What we do
弊社が経営するカフェ「uchikawa六角堂」の前を通過する曳山の光景。まちの文化と景観に融合した外観とレトロモダンなインテリア。
元々洋装店だった空き店舗。運河に面していた「裏口」をぶち抜き、開放的な「表玄関」をつくりました。レンタル着物屋さんとして営業中です。
活動する場所は「大好きなまち」だけ。自分たちの暮らしと仕事があるまち、です。私たちは、人々の感性を豊かにする、まちの価値を拡大する、そんな「場づくり」を目指しています。
人々が潜在的に求めている「場」とは何かを考え、それをプロダクトアウトすることが仕事です。
「場」とは、「まち」と「建築」とのちょうど中間に存在する、コンセプト領域です。社会的な意義を認知されにくいため、既知のマーケットはありません。
「場」とは、物理的な空間だけに留まらず、概念的な空間であったり、キッカケや演出であったり、と色々なケースがあります。
その原点になったのが「道の駅」の発案です。「道の駅」は全国3カ所での社会実験を経て、国土交通省(当時は建設省)に提案し、国の制度になった、私たちのプロダクトアウトの代表例です。
2010年、東京から富山に拠点を移転し、会社の事業方針を大きく転換しました。公共セクターからの仕事を徐々に減らしながら、自らが地域の主体者となった社会的プロジェクトとして展開しています。
■ーーー富山は凄かった!
富山県は、標高3,000m級の立山連峰と水深1,000m以上の富山湾が、30km程度の距離にギュッと詰まっている特異な地形です。この自然がもたらす海と山の恵みによって、圧倒的に豊かな食文化がつくりあげられました。
曳山や獅子舞に代表される各地の祭り、万葉の歴史と伝統的な匠の文化が大事に受け継がれています。私たちはこの地に、計り知れないポテンシャルを感じています。
そういった地域の文化を背景に、古い町並みが県内のあちらこちらに群として残っていることにも驚きます。町民文化で栄えた商人町、山村集落や漁師町など、まるで映画のセットのような町並みが純粋無垢のまま、注目される時代を待っているかのごとく、ひっそりと息を潜めて存在しているかのようです。
この「奇跡的に残ったまち」の奇跡はいつまでも続きません。どんどん空き家になって、維持管理ができずに壊されていく運命の建物が沢山あります。
私たちは、単に空き家をリノベーションして使うだけに留まらず、町並みや地域文化を大切にする「まちづくり」と、日本の伝統に魅力を感じる「建築」が、お互いに共鳴するような「場」をつくり、このまちで暮らす、働く、学ぶことの豊かさを具体的に体感できるカタチとしてプロダクトアウトします。
■ーーープロジェクトの例
<市民の想いが行政を動かし、広い防災公園とNPOが運営する道の駅をつくった例>
市民の皆さんと一緒に小さな活動を続けて、やりたいことを実現できるコミュニティをつくりました。小さなカタチを徐々に大きなウネリとして行政を巻き込み、大きなプロジェクトになりました。
パティオにいがた http://patio-niigata.jp/
<まちの財産を、発掘、記録、支援する社会的な活動>
町並みを形成している古い町家の1つ1つを丁寧に、主体者と一緒に活用コンセプトを考えてリノベしています。自社で資金調達する場合もあれば、仕事を依頼される場合もあります。
マチザイノオト http://machizai.net/
<移住したい人を全力で応援するサービスを市の委託事業として展開>
寒ブリで有名な富山県氷見市の移住施策の要となる支援事業を民間サービスとして行っている珍しい例です。市内に町家の支援拠点(まちのタマル場)を持ち、住まい、仕事、仲間づくりをサポートしています。
IJU応援センター・みらいエンジンhttp://himi-iju.net/
Why we do
代表の明石の奥さんが経営するデザイン会社の町家オフィス(ma.ba.lab.)も弊社のプロデュース。ここをオフィスとしてシェアさせてもらっています。ます。
私たちの活動がNHKワールドで世界130か国に放映されました。昭和レトロな漁師町と人々の暮らしや活動としてフィーチャーして頂きました。
富山に拠点を移すまでは、全国各地のまちづくりをプロデュースしていた会社でした。ハード志向からソフト重視への転換期を迎えていた日本のまちづくりにおいて、比較的早い段階から市民参加のまちづくりに取り組んできた会社です。
地域の多様な人々と一緒に、まちの未来を考え、カタチにすることの調整役をすることから「まちづくりのコーディネーション」という言い方をしてきました。
■ーーー全国展開で感じたジレンマ
関わる分野や地域は多岐に渡り、様々なケースの課題に挑戦した結果、漠然とした問題意識が確信に変わってきました。それは「東京から地方は変えられない」と「まちには魅力的な場が必要だ」ということです。
私たちは、通いの仕事人として地域に関わる人間だったため、アイデアやプランを実行する主体者にはなれません。コミュニティにフィックスされた関係性も希薄です。プロジェクトが発展、成長しても、地域の当人たちほど楽しさや喜びを感じることができず、そこにジレンマを感じていました。
また、バブル期に建てた公共施設の維持管理が社会問題となって以来、ハード事業が影を潜めてしまい、商店街の中に小さな交流拠点をつくるような事業にも風当たりが強くなりました。
ハード事業の問題の本質は、施設を上手く運営できないことです。仮に施設を魅力的に運営するプロデュースをしても、それを実行するのは私たちではありません。
