クルージングヨット教室物語68
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「おはよう!」
大きな声とともに、麻美子がようやく戻ってきた。
「早く出航しないと間に合わなくなるわよ」
麻美子は、のんびりお茶を飲んでいる皆に言った。
「うちらは、クレブレースには出ないよ」
「わかってる。だから代わりにコミッティーをやるのよ」
麻美子は、隆に説明した。
「松浦さんに呼ばれて、一緒にクラブレースの艇長会議に参加していたのよ」
麻美子は、クラブハウスであったことを話していた。
「どうせ、隆くんのことだから、ラッコの船じゃレースに出ても走らないからって不参加でしょうって見抜かれていたわよ。それだから、代わりにラッコはコミッティーボートをやってくれって頼まれたの」
「コミッティーなんて、麻美子にできるのか?」
隆は、麻美子に聞いた。
「できるわよ、松浦さんにしっかり聞いてきたから」
麻美子は、手に持ってきた棒の両端に旗が付いているものを皆に見せた。
「この棒をね、レースのスタート時刻に合わせて上に上げたり下げたりするのよ」
麻美子の説明では、皆どう使うのか理解できないでいた。
「松浦さんが細かい使い方は隆が知っているって言ってたけど」
「貸してごらん」
隆は、麻美子から棒を受け取ると、棒の片端に付いている旗を上にあげてみせた。
「この旗がレーススタート10分前の旗だから、瑠璃子の持っているその笛をスタート10分前になったら鳴らして、こういう風に旗を上げるの」
隆は、皆の前で実演してみせた。
「で、レーススタート5分前になったら、この棒の反対側に付いている旗が5分前の旗だから、棒を反転させて今度は5分前の旗を上に上げる」
隆は、棒をくるりと反対にして見せた。
「それで、スタート時間が来たら、瑠璃子のその笛をピーーーって吹いて、この棒を両サイドとも下に下げる。これでスタートの合図になるんだ」
「なるほど」
麻美子は、隆から実演入りで説明を受けて納得していた。
「それじゃ、棒を持つ人と笛を持つ人の2人担当がいるわね」
「あと、スタート時間とゴール時間を紙に記録する記録係も必要だよ」
隆が麻美子の話に付け加えた。
「いずれにしても、コミッティーボートをやるのだったら、早く海上に船を下ろしてもらって出かけなければ、コミッティーボートが遅刻するわけにはいかない」
皆は、テーブルの上のお茶菓子を片付けると、出航するために船から下りて、マリーナの職員さんにラッコをクレーンで海上に下ろしてもらえるように頼んだ。
「おはよう、隆くん。今日はよろしくね」
マリーナ職員にクレーンでラッコを下ろしてもらうのを待っていると、すれ違った松浦さんにお願いされてしまった隆だった。
「コミッティーボートって責任重大だよ」
隆は、麻美子に言った。
「きちんと時間を記録して、その時間でレーティングとか修正して各艇のレーシング時間を記録して上げることで、その船のレース成績が決まってしまうのだから」
レースに参加するヨットは、ラッコのようにクルージングの時に快適に暮らせるようにキャビンが豪華で重たいヨットもあれば、うららのようなトイレがバケツ1個という走るためだけに軽く作られているヨットもあって皆それぞれ違うので、ヨットレースにはレーティングという制度があった。
ゴルフのハンディキャップみたいなもので、速いヨットと遅いヨットで平等に走れるように遅いヨットはハンディキャップをもらえるのだった。
「俺も、細かい計算方法はよくわからないけど、ここのところに書かれている数字が、そのヨットのレーティングで、このレーティングを今回のレースで掛かったレーシング時間にかけて引かれた時間が、そのヨットの修正タイムになるんだ」
計算の苦手な隆の説明は、最後の方は、だいぶあやふやにしか説明できていなかった。
「要するに、この修正時間をこっちのレーティングで割っているわけね」
仕事上、経理が得意な瑠璃子は、前回のクラブレースの時の計算結果が書かれている用紙を確認して、修正時間の計算方法を隆よりもしっかり理解してしまっていた。
「なるほど、そういうことだね」
会社で経理部長を兼任している麻美子も、瑠璃子からの説明ですぐ理解していた。
「これは、もう記録係は瑠璃ちゃんにお任せだね」
レース時間を記録する担当は、瑠璃子に決まった。
主な著作「クルージングヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など