なぜ私は「構造設計プロデューサー」になったのか
はじめに
今、私は「構造設計プロデューサー」と名乗っています。
でも、数年前の私に
「将来そんな肩書きを名乗るよ」
と言っても、たぶん意味が分からなかったと思います。
私は経営者でもなければ、
コンサルタントでもありません。
ずっと事務局やバックオフィスとして、
現場の裏側にいました。
いわば「事務員上がり」です。
いつもわたしに仕事が集まっていた
オンラインサロン。
ライブ配信事務所。
就労支援FC本部。
イベント運営。
携わる事業は違っても、
光景はいつも同じでした。
社長がPM。
私は事務局。
一人で裏方として現場を回す。
何かあったら
「梅ちゃんー!!」
夜中であろうが休日であろうが、
24時間365日連絡が来る。
グループLINEでメンションされる。
「なんでわたしばっかり…」
そんなことを何度も思っていました。
問題は人材不足だと思っていた
最初は私も思っていました。
人が足りない。
もっと頑張らないといけない。
裏方を守る私が弱いだけなのかもしれない。
でも実際は違いました。
外注をお願いしても、
結局また私に質問が来る。
「どうしたらいいですか?」
「確認お願いします」
「これで進めてよろしいでしょうか?」
人を増やしても、
なぜか負担は減らない。
そこで気づきました。
問題は人ではなかったのです。
仕事そのものではなく、
仕組みが存在していなかった。
判断基準を共有していなかった。
優先順位が決まっていなかった。
ルールとフローがなかった。
だから誰も自信を持って動けなかったのです。
私がやっていた仕事
振り返ると、
私が頼まれていたのは事務作業ではありませんでした。
入会フローを作る。
問い合わせ窓口を整理する。
引継ぎで作業手順と資料格納場所を共有する。
権限管理を整える。
決済導線を見直す。
工程表を作る。
私はずっと
「人」
ではなく
「流れ」
を整えていました。
転機
グループ本部で働いていた頃、
複数の事業を横断して見る機会がありました。
そこで確信しました。
問題は人材不足ではない。
問題は仕組み不足だった。
優秀な人ほど仕事が集まる。
頑張る人ほど疲弊する。
担当者が休めない。
社長がいないと決まらない。
それは個人の能力の問題ではなく、
組織の構造の問題でした。
構造設計という考え方
優秀な人が頑張ることで成り立つ組織は、
いつか限界が来ます。
私は、
社長がいなくても回る。
担当者が休んでも止まらない。
引継ぎで慌てない。
そんな組織を増やしたいと思うようになりました。
これから
だから私は今、
構造設計プロデューサーと名乗っています。
派手な肩書きではありません。
でも、
「人が頑張り続けなくても回る仕組み」
を作る仕事だと思っています。
優秀な人が疲弊しない。
現場が無理をしない。
現場が迷わない。
経営者が本来やるべき仕事に集中できる。
そんな組織づくりを支援していきたいと思っています。