東京から来た人間は、そのまちの、その場所の主体者にはなれません。だから、私たちが思い描く理想をカタチとして見せることができないのです。それが残念でなりませんでした。
悩んだ挙句、私たち自身が拠点を構える地域で、今まで蓄積したノウハウを使って、思いっきり「まちづくり」をすると決意しました。
■ーーー私たちなりのまちづくりが「場づくり」
もし、私たちと同じような問題意識を持っている人間が富山県に来たとしたら、同じようなことを考えると思います。私たちが練り上げたアイデアやコンセプトではなく、この土地が私たちの気持ちを突き動かして、強烈な主体性を植え付けたのだと思います。
富山県にある古い港町(新湊内川)、そこで偶然出会った取り壊し寸前の古い町家、その土地の臭いと目の前にあるボロボロの建物の光景が、プロダクトアウトのキッカケを与えてくれました。
まちづくりは、行政だけがやる活動ではありません。そこに暮らす人、そこで商売をしている人、事業をしている会社、それぞれが考える豊かさを追求し、同時に社会に貢献できる役割を全うすることができれば、それは立派なまちづくりです。だからこそ、私たち独自のまちづくりとして「場づくり」をしようと考えました。
ここで暮らし、一緒に豊かさを実感し、地域に貢献してくれる人を、どんどん連れてきたいという想いも強く、移住したい人の住まい、仕事、仲間づくりの支援をするサービスもしていて、これが事業の大きな柱になっています。
How we do
カフェuchikawa六角堂のメンバー。店長の北原は、東京からIターン。当時つきあっていた彼女と一緒に移住して結婚。すでに立派な古民家に住んでいます。
DIYワークショップの様子。内川でDIYグループをつくり、小さな物件の整理や解体、壁塗りなどすべて素人がやってしまいます。
富山県に活動拠点を移転してから7年が経ちました。新しい仲間も増え、これから本格的に事業を展開したいと思っているところです。会社の歴史は30年ですが、二代目社長が再興したベンチャー企業のような雰囲気だと思ってください。
事業拠点は、富山県の新湊内川(射水市)という漁師町と、環境に優しい定置網漁で世界的に有名な氷見市という同じく漁師町です。東京の茅場町にも、ホントに小さな事務所ですが、東京オフィスを置いています。
■ーーー富山の活動拠点はどちらも漁師町
新湊内川には、築75年の町家をリノベした、オーガニックのコーヒー&サンドイッチ専門店のカフェ「uchikawa六角堂」を経営しています。このカフェ、地元ではけっこう有名なんですよ。開業から4年、今では関東や関西方面からも沢山来られます。外国人の方もチラホラ見かけます。どんなへんぴな場所でも、人を呼び寄せることが出来ることを実証した、私たち自慢のカフェです。
富山オフィスは、uchikawa六角堂から歩いて5分、同じく古い町家をリノベした空間-ma.ba.lab. のなかにあります。ここは、代表の明石の奥さんが経営するデザイン会社(ワールドリー・デザイン)の社屋で、弊社プロデュースです。
ここを、まんまとシェアさせてもらいました。(もちろん家賃はしっかり払っています)土蔵や通り土間のあるオフィスですが、ここの非日常感は、なかなかものですよ。
7年前、新湊内川は県民にも知られておらず、まったく注目されていない、マイナーな地域でした。それが今や、映画やドラマのロケ地に使われるようになり、徐々に人気を集める場所になりつつあります。こうなった背景に、私たちの貢献も、ほんの少しはあっただろうという自負はあります。
ここ数年、今まで想像できなかった新しい動きが生まれています。ガラス作家さんが工房を開いたり、ゲストハウスをするめに県外から空き家を探しに来たり、飲食店をやりたいという人が相談に来たり。内川の風景が大好きになった海外の人が、バーをつくりたいと考えています。
県内のもう1つの拠点が氷見市の漁師町です。ここに「まちのタマル場」という、町家を利用した集い場とオフィスを構えて、氷見市の魅力を発信したり、移住したい人の相談や支援サービスを展開しています。
こんな小さな会社ですが、氷見市の移住施策の主力部隊として頑張っています。毎年、きっちりと目標数値が決まっていて、毎月の成果と計画を第三者委員会に評価されています。緊張感のある状況ですが、まちづくりをやってきた会社ならではの自由な発想で仕事をさせてくれるのは大変ありがたいです。
■ーーーたまたま今は小さい、でも成長の伸びしろがいっぱい
代表の明石をはじめ、富山県にいるメンバーは全員県外からの移住者です。みんな縁もゆかりもない富山県に移住してきました。
正直なところ、少人数で頑張っているため、仕事は忙しいです。なので、自分の成長ビジョンと仕事でやっていることが重ねっていないとモチベーションを保つのが大変かもしれません。
東京チームもあわせ、今いるメンバーは、会社とそこで働く自分たちの将来を楽しみにしています。「今は正直しんどい!」と全員が思っているはず。
でも「たまたま今は小さくて力が足りない会社」というだけで、これから活躍できる「余白=自分たちでつくるマーケット」が沢山あることを確信しています。
「富山で頑張っているまちづくりの会社と言えば?!」という問いに対して、すぐに思い出してもらえる会社になってきた自負があります。 面白い社会的プロジェクトを展開している活動の様子は、新聞やTV、雑誌などで紹介されるようになりました。
民間の会社なのに、まちのことを考えます。NGOのような社会的ミッションを持っています。誰も気づかない価値を、知らないうちにカタチづくり、その存在が「バレたとき」の皆の驚く顔を想像して、一緒にワクワクしましょう。
地方だからこそ出来る、ここにしかない、価値ある仕事です。