仕事を誰かにお願いするとき、
「いい感じにお願いします。」
「前と同じような感じで。」
「いつもの感じで大丈夫です。」
と言うことがあります。
お互いに仕事をよく分かっている関係なら、それで通じることもあります。
でも、複数の人が同じ仕事を担当するようになると、
「あれ?人によって仕上がりが全然違う。」
ということが起きます。
ある人は丁寧。
ある人は最低限。
ある人は情報量が多い。
ある人は見た目を重視する。
そして品質にムラが出ると、
「もう少しちゃんとやってほしい。」
「前の人はできていたのに。」
となりがちです。
でも私は、こういうとき、
担当者の能力を見る前に、「完成の基準」が決まっているかを見る
ことが大切だと思っています。
「ちゃんと」の基準は、人によって違う
例えば、SNSの投稿を複数人で担当するとします。
「写真を選んで、いい感じに投稿してください。」
これだけ伝えた場合、
写真を1枚使う人もいれば、3枚使う人もいる。
文字をたくさん入れる人もいれば、ほとんど入れない人もいる。
名前を大きく出す人もいれば、小さく入れる人もいる。
毎回デザインを変える人もいれば、同じフォーマットを使う人もいる。
どれも本人なりには、
「ちゃんとやっている」
のかもしれません。
問題は、
組織としての「ちゃんと」が定義されていないことです。
基準がない状態で、
「もっとちゃんとして。」
と言われても、
担当者は何を直せばいいのか分かりません。
品質を揃えるなら、最低ラインを決める
すべての仕事を細かくマニュアル化する必要はありません。
でも、
最低限ここまでは揃える
というラインは必要です。
例えばSNS投稿なら、
使用する写真の枚数。
必ず掲載する情報。
文字量の目安。
基本的なレイアウト。
確認が必要な項目。
投稿する時間。
問い合わせ対応なら、
何時間以内に返信するのか。
どこまで自分で回答してよいのか。
どんな内容は上司へ確認するのか。
対応履歴をどこに残すのか。
議事録なら、
決定事項。
担当者。
期限。
保留事項。
次回までに確認すること。
こうした項目を決めておくだけでも、担当者による差はかなり小さくなります。
大切なのは、
「ちゃんとやる」という精神論ではなく、「何が揃っていれば完成なのか」を決めることです。
ルール化は、自由をなくすことではない
ルールを作るというと、
「全部同じになってしまう。」
「担当者の個性がなくなる。」
「細かく決めすぎると動きにくい。」
と思われることがあります。
もちろん、何から何まで決めればそうなります。
だから私は、
揃える部分と、任せる部分を分ける
のがいいと思っています。
例えばSNSなら、
掲載する情報や基本レイアウトは揃える。
でも、
写真の選び方。
一言コメント。
細かな装飾。
表現方法。
そこは担当者に任せる。
そうすれば、
最低品質は揃えながら、それぞれの工夫も残せます。
ルールは、
「この通りにしかやってはいけない。」
というものではなく、
「少なくとも、ここまでは守ろう」という共通認識
として使うこともできます。
優秀な人を基準にしない
もうひとつ注意したいのが、
仕事ができる人を、そのまま品質基準にしてしまうことです。
ある担当者が、
言われなくても写真を複数用意する。
必要な情報を確認する。
見やすいように整える。
投稿前に誤字もチェックする。
それを毎回やっていたとします。
すると周囲は、
それが「普通」だと思うようになります。
でも、その人が担当を外れ、別の人へ引き継いだ瞬間、
「あれができていない。」
「これも抜けている。」
となる。
ここで、
「前の人はやってくれていたのに。」
と言っても仕方がありません。
前の人が、自分の判断や善意で品質を補っていた可能性があるからです。
優秀な人が自然にやっていることほど、見えないルールになりやすい。
だからこそ、
その人が何を確認していたのか。
何を基準に判断していたのか。
どこまでやったら完成としていたのか。
を言語化しておく必要があります。
品質のムラは、引き継ぎの問題にもなる
完成基準がない仕事は、引き継ぎもしにくくなります。
「前と同じようにお願いします。」
と言われても、
前任者が何を考えていたのかは分かりません。
見た目だけ真似できても、
なぜそうしていたのか。
何を必ず確認していたのか。
どこまでが必須なのか。
そこまでは引き継がれません。
結果として、
担当者が変わるたびに品質が変わります。
そして、そのたびに管理者が、
「今回はここを直してください。」
「次からこれも入れてください。」
と個別に修正する。
これでは、管理者の確認作業も減りません。
品質を人に覚えてもらうのではなく、品質の基準を組織に残す。
その方が、担当者が変わっても運用しやすくなります。
ルールは、問題が起きてから育ててもいい
最初から完璧なルールを作る必要もありません。
実際に運用してみて、
「ここで毎回迷う。」
「担当者によって差が出る。」
「この確認がよく抜ける。」
というところが見つかったら、そこをルールに追加する。
逆に、
誰も迷わない。
問題も起きない。
というところまで細かく決める必要はありません。
私は、
ルールは人を縛るためではなく、毎回同じところで迷わないために作るもの
だと考えています。
人を注意する前に、基準を見る
品質にムラが出たとき、
つい、
「担当者によって差がある。」
と人の問題にしたくなります。
でも、その前に確認したいことがあります。
完成の基準は決まっているか。
最低限必要な項目は共有されているか。
どこまで担当者が判断してよいか。
どこから確認が必要なのか。
担当者が変わっても、同じ基準を見られる状態になっているか。
そこが曖昧なまま、
「ちゃんとやって。」
と言っても、品質は安定しません。
品質を安定させたいなら、人を管理する前に、完成基準を設計する。
そして、
揃えるところは揃える。
任せるところは任せる。
その境界をつくる。
「いい感じにお願いします。」
で本当にいい感じになるのは、相手の経験やセンスが、たまたまこちらの期待と一致しているときだけです。
その「たまたま」を、
組織の品質管理にしてはいけません。
品質を人に依存させず、仕組みとして残す。
それも、長く安定して仕事を続けるための構造設計だと思っています。