こんにちは、株式会社Shake採用担当です。
Shakeの代表・西野 集(にしの すだく)は、初対面の人によく「経歴がバグってる」と言われます。医者家系の3代目に生まれて、偏差値42。新卒の会社を半年で辞めて、21歳でパチプロ。23歳で「富山 Webマーケ」と検索して一番上に出てきた会社に入り、28歳で創業した会社は、3期目に売上2.2億を超えました。
今回はその「これまで」を、いいところも痛いところも含めて全部聞きました。長いですが、Shakeという会社の設計図が全部ここにあります。
目次
- 医者家系に生まれた「かわいそうな子」
- 14歳、父の財布から現金を抜いて逃げた
- 中学生バンドで知った「独占市場」
- 半年で退職、パチプロ、無理して買ったアウディ
- 勉強は1冊だけ。売上を毎年倍にした「巻き込み」の話
- 28歳、知り合いゼロの東京へ
- 「大いなる勘違い」を実力に変える
1. 医者家系に生まれた「かわいそうな子」
——生まれは富山ですよね。もともとは、かなりのエリート家系だと聞きました。
西野:医者家系の3代目です。祖父も父も医者で、父は栃木で開業医をしていました。母方の祖父は地方ゼネコンの部長。「医者の息子とゼネコンの娘が結婚して、僕が生まれた」という、絵に描いたような家柄です。周囲は当然「この子は医者になる」と思っていたはずです。
——そこから、どうして。
西野:小学2年のとき、母が病気で亡くなりました。父は栃木、僕は富山。父のことは正直怖かった。4歳くらいの記憶で一番鮮明なのが、父がダイニングチェアをキッチンに投げている場面なんです。だから母が亡くなったあと、僕は父ではなく、母方の祖父母に引き取られました。
通っていたのはいわゆるお坊ちゃま学校で、「母を亡くして祖父母に育てられている子」なんて周りにいません。「かわいそうな子」扱いされるのが死ぬほど嫌で、僕は逆に、学校で一番のガキ大将になりました。
——強がりの反動ですかね?
西野:強がりです。でも当時の僕なりの解釈では、「親に何も言われない、めっちゃ自由やん」だったんですよ。環境は変えられないから、捉え方を変えていた。あとから振り返ると、これが僕の最初のサバイバル術でした。
2. 14歳、父の財布から現金を抜いて逃げた
——その後、お父さんに引き取られたんですよね。
西野:小6で祖父も亡くなって、中2のとき、急に父に引き取られることになりました。富山から栃木へ。多感な時期に転校して、友達はできない。家では殴られる。学校でも家でも居場所がない。「このままだと本当にダメになる」と、14歳なりに本気で思いました。
それで、夏休みに入った瞬間に——父の財布から現金を抜いて、一人で富山に帰りました。
——14歳で、ですか。
西野:「送り返すなら俺は死ぬ」と言い張りました。親戚はみんな大反対でしたが、祖母が「私が育てる」と押し切って引き取ってくれた。
美談にする気はないんです。お金の抜き方も含めて、褒められた話じゃない。ただ、これが僕の人生で最初の「環境を自分で変えた日」でした。合わない環境で耐え続けることが正解じゃない場合がある。それを14歳で、身体で覚えたんだと思います。
3. 中学生バンドで知った「独占市場」
——富山に戻ってからは。
西野:学費の問題もあって、人生で初めて公立の中学に移りました。1学年300人のマンモス校です。そうしたらめちゃくちゃ馴染めたんですよ。普通の学校なら各クラスに2人くらいしかいない「ちょっと事情のあるやつ」が、8クラスあると16人いる。マイノリティが一大勢力になっていて、速攻で仲間ができました。
で、バンドを始めるんです。ここからが我ながら面白くて、中学生なのに地元のライブハウスに直談判して、高校生のイベントに出してもらいました。
——中学生バンドって、お客さん来るんですか。
西野:来るんですよ。考えてみてください。中学生のマーケットには、売り手が僕らしかいないんです。高校生バンドはライバルだらけだけど、中学生の「ライブに行く」という体験を売れるのは僕らだけ。独占市場です。チケットが売れまくって、自転車で50〜60人引き連れてライブハウスに行っていました。高校最後のイベントは300人近く集めました。
いま思えばあれが人生初のマーケティングでした。需要があって、供給がない場所に立つ。これだけで素人の中学生でも人は集まる。
4. 半年で退職、パチプロ、無理して買ったアウディ
——その後は、正直に言うと…荒れますよね。
西野:荒れるというか、何も考えてなかったですね(笑)。偏差値42の高校から、名前を書けば受かる地元の短大へ。男で短大って珍しいんですけど、理由は「友達が行くから」。学んだことはエクセルと簿記くらいです。
卒業して健康食品メーカーの営業会社に入って、半年で辞めました。合わなすぎて。そこから21歳はパチプロです。アパレルで2年働いた時期もありました。年収350〜400万なのに、無理してアウディを買って、次はボルボを買って。車の値段のほうが年収より高い。アホですよね。
——当時の自分を、どう分析しますか。
西野:「俺はこのままじゃ終われねえ、俺は何か生まれ持った人間のはずなんだ」と思いながら、地元で遊び回っているだけのやつ。僕はこれを「大いなる勘違い」と呼んでいます。世の中に同じ勘違いをしている20代、めちゃくちゃいると思うんですよ。勘違い自体は悪くない。問題は、勘違いを実力に変える行動をしているかどうか。当時の僕はゼロでした。
5. 勉強は1冊だけ。売上を毎年倍にした「巻き込み」の話
——転機は23歳ですか?
