ビル、看板、電車、車。私たちの周りにあるものって、全部最初は誰かが鉛筆を持って、真っ白な紙に一本の線を引いたところから始まっているんですよね。その線がだんだん形になって、色がついて、いつのまにか現実の「もの」になっていく。そして出来上がったものは、見た人の記憶に、忘れられない印象を残していく。
社会に出てから、私はこのことにすごく惹かれるようになりました。最初に引かれた一本の線が、何千年もの時を超えて、今の私たちの心を動かすことがある。そのことに気づいたのは、ある旅がきっかけでした。
父と旅した景色
思い返すと、その感覚の原点はもっと前にあった気がします。父は旅行が好きな人で、小さい頃から日本各地や海外に、いろんな場所へ連れて行ってくれました。同じ日本でも地域によって文化や暮らしの色合いが全然違うし、海外に出るとその違いはもっと大きくなる。そういう違いを、自分の目で見て、手で触れて、体で覚えていきました。
当時はそれが、まさか将来の仕事や、この会社につながっていくとは全く思っていませんでした。
エジプトのピラミッドで感じたもの
中でも忘れられないのが、高校2年生の時に行ったエジプトです。フランスやイタリア、イギリス、アイルランドで見た西洋建築や美術館の絵も十分に心を動かすものでしたが、ピラミッドの中に一歩入った瞬間、それまでとは全く違う感覚に包まれました。
冷たく乾いた空気、物音のない静けさ、壁一面に刻まれた古代エジプトの文字と装飾。そこには、今まで見たどの美術館よりも神秘的な時間が流れていました。何千年も前に人の手が石に刻んだ形と言葉が、今の自分の目の前に確かに存在している。真っ白だったはずの場所に線が引かれ、それが何千年もの時を超えて、人に忘れられない印象を与え続けている。うまく言葉にできないくらいの衝撃を受けたのを覚えています。
20年に一度の雪、カッパドキアで
もう一つ、印象に残っている旅があります。9月の終わり頃、トルコのカッパドキアに行った時のことです。移動だけで半日かかる、遠い場所でした。
到着した夜、20数年ぶりに雪が降ったんです。翌朝、ホテルの窓から見たカッパドキアの景色は、あの幻想的な奇岩や洞窟の遺跡が真っ白な雪の帽子を被ったような、いつもとは全く違う景色になっていました。
同じ場所なのに、たった一晩で全く違う顔を見せる。この時も思ったんです。何が起こるかなんて、前もって全部はわからない。でも、その瞬間に立ち会えたことが、何よりも忘れられない記憶になる。
気づいたら、不動産の仕事をしていた
私の家は曾祖父の代から事業をしている家で、父も別の分野で事業をしていました。私はそこで10年間、事務職として働いていたのですが、ある日突然父に呼ばれて、会社を立ち上げる話をされました。それが株式会社華蓮の始まりです。ちなみに社名は、当時飼っていたコーギーの名前から取ったもので、深い意味というより、家族らしい温かさから生まれた名前です。
不動産賃貸業という仕事を始めてから、私は毎日、誰かが暮らすための「空間」と向き合うことになりました。そこで初めて気づいたんです。小さい頃から見て触れてきた景色、エジプトで感じた静かな衝撃、カッパドキアで見た一晩で変わる景色――それら全部が、一本の線でつながっていたんだと。
空間は、ただの箱じゃない。そこには時間や物語が流れている。何千年も前に誰かが引いた一本の線が今の私たちの心を動かすように、一つ一つの物件にも、そこに住む人の記憶に残る何かを描いていけるはず。そう気づいたことが、この会社を作った理由です。
その想いは、不動産という枠だけにはとどまりませんでした。だから華蓮の中に、TEE-DESIGNというデザイン部署を作りました。ロゴマークや看板など、いろいろな形を通して、たくさんの人の記憶に残るもの、そしてその先にある幸せに繋がるものを、これからも作っていきたいと思っています。
「将来は?」と聞かれると、「はぁ?」と思ってしまう
よく「将来はどんなことをやりたいですか?」と聞かれます。正直、私は「はぁ?」と答えてしまいます。
なぜかというと、私は今まさに、将来に向かって進んでいる現在進行形の中にいるからです。数秒先に何が起こるかさえ、誰にもわかりません。カッパドキアの雪だって、20年間誰も予想していなかったはずです。
だから私は、まっすぐ前を向いて、今この瞬間を進みながら、いろんなものを見て、触って、話して、1秒ごとでも成長できたらいいなと思っています。何千年前に引かれた一本の線が、今の私たちをつないでくれたように、私たちが今日引く一本の線も、きっと誰かの未来につながっていく。この会社も、そうやって一本ずつ線を引きながら、これから形になっていくものだと思っています。