最近コンサルティングビジネスをされているとある方から懇談会への参加を誘っていただく機会がありました。その方がお勤めされている企業ではモチベーションを基に労働者の生産性、組織、労働へのコミットメントの測定・向上を図る、ということが行われているのですが、それをきっかけに改めて労働とモチベーションについて考えることになったので、ここで労働にどのように生かせるかということを、モチベーションがどのようにヒトに影響をもたらしているかという観点から書きたいと思います。
あなたが企業の経営者・リーダーであった場合、従業員・部下に高いモチベーションを持って仕事に臨んでもらえるかと日々方法を模索していることだと思います。従業員らの間には営業能力、学習速度の差があると思いますが、長期間に渡るパフォーマンスの維持にはモチベーションも重要な要因の一つです。あるいは一人の労働者として高いパフォーマンスを発揮するためにモチベーションを上げる努力をしている人もいるかもしれません。あるいは「モチベーションなんか関係ない。目の前の仕事をやるだけだ。」という方もいるでしょう。
「モチベーション」
知っているようで知らない。身近な言葉ですが、上げる方法は?どのようにして上下しているのか、まず広辞苑の定義を見てみます。
①動機を与えること。動機づけ。誘因。 ②物事を行う意欲。やる気。「―を高める」
ここではモチベーションをポジティブな感情として扱い、そのメカニズムについて考察してみます。
ネットショッピングを例にしてみます。私はアマゾンが好きで頻繁に利用するのですが、購入したものが自宅に郵送されてくる時に、ドアベルが鳴るのが待ちきれないという経験があります。同じような経験をしたことはありませんか?2014年にRazorfishというメディア系企業が発表したDigital Dopamineというレポートによると、米国、英国、ブラジル、中国で1,680人に対し行われた聞き取り調査で76%、72%、73%、82%の対象者が「オンラインで購入した商品が自宅に届くことは実店舗での購入よりエキサイティング(気分が上がる/楽しい/ワクワクする)」と回答しました。(最下部にレポートのリンクを載せています)実店舗でのショッピングも楽しいですが、オンラインとは異なる感覚です。この現象は何でしょうか。
ドーパミンという化学物質は「モチベーション」という概念と非常に関連しています。上の画像はある実験において信号(Signal)→作業(Work)→報酬(Reward)の過程で、動物(主にヒト、サル、ネズミ)の脳内でドーパミンが放出される様子を表したものです。信号が光り、ある一定の動作・作業を行うことで食べ物等の報酬が与えられるというもの。画像のようにドーパミン(ポジティブな感情)が報酬を受け取った時に放出される状態をグラフ化したもの。ですが実際に起こる現象とは異なります。
スタンフォード大学のRobert Sapolsky はストレスとその脳への影響についての研究を多く行っている神経科学者です。彼は過去に講演で霊長類のモチベーションの仕組みに関する実験を紹介しています。彼によればこの実験でサルに訓練が施され、サルが電球の光=信号(Signal)、信号の後にボタンを10回押す(Work)ことでエサ(Reward)を得るという実験を行いました。実験の目的は一連の Signal-Work-Reward の過程で脳内のドーパミン放出のタイミングと放出量の測定。サルはボタンを10回押した直後にエサを与えられます。ですがドーパミン放出のタイミングは報酬を受け取った時ではありません。(画1)実際は信号刺激の後すぐにドーパミンの放出が始まり、ボタンを10回押した直後減少します。(画2)ドーパミンは報酬に対する予想により放出され、その効果によりサルは報酬が与えられるまでボタンを押し続けます。繰り返しになりますが、サルはエサを得るためにボタンを押すよう訓練されています。
二つ目の実験では報酬を得る機会を50%に下げます。この場合ドーパミンの放出量に変化はあるでしょうか。
報酬を得る確率が半分に減少したにも拘わらずドーパミンの量は下がるどころか急激に増加しています。三つ目と四つ目の実験では報酬を得る確率を25%と75%とします。興味深いことに、25%と75%の確率ではドーパミン放出量はおよそ同量で、100%と50%の中程度です。100%の確率で報酬を得ている場合でも一定のドーパミンが放出されていますが、確率が下がった場合に量が上昇していることが分かります。予測が難しい状態こそポジティブな感情であるという矛盾。
個人的な考えですが、モチベーションについて考える時、「ドーパミン放出量が最も多い状態こそ最も望ましい形」という風には私は考えません。なぜならドーパミンはコカインなど乱用される薬物とも関わりがあり、ドーパミンの存在自体はニュートラルであると考えます。あくまでモチベーションを理解する上でドーパミンがどのように作用するかというメカニズムを知ることが役に立つということです。
またドーパミン受容体に作用し効果を低下させるドーパミン拮抗薬(Dopamine antagonist)を利用することで、信号刺激の後に作業工程が発生しないことを観測されています。いわゆる無気力に近い状態です。
これをヒトで例えると、すべてが思い通りに進んでいる時はポジティブな感情の度合いは低く、反対にある程度難しく、ある程度成功の確率がある時こそ人は没入した状態(Engaged)になると考えられます。Wantedlyを利用している方にもチャレンジであることを楽しみ、難しいことほど没頭できるという人が多いのではないでしょうか。
補足:ヒトとサルは別の生き物ですが脳の働きは非常に似ています。(ドーパミンの影響はザリガニなど他の脊椎動物の脳でも観測できます)
ネズミやサルの認知能力では「モチベーション」という概念は深い意味を持ちません。Sapolsky 氏も述べていますが、ヒトは現在・過去・未来という時間軸に存在しているため、「モチベーション」という概念はより複雑なモデルとなります。ドーパミン放出のタイミングで重要なポイントは、作業と報酬にどれだけ間隔を開けられるか、です。つまりヒトにとっての「モチベーション」は目先の行動に影響を持つだけでなく、1か月、1年、3年と未来の行動に影響を与えるのです。短期間の目標を元に行動することもできますが、さらに先の未来を考慮することは、例えばビジネスにおいて非常に重要ですね。
ポジティブな感情や没入感(熱心にタスクに取り組む様)は総括的な目標に関連するタスクを遂行してゆくことで得られるもので、目標の達成とは別です。モノを手に入れたり、目標を達成することは重要ですが、それにより得るものは幸福感(Happiness)や満足感(Satisfaction)であり、長続きするものではありませんよね。大学を卒業することだけが目標では仕事は得られませんし、仕事を得ることだけでは仕事は長続きしないでしょう。
Robert Sapolsky: Dopamine is not about pleasure but the anticipation of pleasure. It's the pursuit of happiness rather than happiness itself.
その2では労働とモチベーション、実用的な点について書きたいと思います。ありがとうございました。