「時の海 - 東北」プロジェクト
「時の海 - 東北」プロジェクトは、東日本大震災の犠牲者への鎮魂と震災の記憶の継承、これからの未来を共につくることを願い、3,000人と制作するアートプロジェクトです。
https://seaoftime.org/
※この記事は2025年に書かれたものです。
出発(まえがき)
リスニングバー@富岡町
自然と私たちの関わり方を考える場所に
愛されるプロジェクトについて考える
帰り道(あとがき)
こんにちは、ごっちゃんこと後藤です。
現代美術家・宮島達男さんが旗を振る「時の海 - 東北」プロジェクト。
その作品を集める美術館の設計を担うのは、フランスを拠点に世界で活躍する建築家・田根剛さん。
宮島さんと田根さん、そして関係者の皆さんとともに、福島県富岡市で実際の《時の海 - 東北》美術館(仮称)建設予定地を巡る特別プログラムが催されました。
私たちトレイルヘッズも、そのプログラムとその前夜祭にあたるイベントに参加するため、約1年ぶりに福島県富岡町を再訪しました。今回もたくさんの気づきを得ましたので、このnoteに書き起こします。
8月、蝉の声すら遠のくほどの強烈な日差しの下、私たちはトレーラーと牽引車を連結し、都内を出発しました。
今回、私たちは音とドリンクを通じて、ささやかながら初日のイベント会場を盛り上げる役割を担いました。持ち込んだのは、キャンピングトレーラーを改造した移動式のリスニングバー。もともとは移動しながら働けるモバイルオフィス「OFFICE CARAVAN」だった車両に、小松音響研究所が設計する真空管アンプとアナログスピーカーを積み込み、良質な音が聴ける仕様にしています。現在は都内の道端でゲリラ的に開催しているリスニングバーですが、その音と空気を、今回は富岡の地へ運びました。
運転すること約4時間。高速を降り、見覚えのある風景の中を進むと、前回も訪れた「時の海 - 東北」事務所が見えてきました。今回のイベントの開催地です。まだ2度目の訪問なのに、不思議と帰ってきたような気持ちになります。事務所も富岡町も、どこか妙な安心感を漂わせていました。「時の海 - 東北」プロジェクトのメンバーと挨拶を交わし、17時の開演に向けて会場の準備に取りかかります。
「時の海 - 東北」事務所前にて
17時、イベントはゆるやかに幕を開けました。普段のオフィスでも流している馴染みのレコード盤に、この日のためにレコード店で掘り出した新しい盤を織り交ぜながら、プレーヤーに針を落とします。
普段はBGMとして耳にしている曲でも、聴く人の反応が見えると気持ちが高ぶります。
日が暮れる頃には、50名ほどの人々が会場に集まり、音に身を揺らしながら、会話とグラスを楽しんでいました。真空管アンプとアナログスピーカーから放たれるJazz、Rock、Reggae、そしてJ-POP。温かく、どこか懐かしい音色は、まるで空間全体に血を巡らせるように、参加している人々の表情をやわらかくし、会話を生み出していきます。この装置の効果は、東京から離れた富岡の地でも、確かに発揮されていました。
ドリンクも場を彩りました。富岡ワイナリーのワインや富岡の地酒に加え、トレイルヘッズがプロデュースしたクラフトビール「Back to River Echo」、パートナーのCraft Cola Hourがセレクトした5種のクラフトコーラ、さらにコーヒートニックやドリップ出汁など、多様なメニューを提供。
どれも参加者の会話を自然に引き出し、場の温度をゆるやかに上げていきます。
富岡町に突如現れたトレーラーハウスのリスニングバーは、場の空気に溶け込むのにそれほど時間はかかりませんでした。気づけば、人々は音の方へと歩み寄り、ドリンクを片手に会話をはじめていました。富岡町が持つゆるやかな懐の深さが、そうさせているようにも思えました。
大盛況に幕を閉じたイベントの翌日、私たちは《時の海 - 東北》美術館(仮称)の建設予定地へ向かいました。
居住人口およそ2,500人の富岡で、地元の人々、東北に想いを寄せる人々を中心に3,000人の方との対話から生まれる3,000個のLED。
その光が大きな水盤に並び、その周囲を田根剛さんが設計する直径約55メートルの円形建築が取り囲む――そんな風景が2027年に現れる予定です。この構想は2015年頃から始まり、ついに形を伴いはじめています。
駅から北へ進んだ、海を一望できる小高い丘は、元々山だった場所が開拓されて畑になり、やがて下水処理場が建った場所でした。
その後、震災で土砂崩れに遭い、取り壊され、更地のまま十年が過ぎました。
宮島達男さんが作品の設置地を探していたとき、この土地と出会い、美術館の計画がこの地に決まりました。
この地に自分の足で立って最初に感じたのは、自然の圧でした。津波で削られた崖。人の手がほとんど入らないまま生い茂る多種多様な草木は刈ってもすぐに伸びるといいます。
そこは「美しさ」よりも「荒々しさ」、「牧歌的」よりも「厳しさ」を思わせる場所でした。
海はよく見えました。冬にはきっと鋭い浜風が全身を貫くでしょう。
自然に対する畏怖が胸に迫る場所です。
宮島さんは海を背にしながら、プログラムの参加者にこう語りました。
