こんにちは!増田運輸の人事広報担当です。
私たち増田運輸は、千葉県と関東近県の皆様の食生活を支えるべく、365日24時間体制で運送・倉庫管理を行う物流会社です。
今回から、そんな増田運輸で働く一人ひとりの声を届けるストーリー記事を発信してまいります。
会社が発信する数字や制度の説明だけでは伝わらない、実際に働く社員が語る日々の仕事の手触りや、その人がどんな道を歩んできたかを知っていただきたいと考えたからです。
今回はその第一弾として、習志野営業所でドライバーを務める佐藤克己、65歳にお話を伺いました。
営業一筋、来る日も来る日も話す仕事。60歳、心のどこかにあった小さな迷い
―― 佐藤さんは60歳まで、今とは全く違う業界で働かれていたそうですね。
佐藤:はい。岐阜県の会社で営業を長くやっていました。
お客様のところへ訪問して、言葉で商品の良さを伝えて、買っていただく。
簡単に説明するとそのような仕事ですね。
―― 営業一筋だった方が運送業を選ばれたのは、意外な気がします。
佐藤:そうですね。ずっと長く続けてきたことで、人と話す仕事に少し疲れていたのかも知れません。
定年が近づいてきたころ、第2の人生を考えた時に、次はあまり話す機会が多くない仕事がしたいと思うようになりました。
山奥まで届く一本の道。営業時代に見た運ぶ仕事の尊さ
―― 運ぶ仕事という発想は、どこから来たのでしょうか。
佐藤:それは前職の経験からです。
当時私が働いていた会社は岐阜県の飛騨高山にあって、雪の降る峠道を越えないと荷物を届けられない場所でした。
それでも運送会社は約束の日に届けてくれる。
自分たちでは到底運ぶことが困難なものをきっちりと運んでもらえることが、ずっとありがたいなと感じていたんです。
そこから、「運ぶ仕事は人を幸せにできるんじゃないか」という思いがぼんやりと浮かぶようになり、いざ退職後の道を考えたとき、自分がそのような仕事に携わる、という考えが選択肢として大きくなってきました。
決め手は真っ白なトラック。シニアを歓迎してくれた増田運輸との出会い
―― 60歳からの転職は、簡単ではなかったのではと思います。
佐藤:ハローワークに行っても、年齢に見合う仕事はなかなかなくて…。
そんな時に「シニア応援企業」という言葉を見かけて、調べていったら増田運輸に行き着いたんです。
―― 当時、実際に会社を見に来られていたそうですね。
佐藤:ええ、こっそり見に行きました。
その時に見たトラックが真っ白だったことが決め手の1つでしたね。
何色にも染まっていない自分が新しい道に入るなら、染まっていない会社の方が合うんじゃないかと感じました。
家から通える距離だったのも大きいです。
前職は通勤に往復2時間から4時間かかっていたので、その時間がもったいなかったんですよね。
想像とは違った、静かすぎる最初の職場
―― 入社してすぐは、どんな印象でしたか。
佐藤:物を運ぶ仕事だから、しゃべらなくていいと思って選んだんです。
ただ、事務所の中まで必要最低限の会話しかないのには驚きました。
営業時代とはまるで違う空気でした。
―― そのギャップから佐藤さんがどのように変わっていったのか、続きは後編でお伝えします。本日はありがとうございました。
未来の仲間へ
増田運輸には、年齢や経歴に関係なく新しい一歩を踏み出した先輩がたくさんいます。
普通免許からでも、資格取得支援制度を使えばステップアップできます。
気になった方は、気軽にお話ししましょう。