こんにちは!株式会社国境離島革命団の深井です。
今回は、国境離島革命団の代表・伏見直人に、私たちの会社がどうやって生まれたのか、改めてじっくり話を聞いてみました。
北海道大学大学院から株式会社グリーへ。その後スタートアップを創業し、1年で売上2億円規模まで成長。それでも次に選んだ場所は、東京ではなく、人口約130人の鹿児島県・硫黄島でした。
なぜ、わざわざ人が選ばない道を選ぶのか。キャリアや転職に悩んでいる20代にとって、「自分はどんな環境でワクワクできる人間なのか」を考えるヒントになるかもしれません。
プロフィール
- 名前: 伏見直人
- 役職: 株式会社国境離島革命団 代表取締役
- 経歴:
- 北海道大学大学院 情報科学系専攻
- 光ファイバー、画像解析などを研究
- グリー株式会社でゲーム開発に従事
- 株式会社キャリー創業・ライブ配信事業責任者
- 創業約1年で売上2億円規模、社員10名まで事業を拡大
- 鹿児島県の有人国境離島・硫黄島へ移住
- 株式会社国境離島革命団を創業
エンジニアになるはずだった。でも「自分でコードを書く」ことにはワクワクしなかった
――まずそこから聞きたいんですけど、伏見さんって、もともとSNSとも鹿児島とも全然関係ないキャリアですよね(笑)。
そうですね(笑)。
北海道大学の大学院で情報科学を専攻していて、プログラミング工学を学んでいました。光ファイバーの研究だったり、今でいうAIの画像解析に近いことだったり。
同期も大手IT企業の研究者やエンジニアになる人がほとんどだったので、自分も普通にその道に進むと思っていました。
ただ、学生時代に新卒で入社した会社のインターンでゲーム制作を経験したことが、最初の転機でした。
そこで気づいたんですよね。
「自分が一番優秀なエンジニアになるより、もっと優秀な人たちを集めて、一緒に何かを作る方が向いているな」って。
企画を考えたり、アイデアを出したり、違う専門性を持った人をまとめたりする方が圧倒的に楽しかった。
そのまま新卒でグリーという会社に入社して、既存ゲームのデータ分析や、新しいゲームの企画、仕様書作成、開発などに関わりました。
エンジニア、デザイナー、プランナー。それぞれコミュニケーションの仕方も考え方も全然違う。
その人たちと力を合わせて、一つのものを作る経験は、今の組織づくりにもかなりつながっています。
――でも、そんな大手企業から、かなり早い段階でスタートアップへ行ったんですよね。安定した環境への未練はなかったんですか?
むしろ逆でした。
出来上がった組織の中で、自分に与えられたミッションをこなしていくことに、ずっと違和感があったんです。
周りから期待されている自分を演じたり、「迷惑をかけちゃいけない」と考えて振る舞ったりすることの方が、僕にはしんどかった。
そんなとき、学生団体のエンカレッジ時代に一緒に活動していた先輩から、「会社を立ち上げないか」と誘われました。
仕事の相性も良く、尊敬していた人だったので、「この人と一緒ならやりたい」と思ったんです。
しかも、ずっと自分でゼロからチームを作ってみたかった。
誘われたその日のうちに出資メンバーと顔合わせをして、創業を決めました。
オフィスの隅っこ、たった2人から。1年で売上2億円へ
――決めるの早すぎません?(笑)
早かったですね(笑)。
最初は出資してもらった会社のオフィスの隅っこを借りて、2人だけで始めました。
ちょうどコロナ禍でライブ配信市場が一気に伸びていた時期だったので、ライブ配信事業に着目しました。
知り合いにオーディション事業をやっている人がいたので、その知見も借りながら、「オーディション×ライブ配信」で事業を作ろうと。
最初なんて、知り合いに片っ端から連絡して、気合いで参加者を集めていました(笑)。
そこから事業が一気に伸びて、約1年で売上2億円、社員10人規模まで成長しました。
――そこまで伸びていたら、そのまま東京でもう一社やろうとは思わなかったんですか?
