ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる
Amazon.co.jp: ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる : 山崎 満広: 本
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こんにちは!GreenCitiesの徳田です。
トークテーマを設けてメンバーとの対話を綴る、新しい試みをお届けします。
今回のテーマは「人生を変えた一冊」。GreenCities第一号社員のひろきくん (三浦 央稀 / Senior Project Manager)が出会った一冊は、ミツさん(山崎 満広 / Green Cities CEO)の著書『ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる』です。高校生だったひろきくんに大きな影響を与えた一冊。ミツさん、ひろきくんと当時を振り返りながら綴ります。
ーーー新企画、楽しくおしゃべりしていきましょう。この本は今も多くの人に読まれ続けていますが、まずはミツさんが執筆時に伝えたかったメッセージについて教えてください。
ーーーひろきくんは高校生の時にこの本と出会ったそうですね。なぜ手に取ったのですか?
ーーーその後、ミツさんに直接会いに行ったんですよね。
ーーー大学に通いながら、ものすごい熱意と行動力…!ひろきくんは実際にポートランドに行ってどんな印象を持ちましたか?
ーーーひろきくんはポートランドでの留学を通して、まちづくりへの考え方はどう変わりましたか?
ーーーたくさんの学びを体験しての帰国後、新しいアクションはありましたか?
ーーーまちづくりへの参加に繋がっていったんですね。留学中のミツさんとの印象的なエピソードはありますか?
ーーー今後のまちづくりにおいて、GreenCitiesが特に注力していきたいポイントを教えてください。
ーーー「主役」というのはひとつのキーワードのように感じますね。
ーーー思い出話に花が咲きつつ、人生を変えた一冊を通して二人の想いをたくさん伺えた時間となりました。ありがとうございます。ところでミツさん。次の“一冊”の執筆も考えているんですよね。
ーーー楽しみですね。私たちもワクワクしながら進めていきましょう。
ミツ:僕にとっても、この本を出したことが人生の転機でした。2016年当時、日本では地方創生が注目され始めた頃で、ポートランドのまちづくりにも関心が高まっていました。そんなタイミングで出版社から声をかけてもらい、執筆を決めたんです。
伝えたかったのは、「日本のまちづくりには、まだまだ可能性がある」ということ。ポートランドでは長い時間をかけてまちづくりが進められ、確実な成果を上げていました。そのエッセンスを日本にも伝えたいと思い、本質的な考え方を詰め込みました。僕自身、ポートランドとの出会いで人生が変わったので、そんな体験も伝えたかったですね。
ひろき:地元の松戸をもっと良くしたいと思い、高校生の頃からまちづくりに関心がありました。幼い頃から電車や乗り物が好きで、特にまちづくり×交通に興味があり、アメリカに公共交通機関が充実した「車なしで暮らせる街がある」と知ったのがポートランドに注目したきっかけでした。
ちょうど日本でポートランドが話題になり始めた頃で、いろいろなところでポートランドの話を耳にする機会があり、そこからポートランドのまちづくりに惹かれて、出会ったのがミツさんの本でした。ハードだけでなく、まちを変える仕組みや考え方が詰まっていて、「住みたい街をつくる」という本の副題にもあるように、自分の地元をもっと住みやすくするにはどうしたらいいかを考えるきっかけになりました。そしてこの本が、僕にとってまちづくりを本格的に学ぶ第一歩になったんです。
ひろき:そうです。2018年3月、大学1年の終わり頃に、地元のすぐ近くの柏の葉でミツさんのトークイベントがあると知り、「これは運命だ!」と感じました。2年生でポートランドに留学に行くと決めていたのでチャンスだと思い、手作りの名刺を持って参加しました。
