「暖かいし、夕食はキャビンではなく岸壁で食べよう」
隆の提案で、夕食はラッコを停泊した正面の岸壁にブルーシートを敷いて、そこで食べることになった。
「くさやってどこにある?」
隆は、麻美子に聞いた。陽子は、カセットコンロと網を手に持っていた。
「くさや、どこに持っていくの?」
麻美子は、どこかに、くさやを持って行こうとしている隆と陽子に聞いた。
「キャビンの中で、くさやなんか焼いたら、キャビンの中が臭くなってしまうから、岸壁で焼くよ」
隆と陽子は、くさや担当で岸壁に行って、くさやを焼き始めていた。残った麻美子、雪に香代、瑠璃子は、キャビンの中で買ってきたタコや魚を捌いていた。
「新鮮だし、料理も簡単だから、魚はお刺身で良いんじゃない」
麻美子の提案で、買ってきた魚はみな、お刺身で食べることになった。あとは、お米を炊いて、ちょっとした付け合わせのサラダを用意して、今晩の夕食は完成だった。
「本当に、こんなところで食べるの」
麻美子たちが、捌き終わった魚を盛り付けたお皿を持って、キャビンから出ると、目の前の岸壁にいる隆たちのところへ移動した。ラッコの正面の岩壁は、ちょうどバス停の目の前で1時間に1、2本のバスが停まる度に、お客さんが数人降りてくる。おまけにすぐ側に公衆トイレまであった。
「トイレの真ん前だよ」
「ちょうど良いじゃん、食べてすぐトイレに行きたくなったら、すぐに行けるよ」
隆は、笑っていた。
ラッコの皆が、そこの岸壁に大きなブルーシートを敷いて夕食を食べていると、アクエリアスのメンバーたちもやって来て、同じブルーシートの上で一緒に夕食することとなった。
「やっぱ、美味いよな」
もう何度も、大島には立ち寄っている中村さんやアクエリアスのクルーたちは、隆たちが焼いたくさやを食べながら、口々に話していた。
「日本酒を飲みながら食べるくさやは最高だよ」
中村さんは、麻美子に言った。麻美子は、隆が匂いがすごいと言っていたので、くさやに鼻を近づけて、嗅いでみた。焼いた後だとそれほどでもないが、まだ焼く前のくさやを嗅いでみると、なかなか独特な匂いが魚からしていた。
「匂うけど、なかなか美味しいね」
「あそこで、このくさやは作られているんだよ」
隆は、波浮港の丘の上にある小屋を指差して、麻美子に説明した。
「あそこが、くさやを作っている加工小屋なんだよ」
中村さんも、麻美子に説明した。
皆が、岸壁で夕食を食べていると、真っ赤で派手なスポーツカーが波浮港の港に入って来た。明らかに大島の地井さん漁港には似合っていないスポーツカーだった。
「おーい、隆くーん」
そのスポーツカーの中から坊主が降りて来て、隆に大声で声をかけて来た。
「ああ」
隆も、知り合いであるらしく坊主に大きな声で返事していた。
「これか、隆くんの新しく買ったってヨットは」
「船内に入ってみますか?」
隆は、その坊主をラッコの船内に招き入れると、キャビンの中を案内していた。なんか派手なスポーツカーで突然やって来て、隆に声をかけてくるし、誰かガラの悪い人だったらどうしようと心配になった麻美子は、思い切って一緒にキャビンの中についていった。
「うちのクルーで、俺の大学の時の同級生です」
隆は、麻美子のことを、その坊主に紹介した。
「大島の唯一の有名なお坊さん」
坊主のことも、麻美子に紹介した。坊主は、ただのスキンヘッドにしているというわけではなく、本当にお坊さんだったのだ。
「本当に、お坊さんだったんだ」
船内を見てから、しばらく一緒に話した後、また坊主が派手なスポーツカーに乗って爆音をたてながら帰ってしまった後で、麻美子は隆たちに言った。
「あんな車で大島を走り回っているのだから、不良坊主だよな」
中村さんも、麻美子に言った。
大島の坊主は、もともと隆たちがヨットを保管している横浜のマリーナのすぐ隣にある横浜市のヨットハーバーにヨットを置いている鈴木さんの知人だったが、隆たちも鈴木さんと一緒に、大島に立ち寄る度に、坊主と会っているうちに知り合いになってしまったのだった。
「隆が一緒にキャビンに入った時は、なんか絡まれているんじゃないかと心配だったわよ」
「本当に絡まられてたら、危ないから中に来るなよ」
「そんなこと言ったって、隆のことが気になるじゃないのよ」
麻美子は、隆に言った。
「隆さん、ダメだよ。麻美ちゃんが心配になるようなことしたら」
瑠璃子は、隆に言った。
なんだか、隆お父さんに麻美子お母さん、瑠璃子お姉ちゃん、一番上の雪お姉ちゃん、陽子、一番末っ子の香代ちゃんとファミリーになって来たラッコメンバーだった。
主な著作「クルージングヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など