「作品《Sea of Time - TOHOKU》は、海が見える場所でなければ完成しない」
震災以降、海は「奪ったもの」として語られることが多いです。
しかし、宮島さんがワークショップを重ねるうちに感じたのは、東北の人々は海を恨んでいない、と言います。
私たちは、ときに辛い記憶に蓋をして生きます。そして「知らない」という事実もまた、ある種の無力さを強調し、そっと自分を当事者意識から遠ざけます。
田根さんが口にしていた「この土地に本当に建築は必要なのだろうか」という問い。その言葉は、建築家として建てることが避けられない立場でありながら、その行為に対して葛藤を抱く姿を映し出していたように感じました。田根さんと同じようにこのプロジェクトに携わる身として、その土地にとって本当にふさわしい形を探し、実現しようと努める、その姿勢こそが強い当事者意識を持つ瞬間なのだと感じました。
私たちトレイルヘッズもまた、自然というフィールドで遊び、仕事をする当事者です。
人は自然を思い通りに支配することはできませんし、これからもできません。だからこそ、この地に足を運び、見て、受け入れ、そして考える。この作品と建築を通して、その感覚に触れることには大きな意味があると感じます。
《時の海 - 東北》美術館(仮称)は、ここを訪れる人々に、自分ごとのように「これから私たちがどのように未来と、そして自然と向き合っていくのか」を考えるきっかけを与える場所になるはずです。
一度街から人が消え、ゼロベースで始まり、もともと住んでいた人も、震災後に移り住んだ人も、この地を初めて踏む人も、同じ場所に立つことができます。
世界を見渡しても、これほど類を見ない困難に立ち向かった街に生まれる場所はなく、唯一無二の存在になると強く実感しました。
視察の後は富岡ワイナリーで昼食をとり、事務所に戻って参加型ワークショップに臨みました。美術館に展示される作品《Sea of Time - TOHOKU》では、9から1までに切り替わる秒数を示すLEDカウンターを使います。参加者は、その秒数に自分にとって大切な数字――家族の誕生日、親友の命日、特別な記念日など――を込め、その物語を初対面の人々と共有していきます。
建設予定地視察を振り返る
自分にとって特別な数字を考える。このシンプルな行為は、自分の価値観や大切な人を思い起こす時間となります。やがてその数字は、3,000個のLEDのひとつとして海の前で唯一無二の秒数を刻み続けます。
宮島さんの作品に用いられるLEDガジェット
以前から作品の趣旨は知っていましたが、実際に参加してみて分かったのは、この1時間の体験こそが《Sea of Time - TOHOKU》を特別な作品へと変えるということです。ある参加者はこう語っていました。
「嫌なことがあると、いつもおばあちゃんと海を見に来て、嫌なことを流してくれた。だからおばあちゃんの誕生日を数字にしました。」
完成した作品を目にする時、あのワークショップで共有された数々の物語も共に蘇ることでしょう。それを想像すると、何とも言葉にしようのない感動がこみ上げます。
宮島さんの作品が人々の想いを引き出すように、私たちがつくる空間や場もまた、誰かの想いを媒介する装置になり得ます。
普段は言葉にしない「想い(=火種)」が語られ、やがて大きな火となる。人間の共感する力が生み出すエネルギーの大きさを、改めて実感しました。
想いを込めた一人一人のLEDガジェットが集まった完成予想図
世界的な現代アーティストである宮島さんは、この土地の取得に私財を投じ、3,000名との対話に立ち会う時間と費用を惜しまず、何度も現場を訪れています。
インタビューでも「アーティスト生命をかけている」と語られていますが、この二日間で宮島さんと過ごす中で、その言葉の重みを感じました。イベントの準備や片付けでは誰よりも早く手を動かし、率先して行動する姿は、良いプロジェクトを生み出す人の鏡だと強く感じました。
帰り道、予報では雨が降るとされていましたが、幸いにもイベント終了までは天候が持ち堪えてくれました。しかし、車を走らせはじめると、まるで亜熱帯のスコールのような激しい雨に包まれました。数分おきに雷鳴が響き、稲妻が地平に落ちます。フロントガラスを叩きつける雨で視界は白くかすみ、何度も「やばいな」と口にしながらハンドルを握りました。
自然は優しくもあり、容赦なくもあります。私たちは、その力の前ではちっぽけな存在であり、ただ受け入れるしかありません。今回の旅は、最後の瞬間までそのことを教えてくれました。
今回は、プロジェクトを進める皆さんを盛り上げるサポーターの立場として参加しましたが、気づけばこちらもたくさんの刺激をもらっていました。
この唯一無二のプロジェクトに、さらに遊び心を持って、もっと深く飛び込みたい。トレイルヘッズらしく、関わる人みんなが笑顔になるような仕掛けを生める場をデザインしていきたいと強く思っています。
最後に、この機会を企画してくださった「時の海 - 東北」プロジェクトの皆さま、そして富岡町の皆さま、本当にありがとうございました。
Writing: Minato Goto(TRAIL HEADS)
Photo: TRAIL HEADS MEMBER
Editing: Yuri Ishiguro(TRAIL HEADS)