電話をかけるためのボタンを、どうしても押せなかった。
押せば、知らない誰かにつながる。
相手が何を言うのか分からない。怒られるかもしれない。すぐに切られるかもしれない。
「初日から、もう辞めたいと思いました」
株式会社NoLimit代表・直江健の介は、営業を始めた日のことをそう振り返ります。
現在の姿からは、少し意外に聞こえるかもしれません。
直江は大学時代から、個人事業主として営業代行や採用代行に取り組み、営業では拠点トップの成績を残しました。その後、2023年に株式会社NoLimitを設立。営業支援を軸に会社を成長させてきました。
けれど、その出発点にいたのは、生まれつき話すことが得意な営業マンではありません。
知らない人と話すことが怖い、人見知りの学生でした。
「学生のうちに、何かを成し遂げたい」
学生時代の直江には、ひとつの憧れがありました。
学生起業家。学生社長。
年齢に関係なく、自分で仕事をつくり、自分の力で事業を動かしている人たちが、純粋に格好よく見えたといいます。
「学生のうちに、何かをやってみたい」
最初から壮大な事業構想があったわけではありません。
ただ、決められた道を歩くだけではなく、自分の力がどこまで通用するのか試してみたかった。
その思いから出会ったのが、ウォーターサーバーの営業でした。
もともとは時給制のアルバイトとして働く予定でしたが、起業に関心があると話したところ、会社から個人事業主として成果報酬で働く選択肢を提案されます。
直江は、成果報酬を選びました。
「成果を出した人も、出していない人も、働いた時間が同じなら給料も同じ。それは本当にフェアなのかな、と思っていたんです」
成果を出せば、報酬になる。
成果がなければ、報酬もない。
その明快さが、自分には合っているように思えました。
少なくとも、仕事を始めるまでは。
押せなかった、最初の一件
※インタビュー内容をもとに、営業初日の緊張を表現したイメージ写真です。
電話営業の初日。
目の前には、電話をかけるための画面があります。操作自体は難しくありません。それでも、直江の指は止まりました。
「ボタンを押したら、人につながるじゃないですか。それが嫌だったんです」
営業以前に、人と話すことが怖かった。
勇気を出して電話をかけても、思うように話せない。もちろん、成果も出ません。
初日を終えた直江の頭に浮かんだのは、「向いていない」ではなく、もっと率直な言葉でした。
——もう辞めたい。
その日の終わり、上司との1on1で苦しい気持ちを打ち明けました。話を聞いてもらいながら、直江は考えます。
ここで辞めれば、楽にはなる。
けれど、同時にもうひとつの感情が湧いてきました。
「ここで逃げるの、ダセーな」
翌日、直江はまた職場へ向かいました。
営業が好きになったわけではありません。怖さがなくなったわけでもありません。
ただ、初日で逃げる自分にはなりたくなかったのです。
最初の振り込みは、約4万円
それから約1カ月、思うような成果は出ませんでした。
成果報酬だから、結果がそのまま数字になります。最初に振り込まれた報酬は、約4万円でした。
生活できるような金額ではありません。
自分には才能がないのかもしれない。
やはり営業に向いていないのかもしれない。
そんな考えが浮かぶたび、直江は行動量を増やしました。
誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰る。
結果を出している人の通話音声を聞き、言葉の選び方や会話の流れを細かく確かめる。営業の考え方を学び、「お客様はなぜ意思決定するのか」を考える。
断られた数だけを見るのではなく、なぜ断られたのかを考えました。
「ただ電話をかける」のではなく、成果が出る構造を理解しようとしたのです。
突然、すべてがつながった日
転機は、約1カ月後に訪れました。
それまでほとんど結果が出なかった直江が、ある日、突然5件ほどの成果を出したのです。
特別な魔法を使ったわけではありません。
積み重ねてきた知識と経験が、ある瞬間に一本の線としてつながりました。
相手の言葉を聞きながら、次に何を尋ねるべきかが分かる。こちらが話したいことではなく、相手が知りたいことを考えられる。
一度成果が出ると、自信が生まれました。
自信がつくと、声や会話が変わる。
会話が変わると、さらに成果が出る。
やがて直江は、その拠点のトップセールスになりました。
「最初から営業が得意だったわけではありません。むしろ、まったくできなかった。だからこそ、どうしたら成果が出るのかを、人より考えたのだと思います」
この経験は、後のNoLimitにも受け継がれていきます。
才能だけに頼らないこと。
成果が出る理由を考え、学び、仕組みにすること。
そして、目の前の苦手だけで、人の可能性を決めないこと。
電話をかけるボタンさえ押せなかった学生は、営業を仕事にしました。
けれど、直江はまだ会社をつくろうとしていたわけではありません。
トップセールスになった彼は、なぜ個人の成功で満足せず、NoLimitという会社をつくったのか。
そこには、営業代行という業界に感じた、ある違和感がありました。
次回、第2話。
「ちゃんとやれば、この業界は変えられる」——採用支援から営業支援へ、NoLimitが生まれた理由。