「この業務をサポートしてもらえますか?」
仕事をしていると、よく使う言葉です。
私自身も、事務局、秘書、バックオフィスなど、誰かを「サポートする側」の仕事を長くしてきました。
でも最近、改めて思います。
「サポートする」とは、具体的に何をすることなのでしょうか。
困っていたら手伝う。
忙しそうなら代わりにやる。
分からないことがあれば教える。
どれもサポートには違いありません。
ただ、この「サポート」という言葉だけで仕事を任せてしまうと、依頼する側と受ける側で、役割の認識が大きくずれることがあります。
私は、サポートという仕事を考えるとき、
支援・補助・代行
の3つに分けて考えると分かりやすいと思っています。
支援は「できる状態をつくる」
例えば、経営者が何かを判断しなければならないとします。
必要な情報を集める。
事実関係を整理する。
選択肢を出す。
それぞれのメリットやリスクを整理する。
ここまで準備すれば、経営者は判断しやすくなります。
しかし、最終的にどれを選ぶのかを決めるのは経営者です。
これは、経営判断を代わりに行っているわけではありません。
本人が自分の役割を果たせる状態をつくる「支援」です。
新人教育でも同じです。
分からないたびに答えを教えるだけではなく、マニュアルや判断基準を整える。
次に同じことが起きたとき、自分で考えて動ける状態をつくる。
良い支援は、支援する人への依存を増やすことではなく、相手が自分でできる範囲を増やしていくことなのだと思います。
補助は「仕事の一部を支える」
一方、本人が主体となっている仕事の一部を手伝うこともあります。
経営者が作る資料のために、必要な数字を集める。
イベント担当者が企画を進めるために、参加者リストを整理する。
営業担当者が商談に集中できるように、日程調整を担当する。
仕事そのものの主体は本人にありますが、一部の作業を引き受けることで負担を軽くする。
これが「補助」です。
ここでは、
誰が主担当なのか。
どの部分を補助するのか。
を明確にしておくことが大切です。
「手伝ってもらっているうちに、いつの間にか全部その人の仕事になっていた。」
そんなことは、組織では意外と起こります。
一時的な補助が、そのまま役割に変わらないようにする必要があります。
代行は「仕事そのものを引き受ける」
そして、仕事そのものを任せるのが「代行」です。
毎月の請求書を発行する。
問い合わせに対応する。
決められた条件に沿って入退会処理をする。
スケジュールを調整する。
こうした業務について、「この仕事はあなたの担当です」と渡すのであれば、補助ではなく代行に近くなります。
もちろん、代行だから何でも自由に判断していいわけではありません。
通常対応はどこまで任せるのか。
どの条件になったら管理者へ確認するのか。
例外が起きたら誰へ戻すのか。
仕事を代行してもらうなら、その仕事を進めるために必要な権限や判断基準も一緒に渡す必要があります。
作業だけ任せて、すべての判断を依頼者へ戻していたら、仕事そのものはなかなか手離れしません。
「サポートお願いします」だけでは、役割が分からない
問題は、この3つがすべて「サポート」という一つの言葉で表現されてしまうことです。
依頼する側は、
「少し手伝ってほしい」
という補助のつもりだった。
ところが受ける側は、
「私が担当する仕事なんだ」
と考えて、業務を丸ごと巻き取ってしまう。
反対に、依頼側は、
「ここは任せた」
と思っているのに、受ける側は補助だと思っているため、何かあるたびに、
「どうしますか?」
と判断を戻してしまう。
どちらが悪いという話ではありません。
「サポート」という言葉だけでは、役割と責任範囲が分からないのです。
一人の仕事の中にも、支援・補助・代行がある
実際の仕事では、一人の人がどれか一つだけを担当するとも限りません。
例えばバックオフィスの業務委託でも、
請求書発行は代行する。
経営判断に必要な資料作成は補助する。
業務が止まっている原因を見つけ、改善方法を提案するのは支援する。
しかし、会社として何を選ぶのかという最終判断までは代行しない。
このように、同じ人の仕事の中にも支援・補助・代行が混在します。
だからこそ、肩書きだけで役割を決めるのではなく、
この業務では、どこまで担当するのか。
を決める必要があります。
サポートとは、何でもやってあげることではない
私自身、仕事の詰まりが見えると、つい手を出したくなることがあります。
