エンジェルが教えてくれた「偶然ではない」という話
先日、興味本位で自分の手相を見てもらいました。
生命線や運命線、成功線…。
占いをどこまで信じるかは人それぞれですが、一つだけ印象に残った言葉があります。
「あなたは人を助けることで運が開く人。若い頃の苦労が、人生後半の武器になる手相です。」
もちろん、手相だけで人生が決まるとは思っていません。
でも、その鑑定を受けた翌日、私は「ただの偶然」と片付けるには難しい出来事を経験しました。
今日は、その話を書こうと思います。
エンジェルとの出会い
5月12日頃、私は子猫を2匹引き取りました。
オスとメスの兄弟です。
オスはミッくん。
メスにはエンジェルという名前を付けました。
この名前は、あとになって考えると不思議なくらい彼女にぴったりだった気がします。
パルボウイルス
引き取って間もなく、エンジェルはパルボウイルスに感染しました。
私は今まで7匹の猫を同時に飼った経験があります。
それでも、この病気は初めて聞きました。
致死率が非常に高い感染症。
4日間入院しましたが改善は見られず、獣医師から言われた言葉は今でも忘れられません。
「あとはご自宅で看てあげてください。」
つまり、
「助かる見込みは低い」
という意味でした。
奇跡の朝
家へ連れて帰った翌朝。
突然エンジェルが鳴き始めました。
立とうとします。
でも立てません。
壁にもたれ、
何度も転び、
ふらつきながら歩きます。
それでも、
自分から餌を食べ始めたのです。
私は、
「助かった。」
そう思いました。
でも、何かがおかしかった
回復したように見えました。
しかし、
元のエンジェルではありませんでした。
目は見えているようで見えていない。
暗い場所でも瞳孔がほとんど開かない。
座る時は左側に体が傾く。
後ろ足を上げて体を舐めることもできない。
横倒しになったまま眠る。
突然、何か見えないものを怖がるように後ずさりする。
鳴き声も、
普通の子猫とは違いました。
低く、かすれた声。
入院中には何度もてんかん発作も起こしていました。
獣医師は
「脳へのダメージが残っている可能性があります。」
と言っていました。
それでも生きようとしていた
一つだけ、
エンジェルには驚くほど強い生命力がありました。
食べることです。
誰よりも食べる。
兄弟のミッくんよりずっと多く食べる。
それなのに、
体重は700g。
生後4〜5か月になってもほとんど成長しませんでした。
栄養を吸収できていない。
体が育たない。
それでも、
生きようとしていました。
最後の日
7月19日。
突然、
食べなくなりました。
保護猫を診てくれる病院へ連れて行きました。
先生は静かに話してくださいました。
「神経症状が非常に多く、衰弱も激しい。今できることは、シリンジで高栄養食を与えることくらいです。」
家へ帰り、
シリンジで少しずつ食べさせました。
まだその日は、
舌を動かし、
飲み込もうとしていました。
翌日になると、
舌は動かなくなりました。
呼吸だけが、
かろうじて続いていました。
朝
心配しながら眠りました。
朝起きると、
エンジェルは
死後硬直が始まっていました。
娘たち
35度を超える真夏日でした。
腐敗が進む前に、
綺麗な姿で送ってあげたい。
そう思い、その日のうちに火葬をお願いしました。
私は娘たちに、
エンジェルを抱かせました。
もう体は硬くなっていました。
でも、
命が終わるということ。
昨日まで温かかった命が、
今日には変わってしまうということ。
その現実を知ることも、
人生で大切な学びだと思ったからです。
すると娘たちは、
「手紙を書く。」
そう言って、
すぐに手紙を書き始めました。
その手紙を一緒に棺へ入れ、
エンジェルを送り出しました。
前日に見た龍
不思議だったのは、
その前日のことです。
家族でくら寿司へ行きました。
駐車場で、
長女が空を見上げて言いました。
「龍がいる。」
雲を見ると、
確かに左上が頭で、
長い体が空へ伸びているようにも見えます。
私は聞きました。
「その龍、どこへ行くの?」
