深部体温の連続値データの取得は、これまで患者が麻酔で管理された状態など、特殊な条件下でしか取得することが出来ませんでした。今後、患者が、一般の人が、体調の良し悪しに関わらず日常的に且つ非侵襲的にこのデータを取得することが出来るようになると、医療の未来にどのような可能性をもたらすことが出来るのか。実際に現場に立ち、「医療×IT」の分野の第一線でご活躍される竹村昌敏医師にお話を伺いました。
プロフィール:
竹村昌敏 医師
株式会社エクスメディオ シニアメディカルディレクター/高知大学医学部 医療×VR学講座 特任准教授。
長年遠隔医療に関する研究に取り組み、学会発表や著書なども多数。特に2015年からは「医療×IT」のスタートアップに参画し医療監修を務め、最近では「医療×VR」など、より「医療×IT」に注力すると同時に、これまでのIT系医療のスタートアップ・ベンチャーでの実績と経験を活かし、医療経営学などの講義でも教鞭も執っている。
MEDITAを知ったきっかけ
ー MEDITAを知ったのはどのようなきっかけでしょうか?また、その時の率直な印象を教えていただけますか?
元々はBeyond Next Ventures の伊藤さんのご紹介で知ったのがきっかけでした。率直な印象としては、深部体温の測定というのは技術的には可能だった一方で、患者さんに対する負担はかなり大きなものでした。MEDITAは独自のテクノロジーでその分野に挑戦しているという点が非常に素晴らしいなと思った記憶があります。
特に医師として、一般的に医療現場で深部体温の連続測定を非侵襲的に行えるようになれば、非常に応用範囲も広いと思っています。これまでの深部体温の連続測定の臨床利用は、麻酔管理や集中治療領域以外ではほとんどできていなかったことでなので、一般臨床や在宅医療に汎用できる技術として期待できますし、また、投資家としても、この分野に関する技術は将来的に普及する未来が描けました。
医療現場での深部体温が持つ役割と、連続値データとしての価値
ー バイタルサインの中で、深部体温はどのような扱いになるのでしょうか?
いわゆる皮膚温度のような表面温度も全身状態を反映はするものの、深部体温は身体の中枢温となるので、外界の温度の影響を受けず、よりそのヒトの真の全身状態を反映するものです。従って、深部体温を連続で測定することによって、そのヒトの今まで知ることができなかった状況を把握することができるものとなります。
ここでポイントとなるのは、深部体温を非連続値ではなく連続値で取ることができるという点です。研究寄りの視点となりますが、簡単に説明すると、非連続値の場合たまたまその値だったかどうかという事を統計学的なことも含め強く示すことを求められます。連続値であれば長期間観察できるので、様々な角度から分析・解析できますし、今までは体温とは無関係と思われていたことや、類推できないと思われていたことも、深部体温の連続値と臨床症状や疾患と連動させることで、もしかしたら新しい知見が発見される可能性があるということですね。
ー臨床現場ではこれまで深部体温を連続測定することができなかったわけですが、実際に臨床現場に立っていらっしゃる竹村先生は、本技術が現場にもたらす影響をどのようにお考えでしょうか?
これまで深部体温を測定するとなると、膀胱温や直腸温を測ったり、カテーテルを血管内に入れたりと、身体にとって侵襲的な行為であり、とても特殊な状況下でしかその連続値を求めることができませんでした。この状況から想像できると思いますが、深部体温を測る時というのは、患者さんがほぼほぼ重症化した場合が多かったんです。従って、非侵襲的に深部体温の連続値が取れるようになると、今までは重症化した状態から良くなる過程が深部体温の連続値で現わされていたものが、疾患のはじまり、つまり、いつからそのような疾患が身体の中で起こりはじめたのか、ということを観察できる可能性があります。
そもそもどの医療従事者も、深部体温の連続値が測れるということは有用なことだと薄々気づいてはいるんですが、やはり「簡単に測れるものではない」という認識ではあります。深部体温を連続的に測定できるという技術が現場で幅広く普及するようになると、今は全病棟の患者さんが深部体温を連続的に測定しているわけではありませんが、今後全ての患者さんが全身管理で深部体温の連続値を使用できるようになる可能性もありますし、高齢者の患者さんの入院治療の適切な判断基準になったりすることもあるかもしれません
遠隔医療の分野での活用の可能性
ー竹村先生は遠隔医療について長くご研究されていらっしゃいますが、遠隔医療の課題はどのようなことでしょうか?