自分でやった方が早い。
今だけ手伝った方が仕事が進む。
そうして仕事を巻き取っているうちに、いつの間にか自分の担当になってしまう。
でも、それが本当に相手の「サポート」になっているとは限りません。
本来その人が判断すべきことまで代わりに判断する。
本人ができる仕事まで巻き取る。
困るたびに答えを出して、いつまでも自分に確認が集まる。
それでは、サポートする人への依存をつくってしまうこともあります。
以前、仕事をしていた現場で、
「梅ちゃんがいないと俺は死ぬ」
「梅ちゃんがいなくなったら、組織が崩れると思う」
と言われることがありました。
頼られている証拠だと受け取ることもできる言葉です。
でも正直に言えば、私はこの言葉を聞くたびに少し怖くなっていました。
一人いなくなるだけで崩れるほど、この組織は脆いのだろうか。
私が休んだらどうなるのか。
急に仕事ができなくなったらどうするのか。
いつかこの仕事を離れることになったら、その後は誰が回すのか。
そして実際には、私自身もその属人化を進める側になっていました。
現場のことが分かる。
困っている人がいれば対応できる。
止まっている仕事があれば前へ進められる。
だから仕事が私に集まり、私もそれを拾う。
すると、さらに「梅ちゃんに聞けば分かる」「梅ちゃんに任せれば進む」という状態になる。
私がいることで仕事は回る。でも、私がいることで属人化も進んでいく。
ただ、この状態を組織側が「依存」と認識していたわけではなかったと思います。
仕事を任せる。
できるから、さらに任せる。
担当する仕事が増え、役割が広がっていく。
組織から見れば、それは「任せられる仕事が増えた」ということだったのでしょう。
「仕事が増えることは、いいことでしょう?」
そんな認識もありました。
でも、私が感じていたのは少し違いました。
仕事が増えるほど、情報も判断も私に集まる。
私に集まるほど、他の人には分からない仕事が増える。
そして、さらに「梅ちゃんに聞けば分かる」という状態が強くなる。
役割が広がっているように見えて、実際には属人化が深くなっていく。
おそらく、どちらかが間違っていたわけではありません。「サポート」という役割を、どこまで広げるのかという認識が違っていたのだと思います。
仕事が増えること自体が、必ずしも成長だとは限りません。
特にサポートする側の場合、仕事を引き受け続けることで、組織がその人なしでは動けない状態をつくってしまうことがあります。
私は、それ以上仕事を増やすことを丁重にお断りしました。
必要だったのは、さらに私へ仕事を集めることではなく、私に集まっていた仕事を組織へ戻すことだと考えたからです。
業務の流れを整理する。
必要な情報を残す。
判断基準を言語化する。
自分に集まっていた権限を外す。
一人の後任者にそのまま渡すのではなく、役割ごとに分けて複数人へ引き継ぐ。
そして、私はその組織を離れました。
自分がいなくても仕事が続く状態をつくってから離れる。
振り返れば、それも最後にできる「サポート」の一つだったのだと思います。
サポートする側として必要とされることと、その人がいなければ成立しない状態になることは、同じではありません。
「この人がいると仕事が回る」と、「この人がいないと仕事が回らない」は違います。
自分が知っていることを、自分だけのものにしない。
判断基準を残す。
情報を共有する。
仕事の流れを整理する。
自分が拾い続けている仕事があれば、本来誰が持つべき仕事なのかを考える。
サポートする人自身が、少しずつ「自分がいなくても回る状態」をつくっていく。
それは、自分の価値をなくすことではありません。
自分への依存ではなく、組織に仕組みを残す。
私は、それもサポートする側の役割なのだと思います。
必要なのは、
何を支援するのか。
どこを補助するのか。
何を代行するのか。
そして、何は本人が担うのか。
そこを分けることです。
サポートとは、何でもやってあげることではありません。
相手が自分の役割を果たすために、何が必要なのかを考える。
必要なら環境を整える。
必要なら一部を手伝う。
必要なら仕事そのものを引き受ける。
その境界を決めて初めて、「サポート」という曖昧な言葉が、組織の中の具体的な役割になります。
支援・補助・代行を分けることは、誰が何をするのかだけではなく、誰がどこまで責任を持つのかを決めることでもあります。
私は、それも組織の仕事を設計するうえで大切なことだと考えています。