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フリーランスになろうとしている方へ

一生は一度きり

私は駐在員だった父親の仕事の関係で小中高と親元を離れ英国にある全寮制の日本人学校で7年間生活しました。空こそ飛びませんがハリーポッターの世界はある意味正しい情景描写になるかもしれません。もちろん同級生や先生が回りにいつもいるため、それは楽しい学校生活だったのですが、家族と会うのは暦上の休みのときだけ。これは逆に家族のつながりの大切さを感じることになりました。家族は先に帰国し、3年後私は日本の大学に進学しましたが、そのときすでに父はまた単身駐在員として別の会社で東南アジアに。物心ついてからほぼ父と一緒に生活することなく2015年に末期のガンが見つかりわずか10ヶ月で亡くなってしまいました。66歳。あのときもっと父と話しておけばよかった。そして自分も後30年しか生きられないかもしれない。死を意識するとともに、一生は一度しかないんだという今までなかった時間の概念が急に自分を支配するようになりました。今やりたいことをやっておかねば。と。しかし、まさかこの3年後に息子まで亡くしてしまうということまでは想像していませんでした。

とにかくフリーランスになってみた

父が亡くなった翌年の2017年。38歳の私は意を決して勤めていたベンチャー企業を退職しました。そして営業代行会社の登録コンサルタントとして数か月だけ活動してみました。20代の頃テレアポから客先訪問、クライアントへの報告までほぼ一人で完結しますが、会社に属さず自宅と客先の往復で会社員と変わらない収入を維持できる。フリーランスとして生きていけることを確信しました。

考えてみたら、学生の頃から”少し考えるがあまり深く考えずとりあえず動く”派だった

2001年、2回目の大学院進学のためにまた渡英しました。全寮制の学校ではほぼ外出できませんでしたので英国に7年間もいたといっても現地の文化に触れることは多少あっても、時間にするとわずかでした。今度は自分自身で生活してみよう、大学の研修室でみっちり英国人やその他の国々の学生と切磋琢磨し合って将来の自分を考えてみようと思い、2度目の修士の学位を取得するため飛び込みました。そのときに強く日本人として何か海外に日本の商品サービスをもっていく、あるいは自分で始める形で起業をしようと心に決めることになりました。ですが帰国後働き始めてから、転職の度に新しいことを学習していくためその中身が変わっていくのです。事業計画も何本も書きました。

類似事業をする方に実際に会いに行ったり、ときにはそこでアルバイトして体験してみて、自分なりに咀嚼しながら起業のイメージを膨らませました。しかしこれならいける、の前に”これだ”というのが出てこず気づいたら起業する予定の歳の35を過ぎていました。とにかくベンチャーに入ってその成長パワーを体験してみよう、何か自分でもそこで0→1ができるかもしれない。

苦労すればするほど成長できる

私が留学先から一時帰国し非常識ともいえる短期間での就職活動で応募したのはいわゆる”コンサルティング会社”のみ。なぜか。当時まだプロ経営者という呼び名はありませんでしたが、高給、高密度な時間、社会からの高評価、という自分で勝手な3高を作っていて、世の中で大成する人はコンサルティング会社勤務経験者が多い。と勝手に思い込んでいました。私のリスティングの中に(株)ビジネスコンサルタント という会社があり、外資系戦略コンサル会社の書類審査や面接でことごとく不採用を食らって落ち込んでいた私に唯一内定を出してくれました。他は一切内定なかったので辞退などできるはずもなく、2005年にほんとにこれでいいのか?と思いながら入社しました。

最初から気負っていました。なぜなら、私は修士を2度修了つまり4年のビハインドを負ってしまったため入社時点でもう26歳でした。

同期はもとより先輩ですら私と同い年や年下もたくさんおり、「こいつらには負けたくない」といつも思っていました。この2年間人一倍努力したと胸を張って言えます。一次商談は自分が行い、最後のクロージングに上司を使うというスタイルで営業所の新規客獲得にかなり貢献しました。

この会社の商材は人事制度構築コンサルテーションや管理職研修や新人研修等の階層別もの、幹部の自分を見直すための研修、といったラインナップで財務諸表の読み方とかマーケティングとかお勉強ものではなく、いわゆる組織行動論とリーダーシップ、というテーマが根底にある「自己を見つめ直す」アプローチになります。お客様に売っている理論を社内でも実践するので常に上司や周りから「自己を見つめ直す」メンタル面でのフィードバックが厳しい、かなり変わった会社です。ですので社内の統制もしっかりしていて、商材としても他社と一線を画した強烈な(素晴らしい笑?)内容でファンでいて下さる企業様は数多くありました。

帝国データバンクで自分の受け持つエリアの企業をリストアップし、狙った先に通い詰めて、企画提案して、だめでもまた翌年バージョンアップした提案をしてというサイクルになりますが、毎日毎晩クライアントに合った企画書を作成するため起承転結を意識したパワーポイント資料が目をつぶっても書けるようになるという点、クライアントのチャネルが高く度胸がつくという点で、新人にはこの上ない経験をさせて頂きました。激務は激務でしたが、成約に至ったときはでもお客さんに認められたと感じることができ、そのときの営業の辛さと楽しさは今でも忘れることができません。

営業フリーランスとしての働き方例

弊社勝手に”営業フリーランス”と呼んでいますが、クライアントから、ある商材やサービスを代行販売して下さいという依頼を受けます。

営業のプロセスは

  • 戦略構築
  • ターゲット選定(リストアップ)
  • トーク内容作成(スクリプト)
  • テレアポ
  • 一次商談
  • ナーチャリング
  • 成約

という流れがベーシックなところですが、若手の方ならテレアポからできますが、少々経験積まれて一定の年齢に達した方なら、一次商談あたりから受け持ちたいと思われるはずです。ただ市場のニーズはテレアポ>一次商談 であり、安定したお仕事供給ができるかというとそうでもありませんので、他のお仕事も組み合わされた方がよろしいかと思います。ただ長期契約を望まれるクライアントもおりますので、そういった先にうまくはまると安心して仕事ができます。プロとして成果を出し続けて頂ければ契約更新頂けるはずです。

一次商談は昨今のテレワーク化の流れもあり、新規でもオンライン商談が推奨されることもあります。これはアポイントセットに応じて頂いたお客様もクライアントも同じく感染対策もあり認められることが多くなって参りました。ですが商材によってはやはり対面でお見せしたり試食頂いたりということはありますので、クライアントが求めるエリアの近くにお住まいの方はそちらに訪問頂ける方も募集しております。

商談が終わったら、クライアントへその内容を報告しその日の稼働は終了となります。稼働後、商談頂いたお客様がリード化することがあります。そのお客様も引き続きご対応いただくケースとそこからはクライアントで引き継がれるケースとあります。

その一連の流れを受託して今受け取られている報酬の1/3にしか満たないとします。ですが、こういったお仕事をいくつかのクライアントから引き受けることができれば、今と変わらない収入を維持しながら組織に属さずプロとして活動ができます。

お仕事は商談訪問に限らず、クライアントの営業組織の再構築や、新人の教育、講師の役割などありまして報酬の受け方は様々です。

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