「おまえ、冷蔵庫行き決定か」。2011年秋、被災地の沿岸のある高校生たちの会話を聞いていたときに耳に入ってきた言葉でした。聞けば、冷蔵庫とは水産加工会社のことでした。どこにも行くところがないダメなやつが最後行くところ、それが水産業。震災で、ふるさとのために何かしたいという意識が子どもたちの中に芽生えた被災地ですらこうでした。まして、内陸の農業は言うに及ばずです。
地方の中学校では、偏差値で輪切りにされ、下の方の生徒が農業高校、水産高校に進学します。そして、農業、水産業を学び、卒業時には大半が一次産業とは関係がない会社に就職していきます。なぜ、若者は一次産業を毛嫌いするのでしょうか。一般的に言われてることは、収入が低い、イメージがよくないなどです。こうして、日本の一次産業の現場から若い人間がどんどん姿を消していきました。
農家は年間10万人の離農が続き、50歳以下は34万人しかいなくなってしまいました。先がない老人たちが田畑を耕しています。漁師はさらに深刻で、わずか17万人しかいません。そのほとんどがおじいちゃんたち。一方、日本の調理師は増え続け、25万人もいます。シェフに憧れる若い人は多い。グルメな日本において、食材をおいしく料理するシェフの社会的地位は高いけれど、その食材を提供する生産者の社会的地位は圧倒的に低い。
みんな口では一次産業は大事だ、農山漁村は必要だと言います。しかし、いざ自分がやるかとなればやらない、息子にやらせるかとなればやらせない。多くの消費者は、日本の農家や漁師が生産した食材が入った500円の弁当ではなく、海外の原材料を使った280円の弁当を買っている。そうして、農家や漁師が食えないと嘆いているのが、この国の一次産業の姿ではないでしょうか。人間、食べなければ生きていけません。その意味で、食に関してはすべての国民が当事者と言えますが、多くの人にとって他人事になってしまっています。当事者意識がない。
私が代表を務めるNPO東北開墾が、一昨年に創刊した「食べる通信」が四国を皮切りに、北海道、新潟、神奈川、熊本、広島など、全国30地域に横展開しています。まずは100地域に広げたいと考えています。なぜ、「食べる通信」を広げたいのか。答えは簡単です。農家や漁師の社会的地位を上げたいからです。前述したように、今は、社会的地位があまりにも低く、後継者が右肩下がりでどんどん減ってます。販路拡大やブランド化など、まずは収入を上げようというところから入るビジネスはこれまでたくさんありましたが、この悪い流れを断ち切ることはできませんでした。それどころか、むしろ悪化してきた。何が足りなかったのか。それは、生産者の社会的地位を上げるところから入るビジネスの存在だと思います。これが皆無でした。
収入を上げるビジネス、社会的地位を上げるビジネス、どちらも必要です。つまり生産者側、消費者側の両方から変えていく必要があるということです。だから、「食べる通信」を始めました。巨大な流通システムによって生産者と切り離されてきた都市の消費者がスーパーで得られる情報は、値段、見た目、食味、カロリーなど全て消費領域の話です。もちろんこうした情報も大事ですが、決定的に欠けている情報があります。それが、食べものの裏側、つまり生産者の存在です。
彼らは、人間の力ではコントロールできない自然に働きかけながら命の糧を得る生産活動をしています。安定した気候の西欧と異なり、台風や地震など荒ぶる自然と向き合ってきた日本の生産者は、技を磨き、知恵を絞り、自然を恐れ敬い、それらを伝承してきました。だから、日本の一次産業のレベル、品質は世界最高水準にあります。読めない天候を相手に、自然と対話し、受け継いだ技や知恵、経験値、創造力を駆使しながら仕事をしている姿を見ていると、ものすごいクリエイティブな仕事だと感じます。
宮崎駿がジブリ作品で描いた八百万の神の世界は、世界から高い評価を受けました。人間が自然を支配しようとしてきた西欧の一神教に対し、人間が自然と折り合いをつけ、共存しようとしてきた多神教の世界観です。あれを現代社会で一番体現してるのは日本の生産者です。つまり一番価値ある部分がまったく消費者に伝わっていない。
結果、きつい、きたない、かっこ悪い、挙げ句の果てには結婚できないの4K産業などと言われ、若い人は一次産業から遠ざかってきたのではなかったでしょうか。本来の価値を正当に評価されているとは言い難い状況が長年続いてきたと言えます。そして、買い叩かれてきた。
東北食べる通信は、その食べものの裏側を見える化し、彼らの生き様、哲学、世界観をメインの商品とし、彼らが生産した食べものをあえて付録にしました。読者は、この世界観に触れ、生産現場への理解を深め、生産者に感謝しながら、食します。その後、Facebookコミュニティで1500人の読者と生産者がコミュニケーションし、イベントやツアーなどオフラインでも交流します。
食べものの裏側の情報を手にした読者の生産者を見る目は変わります。この1500人の読者コミュニティでは、明らかに生産者の社会的地位が高まっています。読者は敬意と尊敬の念を持って、生産者に接しています。結果、読者からその価値が外に伝播し、マスコミに取り上げられ、販路拡大につながった事例も生んでいます。
この1500人の読者コミュニティが、全国に広がったら、日本における生産者の社会的地位は高まり、結果、収入も増え、目指す若者も増えます。だから、私は「食べる通信」を全国に広げるために、「日本食べる通信リーグ」を創設しました。自分の地域の優れた生産者と都市の消費者をつなぐ「食べる通信」は、国の政策を待たずに、私たちの手で実現できることです。国の政策に期待し、空振りしたら政権批判する側に回るのか。その政策を当てにせず、自分たちでできることを主体的にやっていく側に回るのか。
「日本食べる通信リーグ」は、後者の道を選びます。