンネーカーだった。
ポールを使用しないスピンなので、ジャイブの際は、ジブセイルと同じ方法で両サイドのシートを出したり引いたりして方向転換する。いわゆるジェネカーだ。
「スピン上げます!」
「いつでもどうぞ!」
陽子は、香織に手伝ってもらいながら、スピンネーカーを上げた。
スタートした時は、スタートラインでもたもたしていて、他のヨットよりも、かなり遅れを取ってしまい、一番最後にスタートしていたのに、隆がラットを代わって、陽子が香織とペアを組んで、タック、ジャイブを何回か繰り返しているうちに、前を走っていた風神とアンドサンクに追いついてきていた。
主な著作「クルージングヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など