College
大学では分野を絞らずに勉強することができたため、起業家の多いSFCにいる利点を生かし事業創造に関する講義を受けたり、心理学に触れてみたり、環境学、政治学など様々なことを学びました。言語に関しては、中国語、アラビア語、フランス語、イタリア語に挑戦してみました。英語はやはり自分の軸であるため、自主的に勉強したり触れ続けました。言語を学ぶということは、ただ喋れるようになるだけでなく、触れる時間が長ければ長いほど新しい文化や考え方に巡り合う機会も増えるため、それが一つの楽しみでもありました。
その延長線上で、大学では「ことば」に関わる勉強を主に行いました。大学生活の前半は、言語学に費やしました。人が言語を習得する過程について学び、認知科学的な視点から言語と思考の関わりについて研究しました。大学生活の後半は、文学を入り口として翻訳から読み取れる価値観やニュアンスの違いについて研究しました。霜崎實先生の研究会では翻訳分析を学び、実際に翻訳の指導を受ける傍ら、既存の訳文を分析していました。文章を作るということの面白さや、それを他言語に置き換えることの難しさ、また文章を読むことの奥深さを学びました。福田和也先生の研究会では、小説の執筆活動を行い、子供の頃にやっていた自分で創作することの楽しさを思い出すことができました。また他人の作品の批評も行なっていたため、自分にはない価値観や世界観を感じることは、自分の生活自体にも影響を与えるほどの貴重な経験でした。双方の研究会において共通していたのは、「伝わる表現」について模索していたという点でした。
このような研究の傍で、大学5年間また今も継続してダンスをしています。ダンスは身体的な活動ですが、その奥深さと身体表現に含まれるメッセージ性は研究に共通する部分もありました。ダンサーは踊りを「ことば」として常に創り続けています。練習はスポーツのような一面もありますが、個人のダンスに集中すればするほど自分に向き合う必要があるため、本当に好きでないと続けられないと感じております。ダンスサークルでは、練習場所を確保する役割を担う、施設管理という役職につき、サークルに参加する100人以上のメンバーに対して責任のある仕事をしていました。基本的な、施設の予約という仕事以外にも、他団体と交渉をして場所を譲ってもらったり、学校側と交渉して協力を要請したり、書類仕事だけでなく対ヒトの関わりも多くあった仕事でした。自分がサークルを代表しているという点においては、リーダー職と似たような重みのある役職でした。