お魚サブスクのスタートアップが斜陽産業でロールアップに挑戦する理由
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「え、工場を買うの?」
「DtoCなのに製造まで?」
そう驚かれることがあります。無理もありません。
株式会社ベンナーズは、お魚サブスク「フィシュル」、海鮮丼専門店「玄海丼」などを運営するスタートアップ企業です。
先日、九州の水産加工会社「玄天」を買収しました。これは単なる設備投資ではありません。水産業界が抱える構造的な問題を、根本から解決するための戦略です。
私は水産業界において、川上から川下までのフルバリューチェーンモデルを構築し、いずれは国外でも展開していきたい。いま、本気でそう考えています。
なぜそこまでしてフルバリューチェーンにこだわるのか。その背景には、水産業界が抱える構造的な課題と、私たちが経験してきた数々の出来事があります。
目次
- 水産一家で生まれ、倒産を経験し、再び水産業へ
- 断片的な解決では止まらない「負のスパイラル」
- BtoBプラットフォームの限界とコロナによる転機
- M&Aによる製造の内製化と玄天との出会い
- 一緒に足を動かして脳みそを働かせる。PMIの現場
- 私たちの強みは「川下」にある
- インドネシアで釣った魚で、フィシュルを作ってみた
- 漁船が日本の5分の1の価格で買える
- 日本の魚を輸出し、海外の魚を輸入する
- 世界の水産業界にとって最も必要とされる会社へ
水産一家で生まれ、倒産を経験し、再び水産業へ
私は祖父が水産加工業、父が魚の卸業を営む水産一家で育ちました。小さい頃は祖父と港を散歩したり市場を練り歩いたりと、魚が身近にある環境でした。食卓に魚が登場する頻度も多く、魚が大好きです。
しかし同時に、この業界の厳しさも目の当たりにしてきました。祖父の会社は過剰な設備投資により私が小さい頃に倒産し、父の会社も私が大学3年生のときに倒産しました。
当時私はアメリカに留学中で、総合商社の投資部門の内定をもらっていました。人生プランとしては30歳くらいで下積みをして、いつか父の会社を継ごうと思っていました。しかし父の会社の倒産で、そのプランは崩れ去りました。
差し押さえられた家を買い戻したい。今すぐ稼がなければならない。そんな切迫した動機で、私は起業を決意しました。そして選んだのは、父や祖父が生きてきたのと同じ水産業界だったのです。
アメリカ留学中の写真
水産業界は衰退産業と言われています。水産資源の減少、漁業者の高齢化、若者の魚離れ。課題は山積みです。しかし大学で学んだ起業学の講義で、解決する課題が大きいほど、社会に与えるインパクトも大きいと教わっていました。
課題だらけの業界だからこそ、逆に大きな可能性がある。この山積みの課題を解決できたとき、どんな素晴らしい世界になるのだろうか。水産業に希望を感じて覚悟を決めました。
断片的な解決では止まらない「負のスパイラル」
水産業界をバリューチェーンで見たとき、川上(生産)、川中(流通・加工)、川下(小売り・飲食)のそれぞれで深刻な問題が生じています。
川上においては、水揚げ量の減少が問題に。北海道の鮭が歴史的不漁だとか、いくらが前年の2倍の相場だとか、ニュースでもよく耳にすると思います。魚が獲れなくなり、漁師さんの収入も減り、数も減っていく。平均年齢は65歳を超え、高齢化も進んでいます。一方、水揚げ量が減っていると言われる中でも、実は活用できていない未利用魚(市場に出回らない規格外の魚)が多数存在するという矛盾もあったりします。
水産業界の負のスパイラル
川中においても問題は山積みです。漁師から漁協、産地市場、中卸、消費地市場、問屋...というように魚が食卓に届くまでに驚くほど多くのプレイヤーが介在しています。かつてはそれが最適だったのでしょう。でも今となっては、役割が分断されすぎています。その結果、余分なコストや鮮度・時間のロスが発生してしまっているんです。
私が以前商談したある加工屋さんは、とても良い商品を作っていました。でも、「この商品はどこで食べられているんですか?」と聞くと、「多分、どっかの回転寿司だと思うんだけどね...」と言うのです。
自分が作った商品を、誰がどこで食べて、どう喜んでいるのかすら分からない。言われるがままに作り、ある日突然発注が止まれば在庫の山となってしまう多重下請け構造。これではモチベーションも利益も上がりません。
そして川下では、消費者の魚離れが進んでいます。トレンドの変化に川上・川中がついてこれず、消費量が減ってしまっているのです。
これらは別々の問題に見えますが、実はすべて連動しています。川上で魚が獲れなくなると、調達が難しくなり、高くて美味しくない商品ができる。結果、消費者の魚離れが進む。魚離れが進むと需要がなくなり、川中の仕事もなくなり、魚が余る。
どれか一つを断片的に解決しても、業界全体の課題解決にはならず、負のスパイラルは止まりません。だからこそ、私たちは決めました。
「全部、自分たちでやるしかない」と。
川上から川下までを一気通貫でつなぐ「フルバリューチェーンモデル」。これこそが、負のスパイラルを断ち切る唯一の方法だと考えたのです。
