#会社の構造物語|第8話
〜大盛況なのに家が売れない編〜
「先月の住宅展示イベント、大盛況だったんですよ!」
地方で住宅事業を展開するハウスメーカーの社長は、満面の笑みでそう語った。
毎月開催する完成見学会や住宅相談会。
来場者プレゼントも好評で、最近ではモデルハウスを使ったワークショップも始めた。
地域の人が集まる、にぎやかな会社。
ところが、営業部長の表情は暗かった。
「……社長、実はイベントを開催するたびに、現場が疲弊してまして」
こうして、構造設計Pへの相談が始まった。
大盛況の正体
「まず、先月のイベント結果を教えてもらえる?」
Pが尋ねると、社長は得意げに答えた。
「50組も来場したんです!」
「おお。商談につながったのは?」
「……分かりません」
「見積もり依頼は?」
「分かりません」
「成約は?」
「まだ確認してません!」
「ほな、何をもって大盛況なん?w」
社長は少し考えた。
「でも、前回より10組増えたんですよ!」
「何か変えたん?」
「来場特典を豪華にしました!」
以前は500円程度の日用品。
それが高級食パンになり、今では3,000円相当のブランド牛になっていた。
「……社長、家売ってるん? 牛売ってるん?www」
営業部長が静かに口を開いた。
「実は、毎回来られる方も多くて……」
「ええやん! 常連さんやろ!」
「今回で6回目の方もいます」
「うちのファンやな!」
「その方、持ち家なんです」
「リフォームの可能性もあるやろ!」
「去年リフォーム済みです」
「ほな、知り合いを紹介してくれるかもしれん!」
「毎回、ノベルティだけ受け取って帰られます……」
Pは社長に尋ねた。
「その人が悪いわけじゃないよ。来場したらもらえるって案内してるんやろ?」
「はい!」
「ほな、来場者が増えたことと、住宅を検討してる人が増えたことは、分けて考えなあかんね」
去年もやったのに、今年も初開催
Pはイベントの準備状況も確認した。
「来月の見学会、準備は進んでる?」
営業部長が大量の書類を持ってきた。
「今、チラシと受付表を作ってます」
「前回のを使えばええんちゃう?」
「前回のデータが見つからなくて……」
「準備チェックリストは?」
「毎回、担当者が作っています」
「イベント後の振り返りは?」
「特にしていません」
「来場者へのフォローは?」
「各営業担当に任せています」
Pは思わず笑った。
「毎月やってるのに、毎回初開催みたいやなwww」
イベントが終わると、資料は担当者のパソコンへ。
来場者情報も、対応履歴も、営業担当者ごとにバラバラ。
前回の反省点が共有されないまま、翌月にはまた新しい企画が始まる。
イベントは積み重なっているのに、会社にノウハウが残っていなかった。
モデルハウスがパン教室になった日
「でもPさん、うちは地域貢献にも力を入れてるんです!」
社長は嬉しそうに写真を見せた。
モデルハウスで開催されたパン教室、ヨガ教室、ハンドメイドのワークショップ。
どれも楽しそうな写真だった。
「ええやん。これは参加費いくら?」
「無料です!」
「会場使用料は?」
「取ってません!」
「住宅相談につながった人は?」
「分かりません!」
「ほな、何を目的に開催してるん?」
「地域の人に喜んでもらいたくて!」
「それはええことやね。で、会社としては何を成果にしたいん?」
社長は黙った。
Pは写真をもう一度眺めた。
「でもな、これ、やめる必要はないと思うで」
「えっ?」
「だって、人が集まる場所も設備も、地域とのつながりも、もうあるんやろ?」
「あります!」
「ほな、住宅販売とは別に、コミュニティ事業として育てる方法もあるやん」
社長の目が輝いた。
「新規事業ですか!?」
「そう。スペース利用料を設定したり、講師と提携したり。地域交流を目的にするなら、その予算と成果も決められる」
「なるほど!」
「それに、モデルハウスのキッチンを使ったパン教室なら、実際の暮らしを体験してもらえる。住まいに興味を持った人には、希望に応じて相談を案内できるやろ?」
営業部長も顔を上げた。
「それなら、営業担当が無理に声をかけなくても自然な導線が作れますね」
「そうそう。ただし、イベント参加者を勝手に営業リストに入れたらあかんよ。案内を希望する人だけにつなげよう」
人を集めること自体は、失敗ではなかった。
集まった人たちとの関係を、どう事業として育てるか。
そこが設計されていなかったのだ。
イベントを「資産」に変える
Pは、イベント運営を2つに分けた。
ひとつは、住宅販売につなげる見学会や相談会。
もうひとつは、地域との接点を育てるコミュニティ事業。
住宅イベントでは、予約数、来場数、住宅検討者数、商談数、見積もり数、成約数を確認する。
コミュニティ事業では、参加者数、利用料、運営経費、再利用率などを確認する。
さらに、企画から告知、受付、当日運営、終了後のフォローまで、共通の手順と保存場所を整えた。
「これで、担当者が変わっても毎回ゼロから準備しなくて済みますね!」
営業部長が嬉しそうに言った。
「そう。イベントが終わったら、数字と反省点を残す。次回はそこから改善するんよ」
社長もうなずいた。
「なるほど。今までは来場者数しか見てませんでした」
「盛況と黒字は別の話やからねw」
そして、社長の新しいひらめき
数週間後。
イベントの管理表が整い、住宅見学会とコミュニティ事業の役割も明確になった。
社長は満足そうだった。
「Pさん! モデルハウスの新しい使い方、思いつきました!」
「おっ、何?」
「婚活イベントです!」
「おお、面白いやん!」
「モデルハウスで料理したり、おしゃべりしたり。結婚したら、いつかマイホームが必要になるでしょう!」
Pは笑った。
「長期的な接点づくりとしては面白いね」
「ですよね! だから来月から毎週開催しましょう!」
「待ってwww」
Pは管理表を開いた。
「まず、誰が運営するん?」
「営業部長です!」
営業部長の顔が曇った。
「参加費と経費は?」
「これから考えます!」
「婚活イベントの運営経験は?」
「ありません!」
「ほな、まず専門事業者との提携も含めて検討しようかw」
社長は少し残念そうにしたが、すぐに笑顔になった。
「じゃあ、企画書を作ります!」
「ええやん。目的、予算、担当者、収益見込みも入れてな」
社長はパソコンを開いた。
営業部長は、ほっと胸をなで下ろした。
今度は、思いつきだけで仕事が増えることはなかった。
そしてPは、ふと思った。
この会社、家を売るより先に、結婚相手を見つける事業が育つかもしれんなwww
構造設計Pのひとこと
イベントは、開催すること自体が目的ではありません。
来場者数だけを追いかけても、商談や成約につながっているかは分かりません。
また、同じイベントを繰り返しているのに、準備や運営のノウハウが蓄積されなければ、毎回ゼロから仕事が始まります。
大切なのは、目的を決め、成果を測り、次の活動につながる仕組みを作ること。
そして、成果が見えない活動をすべてやめる必要もありません。
すでにある場所、設備、人とのつながりを見直せば、新しい事業の可能性が見つかることもあります。
構造設計は、無駄を減らすだけでなく、今ある資産の価値を広げる仕事でもあるのです。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・出来事は架空のものであり、組織運営に起こり得る課題を題材にしています。