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だいすけインタビュー「大企業のエースから転職をし、今考えていること」

運だけじゃなく、意識して会得することが大切


UGは7社目になりますが、やってきた職種は20年以上ずっと情報システムでした。
僕が蓄積してきた知識や経験を若い人たちに継承していくことで、少しでもこの業界全体に貢献できたらな、と考えています。

大学院では、システムとは関係ない半導体(窒化ガリウムを使った青色発光素子)の研究をしていました。元々は研究者になりたかったんです。しかし、院生だった98年当時、いわゆるIT黎明期の時代で、見えないものを通信できることやあらゆる情報を取ってくることができる「ITの走り」の部分に触れたんです。世の中としては、大企業がSAPなどのERPを導入し出し、コンサルティング会社がITの分野でも台頭し始めていました。
ITとコンサルという2つの魅力が重なって、研究者よりビジネスへの興味が湧き、企業研究はITコンサルをメインで就職活動をしていました。唯一、違う毛色で気になったのがアメリカに本社を置く某消費財メーカーでした。サークルの先輩がその企業に入社されることが決まっていたのでお話を聞かせてもらったんですが、そこがもうすごい超グローバルカンパニー。様々なコンセプトから施策をバンバン打ち出し、ITがすべて最適化されている当時最も先進的な企業のひとつで、僕が初めて情報システムという仕事を知ったきっかけです。聞けば聞くほど、自分にはITコンサルよりも情シスの方が合ってそうだと思い、すぐに入社試験を受けました。大学院生1年の2月くらいでしたね。他にもコンサル系全般を受けていたんですが、自分の行きたい、やりたい仕事はこれだ!と固まっていたので、一番最初に内定をいただいた瞬間に就職活動は辞めてしまいました。
ここが、僕が長く携わる職種「情シス」の起点でした。

初めての業務は、とあるシステムをまずは日本から稼働させ、それをアジア圏にも導入するというプロジェクトで、文字通りいきなりポンッと投げられました。
投げられた後は、本当に全部自分でやらなくちゃならない。海外の人とコンタクトを取って、プロジェクト計画を立て、他の国の担当者たちと導入を進めていく。こうしたことを必然にやらないといけないんですね。英語ができようができまいが関係なし、「とにかくやってください」という世界でした。
端から自分自身がリードしなくてはならない仕事って、普通に考えると、そこそこ経験を積んでからでないとやらせてもらえないじゃないですか。でも、すごくドラスティックな考え方を持っている会社なので、どう考えても扱えないような仕事を必ず1年目から与えられるんです。「実践が成長の機会」を体現していましたね。自分にとっては、このスパルタっぷりが魅力的なところでもありました。
しかし、つくづく修士まで出ていてよかったです。研究も、自分なりに計画を立てて理論的に予測し、実験をして証明していく・・・といったPDCA的な一連の流れがあるので、形式には慣れていました。さらに、始発電車で研究室に入って、1日中実験などをして終電で帰る生活を3年は続けていたので、体力的にもやり遂げるまでの時間の使い方も馴染みのあるものでした。分野は違えど、考え方の土台はできていたと思います。ちなみに、社員間では日本語を使うことはほとんどなく、メールやドキュメントを含め、コミュニケーションは英語でした。日本語を見る機会がほぼなかったですね。仕事の中で場数を踏んでいく感じでした。