BtoBプラットフォームの限界とコロナによる転機
偉そうなことを言っていますが、最初からこの答えにたどり着いたわけではありません。実はベンナーズは創業当初、BtoBのプラットフォーム事業をやっていました。産地と飲食店のバイヤーをインターネット上でマッチングするビジネスです。「流通構造の改革」を掲げ、全国の産地を巡り、点と点をつなぐ日々。徐々に取引が増えていくものの、どこか違和感を感じていました。
「これじゃあ、ただの問屋じゃないか」
売上は上がっても利益が残らない薄利多売の世界。そして、流通構造が整ったところで、末端の消費者が魚を食べてくれないと元も子もない。相場や他社の動向に振り回されるばかりでした。
そんな中、コロナウイルスがやってきた影響で売上は9割減。全く予想していませんでしたが、もしあのままBtoBだけでやっていたら今頃会社は潰れていたと思います。
そこから私たちはピボットし、未利用魚を活用したミールパックのサブスクリプションサービス「フィシュル(Fishlle!)」を立ち上げました。BtoBだけでなく、BtoCへ。自分たちで自ら需要を作り出し、需要を吸い上げることで、無駄なく効率よく商品を作れるようになりました。
M&Aによる製造の内製化と玄天との出会い
フィシュルが4周年を迎え成長する中で、次なる課題として浮上したのが製造キャパシティでした。今後さらに拡大していく上で、OEM(委託製造)に頼るのではなく、自社製造比率を上げて原価率を下げていく必要があったのです。
そこで今年の春頃より、M&Aの検討を始めました。これは水産業界における「※ロールアップ戦略」の第一歩です。同業他社や関連企業を次々と買収・統合することで、フルバリューチェーンを構築していく。一社ずつを個別に強化するのではなく、業界全体を再編成していく挑戦です。
※ロールアップ戦略:細分化された業界において、複数の企業を買収・統合することで規模を拡大し、業界を再編する経営戦略のこと。
実は1社目の検討中に、交渉中だった企業が別の会社に買われてしまい不成立になり、少し落ち込んでいました。そんなときにポッと案件として出てきたのが玄天。
不思議なもので、玄天には2〜3年前にOEMで商品を作っていただいたことがあったのです。当時の役員の方や現場の方ともお話ししたことがあり、どういった会社なのかすぐにイメージが湧きました。しかも、本社から車で10分とかからない場所にある。PMI(統合プロセス)を考えると物理的な距離の近さは重要でした。
株式会社ベンナーズ、株式会社玄天の株式を100%取得しグループ化
玄天はスシローやくら寿司の商品を作っていた実績があり、衛生基準が非常にしっかりしている会社です。九州でこのクオリティとキャパシティを持つ会社は数社しかありません。玄天としても工場の稼働率を上げることが課題だったので、お互いWinWinの状態。M&Aにより水産加工会社「玄天」をグループに迎え入れました。
一緒に足を動かして脳みそを働かせる。PMIの現場
M&Aが決まってからは、まさに泥臭い日々の連続です。 今は週の半分くらい私が現地に行き、PMI(経営統合プロセス)を進めています。
現地では在庫の整理や既存取引先との関係整理など、私と玄天の社員さんで一緒にご挨拶に行ったりしています。一緒に足を動かして脳みそを働かせてやるということが大事なのかなと。
一見心配されそうなコミュニケーションにおいては、非常に歓迎していただくことができています。最初にOEMをお願いした時と比べて私たちの規模も成長しており、「若い社長がいてくれて、未来に希望を持てました」と言ってくださった時は、本当に胸が熱くなりました。つい先日、玄天の皆様とベンナーズのメンバーが一堂に会し、親睦を深める機会も設けました。
今回の買収はゴールではなく、あくまでスタート地点。かつて飲食店のセントラルキッチンとして機能していた素晴らしい設備、そしてそこで培われた彼らの熟練の技術。これらに、私たちの強みである企画力と販売力を掛け合わせることで、かつてないシナジーが生まれると確信しています。
私たちの強みは「川下」にある
ここまでフルバリューチェーンの重要性について触れてきましたが、あくまでうちの強みは川下だと自負しています。自ら需要を作り出すことができるから無駄なく効率よく商品も作れるし、従来よりも高い利益率を確保できる。そして漁師さんたちの収益の向上にも貢献できる。
その上でBtoB、BtoC、そしてBtoBtoCと全部やってきて業界全体を見渡せる立ち位置にいるからこそ、フルバリューチェーンを実現させることができる。その輪を広げていくこと自体が、業界全体の活性化につながるのではないかと。
今回のM&Aでは川中の供給力を強化しましたが、次は川下もありだなと思っています。お寿司屋さんを買うとか、飲食の案件も検討しています。
水産の世界で大手チェーン以外にあまり大きなチェーンが存在しないのは、供給を抑えるのが難しいから。私たちはそこを自社で押さえている。独自のサプライチェーン、セントラルキッチンが活かせるような業態を買収していくのは大いにありだと考えています。
インドネシアで釣った魚で、フィシュルを作ってみた