それが、あまり思わなかったんですよね。
東京では20代の間、猛烈に仕事して、猛烈に遊んだ。
だから「もう一回東京で同じようなことをやる」より、全然違う場所で、もう一度ゼロからやってみたかった。
戦略的にも、人と同じ選択肢を取るより、誰も選ばないところへ行った方が自分の価値を出せると思っていました。
そんなとき、堀江貴文さんがtiktokで「日本の排他的経済水域を守ってる有人国境離島で起業すると支援制度が充実している」という話をしているのを見たんです。
「でも実際そんな場所で起業する人、いないから」とも言ってました。
だったら、面白そうだし、僕がやってみようかなって(笑)。
僕は、1年後の自分が想像できない方がワクワクするんです。
「電波さえあれば届く」。離島で見つけたSNSという武器
――それで本当に島へ行っちゃうのが伏見さんなんですよね(笑)。でも、そこからどうしてSNSだったんですか?
硫黄島に移住して改めて気づいたのが、SNSって、どれだけ遠い場所にいても電波一本あれば情報を届けられるということでした。
しかも、ローカルには全国の人が知らないものがたくさんある。
情報が知られていないからこそ、SNSとの相性がいいんじゃないかと思いました。
当時は社員4人で古民家を借りて、シェアハウスしながら仕事していました。
島にいると、とにかく時間がある(笑)。
じゃあ全員、自分のSNSアカウントを作って運用してみよう、と。
そこでSNSについて徹底的に勉強しました。
そして実際に運用してみると、東京とローカルではSNSの価値が全然違うことに気づきました。
東京では、「東京から全国へ、世界へ」という発想になりやすい。
でも地方では、必ずしも全国に届ける必要はない。
地元にある魅力を、まず地元の人にちゃんと届ける。
これがめちゃくちゃ強かったんです。
全国で100万回再生される動画より、その地域の人を中心に10万回再生される動画の方が、実際の来店や認知に大きく影響することがある。
僕らはこれを「ローカルバズ」と呼ぶようになりました。
――今では当たり前のように社内で使っている「ローカルバズ」って、島での実験から生まれたんですね。
そう。
そして「これをもっと大きな地方都市でやったらどうなるんだろう」と思って、次に鹿児島市へ出ることにしました。
縁もゆかりもゼロ。1ルーム4畳の部屋から始まった鹿児島市進出
鹿児島市に来たとき、僕らには本当に縁もゆかりもありませんでした。
人脈もない。顧客もいない。
しかも最初は、1ルームの劇狭アパートにメンバーでぎゅうぎゅうになって住んでいました(笑)。
――あの頃のこと、今思い出すとなかなかですよね(笑)。知らない土地で、まず何から始めたんですか?
営業する前に、「まず自分たちのことを知ってもらわないと」と思いました。
そこで作ったのが、「鹿児島No.1グルメ」や「ふかまるぼっち飯」といった鹿児島ローカル向けのSNSアカウントです。
全国の人は知らない。でも、鹿児島の人にはめちゃくちゃ届く。
まさに島で仮説を立てた「ローカルバズ」を、鹿児島市で実践しました。
すると短期間で認知が広がり、SNS運用の相談をいただけるようになりました。
鹿児島市へ出てから1年で、累計約30社と取引。プロスポーツチームのスポンサーにもなりました。
さらに、市内のスキルの高い動画編集者から「一緒に働きたい」と問い合わせをもらい、採用にも繋がりました。
そこで制作クオリティが一気に上がり、結果として、創業2期目には1期目の約10倍まで売上を伸ばすことができました。
累計100社を超えても、「成功した」とはまだ思っていない
3期目になると、制作したコンテンツが次々と伸び始めました。
クライアント数も増え、累計の支援企業は100社を超えました。
新規案件をすぐには受けられないほど依頼が重なる時期もあり、現在では毎月200〜300本規模の動画を制作しています。
メンバーも全国の業務委託を含めると10人を超え、ようやく「会社らしくなってきた」と感じられるところまで来ました。
でも、全部が順調だったわけではありません。
目標に掲げていた売上1億円に届かず、悔しい思いもしました。
創業メンバーの入れ替わりもありました。
――伏見さんって、新しいことを始めること自体は全然怖がらないですよね。逆に、何が一番怖いんですか?
新しい挑戦自体は、あまり怖くないんです。
失敗しても「じゃあ次どうしよう」と思えるので。
それより怖いのは、仲間からの信用がなくなることとか、チームが壊れてしまうこと。
これまでいろんなチームを作って、いろんな人と出会って、別れてきました。
その中で、自分一人でできることより、チームで戦ったときにできることの方が何倍も大きいと実感しています。
だから、入社してくれたメンバーにはめちゃくちゃ頼ります。
僕も頼られたら全力で支えたい。
一人では絶対にできないチャレンジをして、一人では絶対に作れない実績を作って、一緒に新しい景色を見たい。
それが、僕にとって会社を作る意味なんだと思います。
「やってみて、失敗してから考える」がうちの文化
――採用候補の方には、良い部分だけじゃなくて「革命団で働くリアル」も伝えたいです。正直、どんな人だとしんどいと思います?
