クルージングヨット教室物語11
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今日は、初めてのヨット乗船日だった。
先週からクルージングヨット教室は始まっていたが、先週はクラブハウスの2階で座学の講習を受けただけだったので、実質今週が初めてヨットに乗る日だった。
今日は、永田瑠璃子も皆と同じようにスカートではなくパンツを着ていた。
「さあ、メインセイルを上げようか」
隆の号令で、皆はラッコのメインセイルを上げるのに必死になっていた。
「そのロープを引っ張ってくれる」
皆よりも少しだけヨットの乗船経験がある麻美子が指示を出していた。
「ヨットでは、ロープっていう言い方は辞めようか」
コクピットで、操船用のステアリング、ラットを握りながら、隆は麻美子に注意した。
「そっちの赤いヒモを引っ張ってくれる。陽子ちゃんは青いほうのヒモを引いて」
隆がロープと呼ぶなというので、麻美子はロープのことをヒモと呼んでいた。
「ヒモって呼び方もおかしくないかい」
コクピットに戻ってきた麻美子に、隆は言った。
「ロープがだめで、ヒモがだめならば一体なんて呼んだらいいのよ」
「シート。ヨットでは、ロープのことはシートと呼ぼう」
「シート?なんか腰掛けたくなってしまうような名前」
麻美子は、コクピットの座席に腰掛けながら、隆に言い返していた。
「夫婦げんかはしないで」
陽子は、麻美子のことをなだめていた。
「夫婦?」
「奥さんじゃないんですか?」
陽子は、ラットを握っている隆の横の空いている場所に腰掛けながら、隆に言った。
「え、勘弁してよ。麻美子は、別に奥さんじゃないよ。ただの大学時代の同級生」
隆は、陽子に答えた。
「え、結婚していないんですか?」
「していないわよ。夫婦でもなんでもないもの」
今度は、雪が麻美子に聞いて、麻美子が雪に答えていた。
「ええ、麻美子さんって、ぜったい隆さんの奥さんだと思っていた!」
「口げんかの仕方とか、話し方とか完全に夫婦の会話だったものね」
ラッコの女性たちは、コクピットで口々に話し始めた。
皆、さっきまでのヨットの操船方法の話をしているときとは明らかに違うテンションで、楽しそうに隆と麻美子の話で盛り上がっていた。
「麻美子さんって中目黒に住んでいるんですか?」
「隆さんって、いつも会社の仕事が終わると、麻美子さんの家で夕食を食べているんですか」
「麻美子のお母さんがすごく料理上手の人でさ、田舎から都会に出てきて一人暮らししている俺の栄養とか食べるもののことを心配してくれて、作ってくれてしまうんだよ」
隆は、皆に答えていた。
「うちのお父さんが輸出入の貿易商で日本とサンフランシスコに拠点があって、今は弟がサンフランシスコの事務所に赴任しているから、弟のいた部屋が余っているのよ」
「それで、あまり夜が遅くなると、麻美子の弟の部屋に泊めさせてもらってるの」
「ひとつ屋根の下って、それってもう夫婦みたいなものじゃないですか」
皆は、隆と麻美子の話で大いに盛り上がっていた。さっきまで隆がヨットの操船方法について説明していたときは、こんなには盛り上がることなど全く無かったのに、盛り上がり方が雲泥の差だった。
クルージングヨット教室の一環で、ヨットに乗りに来ているというのに、ヨットの操船方法の説明の時も、このぐらいは盛り上がってくれよと隆は思っていた。
「でも、隆さんとお付き合いはしているのですよね?」
「私たちって、お付き合いなんかしていたことあったっけ?」
麻美子は、隆に聞いてみた。隆は、首を大きく横に振った。
「麻美子とは別に付き合ってなんかいないよ」
「ほら、なんか大学生の頃から相性が良かったんで、いつも一緒にいただけなのよ」
麻美子は、皆に答えていた。
皆は、ふーんって感じで頷いていた。