実は2023年頃から本格的に東南アジアへの進出を目指し、絶賛取り組み中です。その中でも、川上・川下の両サイドでポテンシャルが高いインドネシアに目をつけています。
まず川上においては、漁業生産量が世界2位です。しかしその実態は、木造の船で非効率に漁獲していたり、コールドチェーンも整っていない中での2位なのです。つまり、まだまだ伸びしろだらけ。
インドネシアの市場
川下においても魅力的です。人口はもうすぐ3億人に達し、平均年齢もまだ20代半ば。しかも人口のほとんどがイスラム教徒なので、魚に対してフレンドリーです。このフルバリューチェーンのモデルが生きてくると確信しました。
現在は、バランロンポ島での取り組みをパイロットプロジェクトとして進めています。実際に現地を訪れ、漁に同行して魚を釣ってみました。すると、驚いたことに日本でも水揚げされる魚がたくさん混じっているのです。
インドネシアで獲れた魚たち
シマアジ、コショウダイ、アイゴ、ツバメウオ。フィシュルでもよく使っている魚たちが、インドネシアの海でも獲れる。これは大きな発見でした。
その場で氷締めをして、現地の工場に持ち込んで実際に製品を作ってみました。その工場にはアルコール凍結機があり、試作した結果、ものすごく美味しい商品ができあがったのです。「これはいける」と確信。
このプロジェクトは私たちだけではなく、もう一社日系の会社と共同で進めており、現在は補助金を申請中。この補助金が通れば、まずはこのプロジェクトをしっかり収益化させ、それが実績として出たら、インドネシア全土に広めていこうと考えています。同時に店舗展開も進めていく流れです。
漁船が日本の5分の1の価格で買える
インドネシアでさらに面白いのが、漁船の価格です。国策として造船業が保護されているため、船がめちゃくちゃ安い。日本では漁船は非常に高額ですが、インドネシアだと大体5分の1ぐらいの金額で買えます。
インドネシアの漁船
具体的には2000万円ぐらいで結構大きな船が買えます。私たちは原料だけで毎月2000万円以上買っているので、「これならすぐにペイするな」と。
漁船を買って、現地で漁師さんたちを雇用し、一つの船を一つの法人のような形で捉えてやっていく。本当の意味で川上から川下までを自分たちでやる。現地の給与水準は月給3万円程度なので、5万円で雇用すればみんな喜びますし、私たちとしても経済合理性があります。
川下の日本食レストランについては、日本と比べて7割ぐらいの価格帯です。意外にエンゲル係数は高く、ジャカルタという土地柄もあって需要は十分にあります。
インドネシアのいいところは、位置的にも色々な国にハブとして輸出しやすいという点もあります。インドネシアを世界の工場として位置付けて、バリューチェーンを作っていくことは十分にあり得ると考えています。
日本の魚を輸出し、海外の魚を輸入する
とはいえ、やはり日本の魚は美味しい。インドネシアでも美味しい魚は獲れますが、日本で獲れた魚の方が上です。
ただ、今何が起きているかというと、日本の美味しい魚が海外に流れていってしまっているのです。香港やニューヨーク、ドバイ、ヨーロッパなどのお金持ちがいるところのバイヤーが、より高い金額を払えるので、日本の業者が買い負けています。
少し悲しいことではありますが、考え方を変える必要もあるかなと。日本の美味しい魚たち(一部)はより高い値段で輸出して、生産者たちが儲かるようにする。高く売れれば、漁師さんたちが多く獲らなくても良くなる。そうすれば、資源も回復する。日本の「いいものを安く」という考え方を見直すいい機会になればいいと思ってるんです。
一方で、海外で獲れた安くて美味しい魚を日本に輸入する。食料自給率が低い日本にとって、食料を絶やさないためにも、日本のノウハウを海外へ輸出し、向こうでしっかり稼げる日系企業の出現も必要になってくると考えています。
世界の水産業界にとって最も必要とされる会社へ
「サステナブルな水産インフラを構築する」。ベンナーズのビジョンです。
川上の漁師さんが正当な対価を得られる。 川中の職人さんが誇りを持って働ける。 川下の消費者が美味しい魚を手軽に楽しめる。
関わる全員が幸せになる水産業。それが、本当の意味での持続可能性だと私は信じています。
このチャレンジは、水産業界だけでなく、食料自給率38%という日本の構造的課題にも切り込んでいくはずです。そしていつか「日本の食を、ベンナーズが支えている」と言える日が来ると信じています。
私たちが目指すのは、水産業界のリーディングカンパニー。M&Aを重ね、業界を統合して日本だけでなく世界でフルバリューチェーンを展開していく。このロールアップ戦略を通じて、水産業界の未来を創っていきたい。
まだまだ道半ばです。実績も足りないし、数字ももっと出さなければならない。でも、やっとやるべきことが明確になりました。
ベンナーズでは現在、事業拡大フェーズにあわせて積極採用中です。
-水産業界に興味がある方
-斜陽産業を本気で変えたい方
-泥臭くてもワクワクする仕事がしたい方
少しでも気になった方は、ぜひ気軽にご連絡ください。一緒に、日本の食卓を豊かにしていきましょう。