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「うつ」から立ち直ることは「誇り」である。

どうも。
野村です。

知っている人は知っていると思いますが、私、うつ病なのです。
別に隠す必要もないですし、逆にひた隠しに生きるのも辛いものですから。
幸いなことに症状もかなり回復し、今は気力も湧いてきています。

とは言え、世間一般では未だ「うつ」に対する認識が低いように思います。
私は今は「回復期から再発予防期の間」に居ます。
なので仕事も再起動モードに入れました。

おそらく皆さんがイメージする「うつ」の状態とは、以下のようなものだと思います。
・一歩も外に出ない
・誰とも会話しない、出来ない
・死ぬことばかり考えている
・無気力で無感情

しかしながら、他の病と同じように「適切な診療と適切な処置」を行えば、症状は軽くなっていきます。

他の病気で言うと、白血病が挙がるのでしょうか。
先頃、競泳の池江璃花子選手が白血病と診断され療養生活に入りました。
皆さんはどう思われますか?

かつては「不治の病」とされていた白血病ですが、ここ20数年で長期生存率は大きく伸びています。
ソース:https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/search/cancer/news/200908/512035.html

古くは夏目雅子さん、最近ですと本田美奈子さんがお亡くなりになりましたが、それでも今では多くの方が寛解し、色んな分野で活躍されています。
また「骨髄バンク」も浸透し、今や「不治の病」という人は少なくなったことでしょう。

翻ってうつ病はどうでしょう。

先に書いたイメージがずっと続いているのがうつ病。
そうじゃない人はうつ病ではない。
うつ病に頑張ってと言ってはならない。
うつ病は数種類に分類される。

私個人の見解としては、全て間違いです。

うつ病患者だって人間です。
食欲がわかない、眠れない。
私も経験したことですが、最終的にはメシを食い、最終的には睡魔に襲われて眠るのです。
また私は喋るのが好きです。
行きつけの居酒屋で駄弁ったり、コンビニの顔見知りの店員さんと話したり、近所のおばさんと「体調、大丈夫?」と聞かれ答えたり。

繰り返します。うつ病患者だって人間です。

辛い中でも、抗いながら生きているのです。
辛い中でも、喜びに触れていたいのです。
辛い中でも、どこかで生きていたいのです。

人間、なのですから。

先に上げたイメージの最後の「うつ病は数種類に分類される」のは本当に違います。
うつ病は「脳の不調」です。
さて、皆さんにお聞きしましょう。

人間は皆、同じ脳をもっていますか?

答えはNOですよね。
人それぞれ違う人格を持ち、決して100%同じ人格はこの世に存在しません。
私の姪は三つ子ですが、幼いながらも個性や人格が異なります。
人格を構成するのは脳です。
人間の脳は人間の数と同じく存在する、ということです。

ならば「脳の不調」であるうつ病は、同じ「たった数種類」に分別されるものなのでしょうか。
答えはNOです。
症状も患者と同じ数だけある、ということです。

繰り返します。症状も患者と同じ数だけある、ということです。

さて、ここからは私の話でもしましょうか。
私は一度うつになり、回復し、再発した人間です。
再発したのは3年半ほど前になります。

原因は「回復後からのオーバーワーク」です。
当時37歳ですか。
働き盛りの十数ヶ月を取り戻すべく、一度目のうつ以上に働きました。
今思えば、焦っていたんでしょうね。
必死、の一言に尽きます。
人生の中でも一番「自分を追い込んで仕事をした」のではないでしょうか。

そうしたら、二度目のうつが襲いかかってきました。
一度目よりも強く激しいうつです。

そこで私はある考えに至りました。

生涯現役であるために、今は休もう。

そう決めた時に、少しだけ世界が変わりました。
なんだ、長い人生の中のたった数年じゃねえか。
ならば自分と世界と焦らずに向き合おうと。
長い時間をかけて自分の心、世界と自分と向き合い、正解かどうかはわからないけども、人生の方向性を決めていきました。

そして、ある切っ掛けで脳が動くベクトルが大きく変わりました。

2017年12月、実家の東京に久しぶりに帰郷したときのことです。
先にも言いましたように、三つ子の姪がいます。
彼女らと初めて会った時に、今思えば切り替わったのでしょう。

なんて愛らしいんだ。
なんて愛おしんだ。

私はきょうだい仲はそんなに良くない方ですが、5年ぶりにあった妹の性格が丸くなったこと、そして私と血のつながった子どもがこの世に存在すること。

それに衝撃を受けました。

それ以来、実家の母に「少しつづでいいから姪の写真を送ってくれ」と頼み、写真や動画の中にいる姪に心を解されていきました。

2018年11月、2019年1月と頻繁に帰京しました。
平沢進のライブを見るという目的もありましたが、姪に会いたいという目的もあり。
その2度の帰京で自分の心の解れ具合を知り

ああ、なんだ。俺、良くなってるじゃねえか。

そう感じた次第です。

さて、表題です。

「うつ」から立ち直ることは「誇り」である。

皆さんも多少の苦労をして生きてきて、今を生きているはずです。
辛いことや苦しいことを乗り越えて、今を生きているはずです。
それは皆さんにとって糧であり、誇りでしょう。

うつも、同じ。

治療が必要かそうでないかの違いだけなんです。

私の辛いことなんかわからない。当たり前です。人格が違いますから。

人間は人間を100%知ることは、人格、つまり脳が違う以上不可能です。
血を分けた親きょうだいでも不可能なんです。
ですから、私をわかってくれとも言いませんし、思いません。
但し、それは自分以外の人も同じであり、決して強要してはならないとも思っています。

なので

「うつ」というレッテル貼りはもう止めよう。

と、少しだけ大きな声で言います。
何故ならば、人間は「脳」という体の一部を有している以上、それが不調にならないはずがないからです。

風邪をひかない人間はいません。
怪我をしない人間はいません。
死なない人間はいません。

それと同じなんです。
うつは、誰にでも陥る可能性があるのです。
対岸の火事ではありません。
他人事ではありません。
常に背中のすぐ後ろにうつは居ます。
心に留めておいてください。

今、私は誇りを感じています。
自分がうつにならない限り、見えなかった世界が見えるのですから。
長い時間をかけて自分と向き合い、見えない壁を越えられそうなのですから。

なので、私がうつになった事実はネガティブじゃありません。

うつは、私の人生で必要だったもの

だとすら感じます。
おかげさまで、以前よりも心が靭やかになった感覚です。
硬く壊れやすい心が、軟らかく靭やかに。

人生の中の「働き盛り」を費やして出した答えです。

人間、瑞々しい心が大事です。
仕事でも、社会でも、友情でも、恋愛でも、家族でも。
乾いた心のまま、生きてはいけません。

うつは私にそのことを教えてくれました。

それが、「うつ」から立ち直ることは「誇り」であることの理由です。

皆さんも是非、一度は真剣に考えてみてください。
決して無駄なことではないのですから。

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