2年が経過した頃、とあるきっかけがあって転職活動を始めることになりました。
当然、外資系企業をいくつか受けたのですが、面接が全然通らなかったんです。それなりの期間をプロジェクトマネジメントに費やし、コミュニケーションや言語的なスキルも身に着けていたのですが、蓋を開けてみるとITのベースをほとんど持っていないことに気付かされました。面接官に「すごくつまらない仕事をやってきたんだね」って吐き捨てられましたね。26、7歳でした。結構ショッキングでしたが、キャリアの積み方を意識し出したのはそこからです。どういうものを見つけていかなきゃいけないかを常に考えるようになりました。そこで一旦、元の会社で技術面を磨くことに変更し、インフラ系のチームに異動させてもらったんです。それなりに知識、経験がついてきた段階で、もう一度、転職活動し直しました。すると当時、業績がうなぎのぼりの某ファッションブランド企業に受かったんです。売上が毎年ものすごい規模で伸びているにもかかわらず、社内システムがビジネスに追いついていない状態だったため、まずはインフラから手を入れようと大規模な刷新プロジェクトが企画されていました。僕はまさしく、そのインフラチームのマネジャー職での採用でした。1年かけて進める計画なのですが、プロジェクトが複数、複雑に絡み合った状態で同時に進めていかねばならず、その上、これまでと異なる業界で、社内文化にも慣れつつ、開店している100以上の店舗に影響ないよう配慮する必要がありました。
部下もいる初のマネジャーという立場で、最初は自分で何とかしてみようと奮闘してみたのですが、どうにもこうにもままならない。自分が持っていたスキルでは太刀打ちできませんでした。そこで上司に、「すみません、僕の力だとこのプロジェクトはもう進められないのでサポートしてください!」って素直にお願いしに行ったんです。
こういう時、抱え込んじゃうタイプだと単純にメンタルをやられて休んでしまう人もいると思いますが、僕は辛いところは辛いと言っちゃいます。ちゃんと相談に乗ってくれる上司がいたのは、たまたま運が良かったからかもしれませんが、自分から相談できることが大事だと思っています。土日も店舗サポートを実施し、会社に泊まり込みをするなどの生活も多かったですが、無事リリースできました。
この最初の2社が、キャリア形成の大部分を占めています。

自分一人の力ではなく


その後、社員数300名ほどの某製薬会社に転職したのですが、職種は変わらず情シスで、部長職を任せていただきました。自分の目が届くところで品質を担保しながら、業務部門の人たちとも頻繁に話ができる範囲で仕事をしたいと考えると、規模は200〜300人が限界なんですよね。それ以上になるとどうしても分業になってしまいます。自分なりに組織を作り、IT戦略の立案、IT統制の実施、社内規定や手順書などを作成していきました。そもそも情シスのあるべき姿というか、体制を整えて推進していくところはこの会社で大いに学ばせてもらいました。また、部長という役職に立つ以上、自分で決定して部下に指示をしなきゃいけない場面が当たり前に出てくるため、決断することに慣れていく必要がありました。決裁権限も、数百万円くらいだと最終承認者が自分のため責任も大きかったです。常に正しい決断をしているなんて絶対に思いませんが、この立場を32歳という割と早いタイミングで就かせてもらえたのは、運に恵まれていたと感じています。
6年程勤務した後、同じく製薬業界ではありますがグローバルカンパニーに転職しました。プロジェクトを複数束ねて管理するプログラムディレクターとして採用され、製薬企業向けのシステム導入を支援する業務に就いたのですが、それが、日本・インド・イギリス・アメリカの4拠点が関わるプロジェクトでした。これで何が起こるかと言いますと、ほぼ毎日、早朝と深夜に電話会議が開かれるんですよね。しかも、それが4年半続きました。
その間、実は2人目の子供が産まれまして、この一番忙しいタイミングに家のことを妻一人に任せっきりにしてしまい、僕は完全に仕事に拘束されてしまったんです。この生活をこれ以上何年も続けるのは、体力面もそうですが、家庭面を考えるとかなり難しく、働き方の見直しをすることにしました。
情シスの仕事は好きなので続けたいけど、これまでのような時間の制約が厳しい環境下では働けないという、一見相反した考えを両立させる方法はないかと模索し始めました。あくまで自分の意思で時間を調整できるようにしたい。個人事業主という形も視野に入れつつ、ITのアドバイザリー契約を結ぶなどして定刻時間勤務はできないかとネット検索をしていたところ、UGが引っかかりました。情報システムに特化した会社があることを知り、早速UGのホームページから応募しました。よく社内で聞かれるけど、僕は転職エージェント経由じゃなく自ら申し込んだんです(笑) また、若い社員が多いのも志望動機の一つでした。
製薬業界で働いていた時は、経験者採用が主流だったため、情報システム部門は社員の年齢層が比較的高い部門でした。その中で、業務委託でコンサル会社から5~6人、それこそ社会人なりたてのような方々に来てもらったことがあり、自分の下でかなり鍛え上げたことがあるんです。そしたら10年近く経った今、彼らはシニアマネジャーとして高いレベルでのコンサル担当をするまでに成長していました。
自分一人で結果を残すことはやろうと思えばいくらでもできますが、業界自体を落ちたものにはしたくない、この職種がなくならないようにするためには、これからの人たちにしっかり色々学んでもらわないといけないと強く感じました。そして、こうした教育をきちんと社員に対してやりたい、後進の育成に注力したいという思いから選びました。