ミツ:懐かしいね。イベントに来てくれた学生は他にもいたけど、ひろきくんは特にキラキラしてた(笑)。「ポートランドに来たら連絡してね」と伝えたら、半年後に本当に連絡がきて。そのとき僕はZiba Designという会社にいて、「オフィスにおいで」と誘いました。
ひろき:Ziba Designのオフィスはパール地区の素敵な場所で、「本で読んだあのエリアだ!」と興奮しましたね。
ミツ:オフィスを案内しつつ話を聞いてたら、どうやら色々やりたくてしょうがないみたいだから、当時雑誌の取材対応がたくさんあったので執筆のサポートをお願いしてみました。きちんと書いてきてくれて感動したのを覚えています。それからインターンで視察対応などいろいろと手伝ってもらうようになったんだよね。
ひろき:「日本の方が住みやすい」と思いました(笑)。
もちろん、ポートランドのまちづくりは素晴らしくて本に書かれていた通りの良い街でした。でも、日本の都市はすでにコンパクトでとても暮らしやすいし、公共交通機関が発達していて、治安も良く、食の選択肢も豊富。単純に「日本は遅れている、海外に学ばなければいけない」とは言えないなと感じました。日本の街の良さを活かしながら、ポートランドのエッセンスを取り入れられるといいなと感じました。
ミツ:僕は2012年から2019年までポートランドに住んでいて、その間に街が劇的に良くなったと感じていたんだけど、ひろきくんが来ていたのはちょうどポートランドが最も良い街だった時期だよね。
長年日本を離れていた僕にとっては、「絶対にポートランドの方が住みやすい」と思っていました。でもコロナ禍で日本に戻ってみると、日本の方が圧倒的に安全で、物価も安く、便利だと感じましたね。それでも、アメリカにいた頃の方が「自由さ」を感じていました。自分の意思で暮らしを決めていく感覚が強かったのかな。
ひろき:「自由さ」…そうですね。ポートランドには「個性」がありました。街に出歩いている人が多いのもポートランドらしさを感じましたね。2ブロックごとに個人経営のこだわりを感じるカフェがあるし、これからお店を持ちたい人たちが出店するフードトラックがたくさんあるし、ライトレールやMAX(ポートランドの路面電車)も素晴らしく、街を移動するだけで新しい発見がありました。ファーマーズマーケットなどのストリートイベントも盛んで、住民の主体性がまちを支えていることを肌で感じました。
それと、ポートランド発のローカルチェーンが元気なのが印象的でしたね。品質が高く、店舗の雰囲気も魅力的でした。クオリティの高いローカルチェーンが市民の誇りになり、ローカルチェーンがさらに元気になる。ポートランドではいろいろな文脈で「うちの地元にはこれがあるんだよね」と言える誇らしさを感じました。
ひろき:以前は「便利な街が理想」だと思っていました。留学していなかったら「古いものを壊して新しくするのが正解」と思っていたかもしれません。でもポートランドでは、例えば学校を改装した「マックメナミンズ ケネディスクール」や、ガレージを活用したアートギャラリーなど、古い建物を活かしたリノベーションが魅力的で「あるものをどう活かすか」の視点が大切だと気づきました。
ミツ:ケネディスクールのような公共施設のリノベーションも、日本ではまだメジャーではなかった時期でしたよね。日本では古い建物を壊して更地にする考えが主流でしたが、今ではリノベーションが一般的な言葉になっています。この数年で本当に大きな変化がありましたね。
ひろき:ソフト的な仕組みを工夫することで、まちづくりへの関心が広がる体感もしました。たまたま街を歩いていて遭遇した新しいバス路線についてのオープンハウスでは、住民向けのヒアリングがカジュアルな場所で行われていました。担当者と個別に気軽に会話できる場だったんです。日本では行政主催の説明会が一般的ですが、ポートランドではフラットに意見を交換できる空間が作られていました。このようなコミュニケーションの形が、日本のまちづくりにも取り入れられるといいなと感じました。
ひろき:当時の日本ではまだあまり語られていなかった「サステナビリティ」と「ダイバーシティ」をテーマにした学生団体を立ち上げました。住みやすいと言われていたポートランドでさえも、一部の住民が追い出されてしまう現実があり、それが人種の違いによって浮き彫りになっていました。そんな場面を目の当たりにし、もっと深く考えたいと思ったんです。