西野:「ちゃんと働こう」と決めて、「富山 Webマーケ」で検索して、一番上に出てきた会社に応募しました。それだけです。Webの時代が来るらしい、くらいの解像度。でも受かるんですよ。地方は人手不足なので(笑)。
入ったのは社員7人で売上3,800万という小さな会社で、配属というか、「Webマーケの部署はお前1人。リードも自分で取ってこい」という環境でした。学歴なし、職歴なし、スキルなし、コネなし。本当に何もない状態です。
——そこから、どうやって。
西野:まず白状すると、僕が体系的に勉強したのは『沈黙のWebマーケティング』という本1冊だけです。タイピングすら遅かったので、タイピングソフトで練習するところから始めました。
武器がないので、考えたのは「人の力を借りる」こと。社長に「社長の友達を順番に回らせてください」と自分から言いました。23歳の無名のやつがリードなんて取れるわけがない。だったら、社長の信用を借りればいい。回った先で「1記事1万円でブログを書きます」と売って、現地で紙にメモを取って、帰った瞬間に書きまくる。1年目はそれで800万売りました。
次の年は、ブログを書いた会社に「御社のサイト、スマホだと見づらくないですか」と提案して回りました。当時の地方はスマホ対応がまだ全然進んでいなくて、刺さりまくるんです。ただ僕、サイト制作のことは何も分からない(笑)。だから社内のエンジニアとデザイナーを巻き込みました。社内のリソースが尽きたら、社長に許可を取って外注チームを自分で立ち上げました。
売上は800万→1,600万→3,200万→6,400万。毎年倍にすると決めて、4年でやりきりました。
——その経験から、何が一番残っていますか。
西野:尊敬する先輩経営者に言われた言葉があって。「年商100億までは何も考えなくていい。世の中が欲しいものを、汗と根性で売れ」。かっこいいスキルや戦略の前に、求められているものを、誰よりも速く、誰よりも誠実にやりきる。僕のビジネス観はほぼこれでできています。
あと、6,400万という数字自体より大事なのは「富山の無名ベンチャーで、何もないところから作った」ことです。大手にいて恵まれたリードで作る数字とは、再現性の意味が違う。この「個人の再現性」が、のちの起業の自信になりました。
6. 28歳、知り合いゼロの東京へ
——そして28歳で独立。いきなり東京に出たんですよね。
西野:独立と同時に「売上1億いくぞ」と目標を立てて、そのためには東京に拠点がいるなと。でも東京には知り合いが一人もいないし、住んだこともない。「行っちゃえ」で家を借りました。
知り合いがいない問題は、Webマーケの団体と経営者団体に申し込んで解決しに行きました。最初は「感覚合わないな」と思った人たちと、死ぬほどコミュニケーションを取って、いまでは親友です。環境は、待っていても変わらない。掴みに行くものなんです。
——Shakeはそこからどう伸びたんですか。
西野:1人法人で2,500万、2期目に仲間が増えて1.3億、3期目で2.2億超。いまは中途採用の支援、AI導入支援、マーケティング・デザイン支援の3本柱で、採用支援は開始1年ちょっとで110社を超えました。
……と言うと順風満帆に聞こえますが、やっていることは23歳のときと同じです。世の中に求められているものを見つけて、できる人を巻き込んで、汗と根性で推進する。それをAIで何倍速にもしているだけ。
7. 「大いなる勘違い」を実力に変える
——最後に。この記事は、どんな人に届いてほしいですか。
西野:昔の僕みたいな人です。学歴なし、職歴なし、スキルなし、コネなし。でも「俺はこのままじゃ終われない」と思っている人。
その勘違い、正解です。ただし、勘違いのまま絶頂を感じていても何も変わらない。環境を変えて、求められることをやりきって、人を巻き込んで進む。これを繰り返すと、勘違いは実力に変わります。僕がその実験台です。しかも今はAIがある。何も持っていない人間が、一番戦える時代になりました。
Shakeは、そういう「これからのやつ」の打席がめちゃくちゃ多い会社です。僕もまだ全然、成長の途中なので。一緒にやりましょう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。経歴は問いません(代表がこれなので、本当に問いません)。「話だけ聞いてみたい」で大丈夫です。カジュアル面談でお会いしましょう。