前回に引き続き、ブライズジャパン株式会社の代表取締役 橋村 将来(はしむら まさき)にインタビューいたしました。2回目のインタビューは、ブライズジャパンを立ち上げたきっかけについて話を聞きました!
橋村 将来(はしむら まさき)プロフィール
学生時代はバスケットボールをプレーしており、大学を卒業後、株式会社博報堂スポーツマーケティング(社名は当時のもの)に入社。
2015年に退社し、ブライズジャパン株式会社を創業。
「人が輝くしくみをつくる」の理念のもと、メンバーが輝くことを第一に活動している。
ー前回のインタビューで「必死に汗をかき、地道に努力した結果が今の会社 ブライズジャパンに繋がっている」という言葉が印象的でした。博報堂スポーツマーケティングでの経験が今に活きているとかんじることはありますか?ー
ひとつ目は、前職でお世話になった先輩から”Never Surrender(決して諦めるな)だ”と。この精神が必要であると考えています。
もう1つは私の持論で、”最後は絶対に突破できると思っている”ということです。
このふたつがあるから、どんなに辛く、過酷な状況でも、何とかやれると思っていますし、何とかなると思っています。
ー前職で10年弱仕事をされてから起業という道を進まれましたが、起業までの背景をおしえてくださいー
前職でいろいろな仕事を行わせていただき、自分に自信もつき、同僚に私の仕事をお願いする立場になっていました。色々なことが出来始めてきた26歳頃、「自分の会社で自分で仕事を行い、自分で責任をとりたい。人生の中で一度、起業という経験を人生の中でしておきたい」と思い始めていました。
”私の人生の中で、失敗しても成功しても、1回やってみたという経験を大事にしたかったです。
ですが怖さや、本当にできるのかという不安な思いから、起業まで6年かかっています。
起業するためのメモやノートをたくさん書いていましたが、飛び出す決心がなかなかつきませんでした。
ーそこからどういった場面で起業を決心したのですか?ー
28.29歳あたりから色々な部署をまたがって仕事を行ったり、兼務で業務を行うことが増えていました。
”橋村将来”という自分の名前で仕事の相談やご依頼が少しずつ来るようになったことが、起業することへの自信に繋がっていきました。