プラスとマイナスの両方を兼ね備えた自由


2018年1月入社なのですが、実は須田さん(社長)にお願いして、入社前の2017年12月にUG社内に向けてプロマネの勉強会をやらせてもらいました。端的に言えば、自分を知ってもらうためです。元々いる社員にしたら、いきなり上位のスキルレベルで入ってくる新入社員に対し、「何だこいつは?」と感じる人もいると思うんです。なので、培ってきたスキルと経験はちゃんと持ってきていることを見てもらう必要があると考えました。
このトレーニングは今も実施しており、曲りなりにも約20年、ある種、本当に情シスの仕事中心にやってきた自分が、それなりに自信もって提供、貢献できる力だと思っています。僕の持っているエッセンスを引き継いでくれれば、たぶんみんな仕事が進めやすくなるんじゃないかな、と。トレンドのスキルもあるけど、例えばプロジェクトマネジメントは、どんな仕事に置き変わったとしても絶対キーになる概念なので、なくなることはないんです。このような不滅のスキルを持つことは強みの一つだし、みんなに吸収してもらって、なるべく僕の持っているものを盗んでいってほしいと考えています。

入社後は3か月くらい稼働が見つかりませんでした。でも、自分としてはそれほど焦っていませんでしたね。時期もあるし、しょうがない、というくらいの気持ちでいました。ただ、高いスキルレベルで入社しているため、社内で受け入れてもらうには、会社から期待されている売上に関して大幅に超えるように活動しようとは考えていました。
そうしましたら、先輩社員から情報セキュリティ規程の策定に関するプロジェクトを紹介していただき、その後も別のお客様の基幹システムの導入プロジェクトや全社システム刷新のプロジェクトのメンバーとして参加させてもらうことができ、最初から複数の顧客を担当するマルチ稼働になったことで、シェアード社員の働き方を覚えることができました。その年の夏ぐらいに営業活動も開始し、提案書を作成して、初めて自分の力で案件の取得に成功しました。それからは、新規案件を自分で複数取れるようになったため、2018年の年末までに7社を担当させていただきました。ここまできて、UGでこの先もやっていけそうな感覚を掴みましたね。

現在はよっぽどのことがない限り、9時~18時での稼働をしています。
おかげで、保育園児の末っ子を送り迎えできるし、家事も手伝えています。
これまでにあった、土日でも電話がかかってきたりなど、休まらないような生活がすっかりなくなりました。今では自分のペースで、自分の時間も家族との時間も取れるようになりました。
採用面談もさせてもらっていますが、残念ながら入社してすぐ辞めてしまう人も中にはいらっしゃいます。HPに書かれている中のいい面ばかりを中心に見て入ってきている人は、入社後のギャップが激しんじゃないかなと思っています。いい意味でも悪い意味でも自由な会社です。自由とは、自分の思い通りに物事を考えて行動に移せる素晴らしい側面もありますが、同時にすべて自分で責任を取らないといけないので、精神的に苦痛を伴うこともあります。何事も自分で決断しなきゃいけないことを常に求められるんですね。普通の会社で働いてきた人は、上司の決断に従うケースがほとんどなので、いざ「全部自分で決めていいですよ」と言われたらめちゃめちゃ苦痛だと思います。いい側面だけに目を向けずに多方面から目を向けてもらい、できるだけ入社前と入社後のギャップがないようにしてほしいですね。

※本記事は2020年12月に執筆したものです。

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