心のブレーキを緩める物語~私の尊敬する人、祖父(父方)に関して~
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はじめに
初めまして!Definer Inc.で代表をしています。
阪本 健太郎と申します。
Wantedlyは、共感採用というコンセプトを提言しているらしく、代表の価値観もしっかりと表明していこうと感じましたので、今回の記事を作成しました。
掲題にある通り、私の父方の祖父に関してです。ちなみに、私は四人兄弟の末っ子でして、私が物心ついた時には、すでに祖父は70代近く、仙人のような印象を持っておりました。
仙人のような祖父が、その生き様でどのように私に感銘を与えたか?描きたいと思います。
祖父の印象
ひたすらに、頭の良い人でした。囲碁や将棋は、私はそこそこ強いAIにも勝てるのですが、一度も祖父に勝てませんでした。常に、達観した視点で物事を見て、客観的に会話ができる人の印象です。しかし、癇癪持ちで、よくお婆ちゃんと喧嘩をしていました。
ただし、ふとある時に、「お婆ちゃんのことが大好きなのだろうな。。」と感じる瞬間があり、愛情も持った人なのだな、という印象でした。(私以外の兄弟姉妹も同様の認識です。)また、趣味で出た囲碁の大会でもサクサク優勝してトロフィーが家に飾られていました。
「おじいちゃんは、酒とタバコを続けて100歳まで生きた人を知っとるでぇえ」が口癖で、そこだけはあまり尊敬できませんでしたが、ポッケにいつも飴を入れていて「飴ちゃん、食べるか?」が二つ目の口癖の人でした。
祖父の仕事
自動車の教習所の先生だったそうです。とても人気の先生だったそうで、理由は、「優しかったから」。
今となっては意外かもしれませんが、当時は教習所の先生によるハラスメントが問題になっていたそうです。現在は、教習所もさまざまなフィードバックの仕組みを整え、教員による問題行動を防ぐことを実施していますし、私が自動車免許を取得する際もとても快適でした。しかし、当時は、ハラスメントが当たり前の世界だった。
祖父は、当時から価値観がしっかりした人だったのだと思います。周りの教員が横柄であっても、偉そうで、嫌な奴でも。自分は、他者に対してどう振る舞うかをしっかりとした価値観、「染まらない勇気」を持って他者に接した。
周りがどうであるか?と自分がどう生きるか?は全く別です。この物語は、暖かく私の道を照らしています。
祖父の最期
最期は、祖父の家で真夜中に会話しました。今思えば、「これが最期になるだろうな」とお互いにわかっていたのだと思います。祖父は、彼が学級委員になった時のエピソードと、社会の厳しさについて話をしていました。
事実がどうかは置いておいて、彼はモテたそうです。そして、学級委員長としてもずーっっと頑張っていたのですが、張り紙をするたびに、「ビリビリに」破かれていたそうです。
彼なりに、不合理、不条理、理不尽、悪意などを教えてくれたのだと思います。でも、それでも善意を持つ、ということの大切さを教えてくれました。
読んでくれた方に向けて
ここまで、読んでくれた方は何かしら価値観を共有できるのかな?と思いますので、ぜひまずはカジュアルに話しましょう。
採用採用せず、フラットに楽しみながら。