クルージングヨット教室物語23
Photo by Rye Cedlux on Unsplash
「陽子、ヘルムを変わってくれるかな」
ずっと横浜のマリーナから観音崎の先までラットを握り続けてきた隆が、陽子に頼んだ。
「いいよ。ずっと握っていたものね。疲れてきちゃうよね」
陽子は、隆と変わってラットを握ると、ヨットの操船を引き継いでいた。
「ここまでは、東京湾内で航路が比較的狭かったけど、ここから先は海域が広くなって走りやすいから」
航海計器に表示されている海図を眺めながら、隆は陽子にコースを説明した。
「陽子ちゃん、すごいね。隆さんから変わっても船がまっすぐに走れていて」
「そうだよね。私じゃ、それ上手く操船できないもの」
雪が、ラットのことを指差しながら、陽子に言った。
「いや、雪だって、陽子と同じ時期にヨットを始めているのだから、陽子のように、もっとちゃんと操船できるようにならなきゃダメだろうが」
隆は、雪に言った。
「はい、次は雪と交代」
30分ぐらい陽子がラットを握った後で、隆は雪に命じた。仕方なく、雪が陽子からラットを引き継いで、必死にラットを握っていた。陽子から雪にヘルムが代わって、ラッコの船体は、右に左に大きく蛇行しながら走り始めていた。
「もっと、しっかり真っ直ぐに握らないと」
隆は、雪がラットを握っている間、ずっとラットの下端を足で支えて操船をサポートしていた。
「ね、瑠璃ちゃん。疲れたから交代してもらえないかな」
陽子からラットを引き継いで、まだ5分ぐらいしか経っていないのだが、もうラットを握っているのが疲れたとかで、雪は早々に瑠璃子とラットを交代してしまっていた。
「おはよう!」
夜中の3時過ぎ、というかほぼ明け方の4時ぐらいの時間になって、夜のウォッチをしていたグループが眠くなって静かになってきた頃、キャビンの中で眠って元気を回復した麻美子が大きな声で起きてきた。
「元気だな」
隆は、眠そうな声で、麻美子に返事した。今は、ラットは瑠璃子からまた陽子に代わって、陽子がラットを握って操船していた。
「いま何時だと思っているの?」
「え、4時かな」
「ウォッチは、前半と後半で半分ずつ交代って言ったのに、いったい何時まで寝てたんだよ」
「そうね、ごめんね」
麻美子は、隆に言われて、皆に謝っていた。
「とりあえず、ラットをずっと握ってる陽子から代わってあげなよ」
「そうね。香代ちゃん、代わってあげて」
香代は、麻美子にそう言われて、コクピットの操船席に移動して、陽子とラットを代わった。
「それじゃ、お休みなさい」
麻美子、香代と交代で、陽子、雪、瑠璃子が寝るためにキャビンの中へ入った。雪が、パイロットハウス一段下のギャレー前のサロンで眠ったので、瑠璃子はパイロットハウスのサロンで横になった。
「じゃ、私は後ろで寝ようかな」
アフトキャビンの扉が開いていて、中のベッドに、香代と麻美子が使っていたタオルケットがそのままになっているのが見えたので、陽子はアフトキャビンで横になった。
「明るくなってきたな」
4時半ぐらいになって、朝陽が登って、海は明るくなってきた。
ラッコは、東京湾の入り口、三浦半島の突端、三崎を通り越して、目の前に見えている大島に向かって走っていた。大島の波浮港は、島の反対側にある漁港なので、ぐるっと大島を回り込む必要があった。
「俺も、少し寝てきていいか」
隆は、麻美子に言うと、後は麻美子と香代に、GPS航海計器に任せて、キャビンの中へ入った。
「なんだ、皆それぞれに3ヶ所に別れて寝ているのか」
隆は、開けっ放しのアフトキャビンの扉から中に入ると、そこに寝ていた陽子に声をかけた。
「俺も、ここの横で寝てもいいか」
陽子は、ベッドの奥側に自分の身体を移動して、隆が寝れるように手前側のスペースを空けた。