チームの中で、自分の利益だけを追求する人は合わないかもしれないですね。
あとは、新しいことを始める前からブレーキを踏んでしまう人。
うちは結構、「やってみて、失敗してから考えよう」なので(笑)。
失敗そのものも楽しむ文化があります。
逆に、好奇心が強くて、チャレンジすることが好きで、失敗しても切り替えられる人はすごく合うと思います。
「給料を上げたい」「役職が欲しい」だけじゃなくて、もちろんそれも大切なんですけど、新しいことをやっているときの躍動感そのものを楽しめる人ですね。
――前に「新しいものを得るために、何かを捨てられる人」という話もしていましたよね。
そうですね。
新しいものを手に入れるには、今持っている固定観念だったり、安心できる場所だったり、何かを手放さないといけない瞬間があります。
僕自身も、大企業を出たり、東京を離れたり、何度もそれをやってきました。
だからこそ、何かを捨てて僕らのところへ来てくれたメンバーとは、ちょっと大げさですけど、生涯添い遂げるくらいの気持ちで仕事をしたいと思っています。
人生って一回しかないじゃないですか。
ちょっと道を外れても、失敗しても、最後に「いやー、あれ面白かったな」ってネタにして持って帰れたらいい。
そういう人と働きたいですね。
次は県外へ。そして「ローカルバズ」は海外でも通用するのか
――そして4期目。ここから革命団をどこへ持っていきたいですか?
まずは売上1億円を超えて、さらに3倍成長を目指したい。
そして、鹿児島で培ったローカルバズを鹿児島以外でも実践したいです。
僕らが鹿児島で学んだのは、「地方」と一括りにはできないということ。
鹿児島には鹿児島のコミュニケーションがあるし、別の県にはまた別の文化があります。
各地域のコミュニケーションスタイルを理解して発信できるローカル特化のSNSマーケティングが今後は主流になると予想しています。
さらに、その先で検証したいのが海外です。
ローカルバズの力は、海外でも通用するんじゃないか。
世界中には、まだネット上に十分な情報がない地域や文化が山ほどあります。
AIがネット上の情報を一瞬で整理してくれる時代だからこそ、逆にネットにまだ落ちていない場所へ実際に行って、そこでしか得られないものを見つける価値は上がっていくと思っています。
硫黄島に行ったのも、ある意味その発想でした。
これからも、場所や時間や「普通はこうする」という固定観念に縛られず、僕ら自身も想像していなかった領域へ行きたい。
そこへ実際に行って、挑戦した人にしか見えない景色を、仲間と一緒に見てみたい。
「このままでいいのかな」と思っている人へ
――最後に、この記事を読んで「革命団、ちょっと面白そうだな」と思ってくれた方へ、メッセージをお願いします。
完成されたスキルがある人じゃなくてもいいと思っています。
それより僕らが一緒に働きたいのは、好奇心があって、「それ面白そうじゃん」とまず一歩踏み出せる人。
僕自身、大学にいた頃は、鹿児島でSNSの会社を経営しているなんて1ミリも想像していませんでした(笑)。
でも、予想できなかったからこそ面白かった。
革命団に入ったら、たぶん予定通りにはいかないです。
会社自体がまだ変化しているし、来年何をやっているか、僕自身にも完全には分からない。
だからこそ、決められたキャリアを歩くのではなく、自分たちで次の仕事や会社を作ってみたい人には、面白い環境だと思います。
一人ではできない大きなチャレンジをする。
一人では作れない実績を作る。
そして、まだ誰も見たことのない景色を仲間と見に行く。
「1年後の自分が想像できない方がワクワクする」
もしそう思える人なら、僕らとはきっと相性がいいと思います。
編集後記
大手IT、スタートアップ、離島、そして鹿児島。バラバラに見える伏見の選択には、「まだ誰も選んでいない方へ自ら足を運ぶ」という一本の軸がありました。革命団の次の景色を一緒に作る仲間との出会いが、今から楽しみです。