250人規模のSIerで、緻密なガントチャートの一員として働いていたエンジニアが、なぜ未経験のEC・SNSマーケティングの世界で全社アワードを受賞するほどのエースになったのか。
そこには、単なるスキルの転換だけではない、働くスタンスの劇的なパラダイムシフトがありました。
現在、モニター事業部でモニター資産の仕組み化を担う中島裕貴さん。彼が掴み取った「能動的に動くこと」の真実と、FORCE-Rが掲げる「気持ちいい人間」という言葉に隠された、プロフェッショナルとしての生存戦略に迫ります。
中島 裕貴 / モニター事業部リーダー
東京都出身。大学では情報系学部でプログラミングと音響研究に従事。新卒でSIerに入社し、エンジニアとして自社システムを担当。2024年FORCE-Rに参画。業務委託を経て正社員へ。現在はモニター事業部でマーケティング施策や業務効率化を担当。2025年末のFORCE-R Award Nightでアワードを受賞。
振られたタスクを完遂する日々。安定のSIerで感じた歯車の焦燥感
ーー前職はSIerのエンジニアとして安定した環境にいたそうですが、当時の本音を教えてください。
大学時代は情報系学部でプログラミングを学びつつ、音響の研究に没頭していました。新卒で入社したSIerでも、その延長線上で社内基幹システムを担当。組織全体で250人、部署だけでも数十人という大規模な環境でした。大手ならではの盤石な基盤ゆえの安定感は確かにあり、非常に恵まれた環境だったと思います。
ただ、業務自体は一言で言えば「ガントチャートのマス目を埋めること」でした。PMが作成したスケジュールに従い、割り振られたタスクを仕様書通りに組む。一見、王道のキャリアですが、次第に強烈な違和感に襲われました。
ーーどのような違和感だったのでしょうか?
自分が「組織の歯車」でしかないという焦燥感です。役割が細分化されすぎて、「自分がなぜこのコードを書いているのか」「誰の役に立つのか」という手応えが全く得られなかった。月60時間の残業をこなしても、翌日にはまた新しいタスクが降ってくる。指示通りの完遂が正義とされる世界で、そのまま指示を待つだけの人間になってしまうのではないか。その恐怖が安定への満足感を上回りました。もっと能動的にビジネスを動かしている実感が、欲しくてたまらなくなったんです。
職種へのこだわりを捨て、飯塚代表の船に乗ると決めた日
ーー能動的になりたいという思いから、最初は営業職を志望されたそうですね。
当時の私は「能動的=自分の足と口で稼ぐ営業職」だという極端なイメージを持っていました。エンジニアの対極こそが自分の求める姿だと。しかし、面接で「営業特有の圧迫感に耐えられるか」と問われ、言葉に詰まったんです。自分が求めているのは数字に追われるストレスではなく、もっと別の何かではないか……。そう自問自答していたときに出会ったのが、代表の飯塚さんでした。
ーー飯塚代表との面談で、印象に残っていることはありますか?
飯塚さんは僕の話をじっくり聞き、「中島くんは、いわゆるガツガツした営業タイプではないかもしれないね」と、僕の等身大の姿を肯定してくれたんです。その上で、「まずは形にこだわらず、商売が動く現場の空気に触れてみるのはどう? 例えば、業務委託でテレアポのプロジェクトから始めてみるとか」と、軽やかに提案してくれました。
職種の適性というよりは、「僕が変わるための、ちょうどいい入り口」を一緒に探してくれたんだと感じました。「この人の下でなら、無理に自分を偽らなくても、本質的に変わっていける」という直感がありましたね。職種というこだわりを一度手放して、まずはその提案にふわりと乗ってみることに決めたんです。
ーー実際に業務委託としてスタートしてみて、いかがでしたか?