長女は迷わず答えました。
「天国へ行くんだよ。」
そして続けて、「だから、いいことがある。」
その翌朝、エンジェルは旅立ちました。
偶然かもしれない
もちろん、
雲は雲です。
科学的に見れば、
ただの積雲や巻雲でしょう。
龍がいたと証明することはできません。
でも、
人は人生の中で、
どうしても「意味」を感じる瞬間があります。
あの日、
娘には龍に見えた。
そして、
その翌朝、
エンジェルは空へ還った。
私はこの二つを、
無理に「偶然」と片付ける気にはなれませんでした。
エンジェルはなぜ我が家へ来たのか
エンジェルは、
多頭保護された兄弟の一匹でした。
詳しい経緯は分かりません。
けれど、
トイレを覚えられなかったことを考えると、
もしかすると、
どこかで「飼うのは難しい」と判断された子だったのかもしれません。
もし別の家へ行っていたら、
パルボウイルスの時点で病院へ行けなかった可能性もあります。
それは誰にも分かりません。
だから、「きっとそうだった」と断言することはできません。
でも、確かなことがあります。
エンジェルは、
病院へ連れて行ってもらえました。
パルボから一度立ち上がりました。
お腹いっぱい食べられた時期がありました。
家族として迎えられました。
娘たちに抱っこされました。
手紙を書いてもらいました。
そして、
家族全員に見送られました。
これは紛れもない事実です。
苦しみの先に
もっと元気に走り回る姿を見たかった。
もっとシャワーを浴びせてあげたかった。
もっと抱っこしてあげたかった。
そんな思いは今でも残っています。
でも、
感覚の多くがうまく働かず、
体も思うように動かず、
それでも必死に生き続けていたエンジェルを思うと、
私は願わずにはいられません。
どうか、
あの日、
娘が見た龍が、
エンジェルを優しく天まで連れて行ってくれていたら。
もしそうなら、
これ以上望むことはありません。
手相は人生を映す鏡なのか
手相を見てもらった時、
こんなことを言われました。
「人を助けることで運が開く人ですね。」
その時は、
仕事のことだと思っていました。
講演かもしれない。
本を書くことかもしれない。
ポッドキャストかもしれない。
でも今は、
少し違う意味にも聞こえます。
人を助けるとは、
必ずしも命を救うことではない。
最後まで寄り添うこと。
安心して旅立てる場所を作ること。
それもまた、
誰かを助けることなのかもしれません。
手相が未来を決めるとは思いません。
雲が本当に龍だったとも証明できません。
それでも、人生には「意味を見出したくなる出来事」があります。
そして、その意味は外から与えられるものではなく、自分自身が歩んできた人生の中で少しずつ形になっていくものなのだと思います。
エンジェルが我が家で過ごした4か月は、決して「病気だった4か月」ではありませんでした。
家族として生き、家族として愛され、家族として見送られた4か月。
その時間は短くても、私たち家族の人生には、これからも長く残り続けるでしょう。
発達特性との親和性
エンジェルは、引き取ってすぐ闘病生活に
癲癇発作の後遺症で脳に多くの神経系のダメージを負った。
治すことより、今のエンジェルに向き合い
寄り添い伴走すること。
その伴走相手になれた。
私のような発達特性を持つ人にとって最も嬉しいのは
寄り添い続けて貰えること。
今の状態を努力で治せというのではなく
今の状態に自信をもって前進しましょうと
一緒に歩いてくれるだけでいい。
エンジェルももとに戻れる治療可能な状態だったかは分からない
でも、脳にダメージがあるような症状をみると
ダメージを負ったままの人生になったかもしれない。
私も同じ。ネジが取れているわけではない。
ネジがその場所にはまらない「設計」で生まれてきている
無理にネジをはめようとしても、どうせ抜け落ちるし
ネジ穴がないのにネジ込ませれば痛みを伴う。
望んでいるのそういうことではない。
今のままの自分の傍らで、その日1日を丁寧に一緒の歩幅であるき
同じ景色を見てくれる誰かが一人いるだけで救われる。