ひろき:最初にオフィスを案内していただいたとき、ミツさんに「将来、どう生きていきたいの?」と尋ねられ、人生のビジョンについての話になりました。日本では、大学生が人生のビジョンや投資の話をする機会って、ほとんどないですよね。
当時の僕は、「どこかの会社に就職して、そこで働き続けるのが普通」という価値観を、無意識のうちに持っていました。でも、ミツさんと話したことで、その価値観が大きく変わりました。人生の哲学やビジョンの可能性を広げてもらったと感じています。
ミツ:僕が伝えたかったのは、「人生はもっと自由で、世界は想像以上に広い」ということ。そして、「自分の可能性を決めるのは自分自身」だということです。
人生は決断の連続。だからこそ、自分で決断する力が一番大事なんです。そして、その決断に責任を持てるようにならないと、良い大人にはなれないと思っています。最終的には、すべてが自分の責任です。これは、僕がアメリカで長く過ごしていたからこそ、強く感じるようになったことかもしれません。僕自身、このことを何十年も考え続けてきました。そして、「もっと若いうちに知りたかった」と思うことは、できるだけ若い世代に伝えるようにしています。
これは、まちづくりにも通じる話です。多くの人が意見を言うけれど、結局責任を取る人は少ない。だからこそ、自分たちの決断で動ける主体性のあるまちづくりのチームを立ち上げる支援をしていきたいと考えています。
ミツ:今回の対話で、この本の副題にある「世界で一番住みたい街をつくる」には「自分たちで作れるようになる」という意味が込められているんだということを改めて思いましたね。
タイトルを考えていたとき、「世界で一番」って大きな言葉を使うのは悩ましかったんです。自分たちがどれだけ大きな夢を描けるか。それに向かって本気で走れるか。それはまちづくりでも、会社づくりでも、コミュニティづくりでも、とても重要なことだと思うんです。だからこそ「世界で一番」という言葉をつけました。そんな大きな想いを持つ人たちと一緒に走って、実を結んでいけるようにお手伝いをしたい。だから僕はこの仕事をしているんです。
ひろき:伴走支援をする僕たち自身もワクワクしていないと、地域の人もワクワクしないんじゃないかって思います。今も特に井波での活動を通して強く感じていますね。
ミツ:もう4年も井波に通ってるけど、未だに行く度ワクワクするよね。一緒にいる人たちがいきいきしている。それこそがまちづくりの上で重要なことだと思うんです。だから僕たちは、主役になる人たちがもっとまちを良くできるように、もっと自分らしく生きられるように伴走するのが仕事なんだと思っています。
ひろき:アメリカにいたとき、「自分が主役だ」と思える社会の方が幸せだなと感じました。日本人って、なかなか自分を主役にしないんですよね。でも、自分の人生は自分でしか変えられない。そのことをアメリカに行って初めてちゃんと実感しました。
ミツ:その日本とアメリカの差は大きいよね。アメリカは調子に乗ってるときこそ「You’re cool! Go for it!」って応援されるよね。
もしそれがなかったら、僕も起業していなかったと思う。職場が安泰だったからね。自分が本当にやりたいことをやるための人間的な環境や社会的な環境を整えることも大事。自分で作れないこともあるけど、良いご縁が後押ししてくれることもあります。
ひろき:ポートランドでの経験を振り返って改めて、ただ「人のため」「地域のため」だけじゃなく、自分もワクワクしながらやることが大事だなと思います。留学中は街の古い写真と現在を並べてどう変化したかを探しに行ったりもしてたなぁ。街のことが本当に好きで、楽しんでたんだろうなと思います。その楽しむ気持ちが、大きな推進力になっていくんじゃないかな。
ミツ:僕が留学していたときはパーティーの写真ばかり撮ってたと思う(笑)。
ミツ:そうなんです。今後、noteの発信を通して次の一冊を作っていく上でのヒントになるような話題をお届けしていけたらと思っています。
長編となりましたが、最後までご覧いただきありがとうございました。
(本記事は、2025年2月に当社noteに公開したコラムを再掲しております)