翻訳ではなく、文脈を届ける仕事
日本に来てから、25年以上が経ちました。
その間、私が一貫して関わってきたのは、日本の文化や日常を、異なる背景を持つ人にどう伝えるかという仕事です。
日本語を学び、日本文学を研究し、日本で暮らし、メディアの現場で記事や動画を作る中で、何度も感じてきたことがあります。
日本の文化は、言葉をそのまま置き換えるだけでは伝わらない。
そこには、生活習慣、歴史、記憶、空気感、メディアの文脈があります。日本では自然に共有されている前提も、海外の読者や視聴者には最初から共有されているわけではありません。
だからこそ、私にとってコンテンツ制作は、単なる翻訳ではありません。
読者が持っている前提を想像し、その人たちに届く形に文脈を組み直す仕事です。
日本との関わりの始まり
私の日本との関わりは、日本語や日本文学を学ぶところから始まりました。
大学院では近代日本文学を研究し、日本の文化や表現が、時代や社会の変化の中でどのように形づくられてきたのかに関心を持っていました。
その関心は、現在のコンテンツ制作にもつながっています。
研究として日本を読むことと、メディアの仕事として日本を伝えることは、もちろん同じではありません。けれども、どちらにも共通しているのは、表面に見えているものの奥にある文脈を読み解くことです。
なぜその表現が生まれたのか。
なぜその文化が人にとって意味を持つのか。
それを、別の読者にどう届ければ伝わるのか。
その問いが、今の仕事の軸になっています。
同じテーマでも、読者によって見え方は変わる
そのことを強く感じた仕事の一つが、朝日新聞社系のwithnewsとgrape Japanによる共同企画でした。
テーマは「駄菓子」です。
私はgrape Japan側で、英語圏の読者に向けた記事を書きました。一方、withnewsのライターは日本語読者に向けた記事を書きました。
同じ題材を扱っていても、日本語読者と英語圏の読者では、持っている前提や関心が違います。
日本語読者にとって、駄菓子や駄菓子屋は、子供時代の記憶や地域の風景と結びつきやすい存在です。
一方で、海外の読者にとっては、日本のポップカルチャーや訪日体験を通じて出会う、少し不思議で新鮮な文化でもあります。
同じ「駄菓子」というテーマでも、どこに面白さを感じるのか、何を説明する必要があるのか、どこまで説明するとかえって野暮になるのかは、読者によって変わります。
その違いを意識しながら、英語記事としてどう成立させるかを考える作業でした。
翻訳ではなく、文脈を設計する
この経験を通じて、文化を伝える仕事は、言葉を置き換えるだけではないと改めて感じました。
大切なのは、読者が何を知っていて、何を知らないのかを見極めることです。
日本語読者には説明しなくても伝わることが、海外の読者には伝わらないことがあります。逆に、海外の読者にとって新鮮に見えるものが、日本語読者にとってはあまりに日常的で、見過ごされていることもあります。
その差をどう扱うか。
驚きとして見せるのか。
懐かしさとして見せるのか。
社会や地域の変化として見せるのか。
あるいは、まず体験として自然に入ってもらうのか。
そうした判断を積み重ねることが、私にとっての編集であり、ライティングであり、コンテンツ制作です。
記事、動画、字幕、それぞれの伝え方
その後、Umami Bitesでは、飲食店や観光施設の取材、英語記事の制作、動画、字幕、インタビュー企画などにも関わってきました。
文章で伝わることがあります。
映像でなければ伝わらないこともあります。
字幕や構成によって、初めて理解しやすくなる情報もあります。
例えば、料理の魅力を伝える場合でも、味や見た目だけを説明すれば十分というわけではありません。
その料理がどの地域と関わっているのか。
店が何を大切にしているのか。
海外から来た人が、どこで戸惑い、どこに魅力を感じるのか。
そうした点を踏まえながら、記事なら記事の形で、動画なら動画の形で、海外の人に届くように組み直していく必要があります。
メディアが変われば、伝え方も変わります。
だからこそ、私は文章だけでなく、動画、字幕、構成、取材、編集を含めて、コンテンツ全体の設計を大切にしてきました。
逆方向の橋渡しも、同じ仕事
最近は、日本語メディア側でも、海外の話題を日本の読者に伝える仕事に関わっています。
方向は逆ですが、本質は同じだと感じています。
海外の投稿や話題を日本語にする時も、ただ訳せば伝わるわけではありません。日本の読者がその背景を共有していない場合、何が起きているのか、なぜ面白いのか、どの部分に注目すればよいのかを整理する必要があります。
英語圏の読者に日本を伝える時も、
日本語読者に海外の話題を伝える時も、
必要なのは、読者の立場から文脈を組み直すことです。
これからも続けたいこと
私が日本でコンテンツを作り続けている理由は、そこにあります。
日本の文化や日常を、ただ紹介するのではなく、異なる読者の文脈に合わせて橋渡しすること。
学術的な関心、長年の日本での生活、英語メディアでの経験、動画や字幕制作、そして日本語メディアでの仕事。
それらを組み合わせながら、日本の魅力や面白さを、届くべき人に届く形で伝えていきたいと考えています。
翻訳ではなく、文脈を届けること。
それが、私にとってのコンテンツ制作です。