遠隔医療をざっくりと分類すると、「ストアアンドフォワード」*1「リアルタイムインタラクティブ」*2「リモートモニタリング」*3 の3つに分けられます。そのうち、「ストアアンドフォワード」や「リアルタイムインタラクティブ」は新型コロナウィルスの流行もあり、オンライン診療を利用された方も増えるなど、人々の中で使われるようになってきました。しかし「リモートモニタリング」という形式がいちばん古い形式でありながらも、将来的に人を介さずして測定・解析し、何か状況を判断したりするという今後の遠隔医療の在り方が模索される中で、いちばん有用だと言われています。
そこでこのリモートモニタリングを遠隔医療の中でどうしていくのか、というのが課題であり、リモートモニタリングで果たして何をモニタリングするべきなのか、ということに対しても様々な意見があるので、そこも考えていかなければなりません。もしかしたら深部体温を連続的にリモートモニタリングできるということで、例えば感染症の最初のはじまりを特定するだとか、在宅患者さんの深部体温の変化に主治医が早く気づいて、次のアクションを起こすきっかけとなる可能性もあると思ってます。
ー深部体温の連続測定技術、そしてそのデータ活用で、遠隔医療がどのように変わる可能性があるとお考えでしょうか?
上でも述べたように、今後リモートモニタリングがより重要になってくる可能性があります。「ストアアンドフォワード」や「リアルタイムインタラクティブ」にしても、一部AIを活用してチャットボットなどで回答するというような機能があるものの、ほとんどが人を介しての遠隔診療です。従って、リモートモニタリングが3つの中でも最もオートメーション化に向いています。現在、医療の中で「医療×AI」の活用が活発に検討され、より必要とされています。深部体温など大量の連続値を解析して何らかの結果を出すというのはAIがとても得意としていることなので、今後リモートモニタリングの中において、深部体温の連続測定技術とそのデータ活用は、とてもシナジーを生みやすいと思います。今後遠隔医療の中で、特にリモートモニタリングをどうしていくのかという点でも、深部体温の連続測定技術とデータ活用はひとつのメソッドとなりうるかもしれないと思っています。
ー多くのデータを解析できる「医療×AI」というこれからの医療のひとつのカタチを考えると、深部体温の連続値の膨大なデータ解析が時間をかけず可能となり、様々な疾患の原因追求にもつながっていくかもしれませんね。
そうですね、疾患だけに限らずそもそも正常なヒトの深部体温の連続値に対してしっかりとした知見があるわけではないんです。やはり特殊な状況下でしか深部体温というのは測定できないものだったので、それが分かることによって、体温自体の概念が変わる可能性もありますよね。大変ですが、データを蓄積していくことが重要ですね(笑)
新型コロナウィルスの流行を経て、体温測定による健康管理への影響は
ー新型コロナウィルスの影響により体温が私たち生活者にとって更に身近なモノになりました。医師として、生活者が体温を健康管理の指標として活用するメリットを教えていただけますか?
体温はとても身近なモノなんですが、日々の健康管理の指標として使ってきたかと言われれば、特に女性がオギノ式などを活用して毎日測定している人に限られると思います。これまで体温を健康管理のために毎日測っていたという人がそもそも多くなかった中で、今回の新型コロナウィルスにより状況が変わりました。このような状況を経て、健康管理のために日頃から体温を測るということが定着すれば、今後その変化が出てくるのかなと思っています。その変化をどのように解釈すべきかという点では、現状医師の中にもまだしっかりとした方針はないと思います。今後はその方針を医師なり、研究者なりが示していくことが必要だと思っています。それが私たち医師の課題であり、その示した結果を人々が自分の生活の中でどう活かしていくか、ということも課題となると思います。
これからのMEDITAに期待すること
ー竹村先生がこれからの体温データの活用に期待すること、そしてMEDITAに期待することは何でしょうか?
体温データは色々な活用ができると思うのですが、やはり病気のはじまりや過程であったり、治療反応というものに有効利用されていくと思っています。今まではどうしても患者さんのデータというと、バイタルデータも大切なんですが、採血データにある程度重きを置かれていたという部分はあります。従って、深部体温の連続値をはじめ、体温データの活用がもっと進めば、バイタルデータをもっと重要視しなければならないんだ、というような風潮が出てくるという可能性もあります。そこでMEDITAに期待することとしては、現在開発中の技術をしっかりとカタチにして頂くことと、そもそも正常という状態と比べて、はじめて疾患などの異常は分かるモノなので、その人にとっての深部体温の正常、人類の母集団に対しての深部体温の正常というものをMEDITAの中で持つなどして、多くの人がその恩恵を受けることができる未来を構築することを期待しています。
*1.X線画像、CTスキャン、脳波図などのデジタル画像や動画を安全な電子通信システムを用いて伝送する
*2.視聴覚通信技術を用い、患者・介護者と生中継で双方向のやりとりを実施する
*3.血圧や血中酸素濃度など、患者の医療データを送信する