最初はテレアポで試行錯誤する毎日でしたが、アポイントが取れた際の達成感や、それをチーム全員で喜び合う文化に触れ、純粋に「ここで働き続けたい」と強く思うようになりました。
その期間が終了する頃、飯塚さんから「現段階で配属先は決まっていないけれど、社員としてうちに来ないか?」と誘われました。迷いはありませんでしたね。特定の職種に就くことよりも、能動的に動ける自分になることが目的でしたし、役割が決まっていないからこそ、自分で仕事を見つけるチャンスだと思ったんです。
「お節介」の先にあった、自分らしい能動性と商売の本質
ーー実際に業務がスタートしてから、どのように仕事の幅を広げていったのでしょうか。
前職のような「指示書を待つ働き方」を卒業したくて、担当業務の完遂はもちろん、それ以外の領域でも「組織のために何ができるか」を常に考えていました。その第一歩が、社内に落ちている隙間を徹底的に拾うことでした。
具体的には、備品補充や会議室の片付け、配達物への対応といった些細な雑務です。誰も握っていないけれど、放置すれば誰かが不便を感じる。そんな小さな組織の負を見つけては、自ら「やります!」と手を挙げて拾い続けました。
ーー中島さんの言う「能動性」は、FORCE-Rの掲げる「気持ちいい人間性」と重なって見えますね。
そこがカチッと繋がったことが、自分らしく成果を出せるようになった最大の要因です。以前の僕は、能動的とは「強引に物事を進めること」だと思っていました。でも、飯塚さんやメンバーを見ていて、本当の能動性とは「周囲を観察し、誰かのために先回りしてお節介を焼けること」なんだと気づいたんです。FORCE-Rのいう「気持ちいい人間」が指しているのはこういうことなのかなと、自分なりに腑に落ちました。
そして、この「お節介」こそがビジネスの本質だということにも気づきました。ビジネスは究極、誰かの課題を解決することです。「NOと言わずにやってみる」「相手の期待の一歩先までやる」。そんな気持ちの良いアクションを積み重ね、相手の「不」を解消することで、結果として「商売」としての利益がついてくる。今の僕は、誰も握っていない仕事を見つけるたびに「ここをハックしてみんなを楽にしてやろう」とワクワクしています。
技術を「商売の武器」に変え、50万人のリソースを動かす司令塔へ
ーーそうした「お節介」が、結果としてアワード受賞や現在の具体的な業務にどう結びついたのでしょうか。
雑務を拾い改善案を出し続けるうちに、「中島に相談すれば何とかしてくれる」という信頼が蓄積され、次第に事業の核心に近い課題も相談されるようになりました。そこで初めて、Lステップの自動化や関数による仕組み化など、エンジニアの知見を「仲間の不便を解決する武器」として提案できたんです。
自律的に課題を技術で解決する。この「誰の担当でもない仕事を拾って巻き取る」姿勢を評価していただき、社内アワードをいただけたのは、一つの嬉しい結果でした。
現在は、この延長線上で50万人規模の自社モニター資産を最大活用するための戦略設計と業務基盤の構築を主軸に置いています。SNSチームと連携し、どのモニター様にどう繋げれば成果が最大化するかという「流通経路」を設計・管理する役割です。以前のように指示されたコードを書くのではなく、「どうすれば商売が加速する仕組みを創れるか」という司令塔に近い視座で、新規キャンペーンや広告運用も主導し、事業自体の拡大にもコミットしています。
ーー実際に仕組みを動かしてみて、手応えはいかがですか?
自分の組んだ仕組みが50万人の行動を変え、クライアントの売上を跳ね上げ、仲間から直接感謝される。技術が「商売の勝利」に直結する手応えを感じているからこそ、FORCE-Rのバリューである『ビジネスは楽しい』という言葉が、今では自分の中に深く落ちています。
以前の僕にとって、仕事とは決められた時間にタスクをこなす「耐える時間」に過ぎませんでした。しかし今は違います。自分で考えて打席に立ち、そのフィードバックを即座に改善に活かす。このスピード感あふれるサイクルそのものが楽しさの正体です。
最近はプライベートでも、飲食店の集客や看板を見て「自分ならこうハックするな」と勝手に脳が動いてしまう。これは、ただ指示を待つだけだった自分にはなかった「商売人」としての覚醒だと思っています。
何をしたいかより、この船で「変化」を楽しみたい
ーー今後の展望、目指す「次のステップ」を教えてください。
実は、具体的な野望はあまり持っていないんです。それ以上に、「この船(FORCE-R)で、変化し続けたい」という思いが強い。EC市場は変化が激しく、常に新しい領域へ突っ込んでいきます。昨日までの正解が通用しなくなるからこそ、常に「まずはやってみる」という能動的なお節介が必要になる。
ポジションに固執せず、「気持ちいい人間」として課題を拾い、仕組み化していく。このメンバーとなら、どんな荒波でも面白がれる。そう思えること自体が、私にとって最大のキャリア資産です。
ーー最後に、今の自分に悩み、「歯車」から抜け出したいと願う方へメッセージをお願いします。
「特別な武器がない」「営業は無理だ」と諦めないでください。組織の歯車であることに焦りを感じているなら、それはあなたの能動的なエネルギーが出口を見つけられていないだけです。
FORCE-Rは、「自分を変えたい」「誰かのお節介を焼きたい」という純粋なエネルギーを持つ人に、大きな打席を用意してくれます。大切なのは「とりあえずやってみます」と言える、少しの勇気。指示を待つ毎日を卒業し、自らビジネスを動かす側へ。その挑戦を、私たちは全力で歓迎します。一緒に、商売をハックしましょう!