今回のストーリーは、超ピックルボール愛好家であり、都内初インドアピックルボールコート「PICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHI」の支配人である山本悠平に話を伺いました。
幼い頃からテニスやバンド、学生時代にはバーテンダーの経験をするなど、好奇心に導かれ、とことん好きなことに没頭してきた山本。
今回は、山本がどのようにしてピックルボールに惚れ込んだのか、好きなことを仕事にしていた大企業でのキャリアからピックルボールワンへ転職した背景、そしてPICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHIから描くピックルボールの未来について、お届けします。
ぜひ今回も最後までお楽しみください!
好きなことに、とことんこだわる山本悠平の学生時代
サミー:まずは、自己紹介をお願いします!
山本:PICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHIの支配人をしている山本悠平です!これまで、総合人材サービス会社、メガバンク系シンクタンク、大手経済メディア等に在籍していましたが、昨年の夏にピックルボールワンに入社しました。
ピックルボールには約3年前に出会い、選手としても国内外の大会に出てきましたが、現在は、PICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHIのマネジメントや、当社が携わるピックルボール施設のカルチャー作り、PICKLEBALL ONE RADIOというYouTubeコンテンツやラジオ番組への出演、大会の解説など、ピックルボールの普及活動に注力しています。
サミー:どのような学生時代を過ごされていたんですか?
山本:父親の影響で、幼少期からテニスをプレーしていました。本気でプロを目指していたわけではいないものの上達することが楽しく、中学、高校でもテニス部に入り、地元鳥取県の代表として全国大会に出場したこともありました。
小話ですが、父は、テニスが好きすぎて近所にテニスコートを2面作ってしまったんです。当時はまさか将来、自分がコートを創る側の人間になるとは思ってもいなかったですが、父親に似たのかもしれません。(笑)
テニスの他にも、実は高校時代からバンド活動にもかなり熱中していました。
「好きなものにはとことんこだわりたい」性格なので、音楽では“バンドを組みたい、ライブに出たい、曲も作りたい”という気持ちが強かったですね。
高校卒業後は、「刺激があるのは東京だろう」と思い、大学進学を機に上京しました。
大学時代は、当時出来たばかりの六本木ヒルズでバーテンダーのアルバイトを経験。カクテルを夜な夜な自分でつくったり、それを目の前のお客さんに喜んでもらえることが本当に楽しくて、多くの学びがありました。
お酒の奥深さや、サービスの本質を知れた、今でも大切な経験です。
サミー:テニス以外に、バンドやバーテンダーのお仕事にも熱中していたんですね。大学卒業後は、どのような道を進んだのですか?
山本:大学卒業後は、一般企業に就職し、営業職につきました。テニスやバンド活動、バーで働いていた経験から色々な人に出会うことができる点が、営業を選んだシンプルな理由です。
会社の仲間、パートナー、クライアントの方などと、一緒に喜んだり、時に悲しんだり、悔しがったり。喜怒哀楽を本音で共有できた瞬間が、何より自分が好きな時間です。
単純だけど、それが一番、人として生きる上で自分が大事にしているもの。
ピックルボールと出会って、もう一度「夢中」になる楽しさを教えてもらった
サミー:次に、ピックルボールにどのようにして出会ったのか教えてください。
山本:もともとテニスをしていたことも影響していますが、たまたま3年前の2月、SNSでピックルボールの情報が流れてきたんです。
「なんだこれ?」という軽い興味から始まりました。近所にピックルボールができるコミュニティがあることを知って、すぐに参加してみたことが最初のきっかけです。
テニスほど激しくないけれど、程よく身体が動かせて、自分が好きなコミュニケーションが他の人と気軽にできて。すぐにハマってしまいました(笑)
ピックルボールを始めたばかりの頃の山本さん(中央)
ただ性格上、やるからにはコツを掴んで上手くなりたい気持ちが強かったので、仕事の後に練習したり、土日に大会に出たりを続けました。そしてピックルボールを始めて3ヶ月後にアジア大会の予選に出場したんです。
かなり練習をしてきたつもりではあったものの、結果はボロ負けでした。
その大会を機に、ピックルボールへの火が一気につきましたね。
シンプルに勝ちたいし、もっと上手くなりたい気持ちが強くて。
アジア大会予選をきっかけに、ピックルボールが趣味から日常の中の軸になりました。
シンプルに、テクニックを磨いて、ペアや仲間と一緒に成長していきたい気持ちが強いんです。気持ちはまるで“部活”のよう。仕事をしながらの練習は正直きつかったけれど、土日も、平日の夜もコートへ。
ピックルボールを知れば知るほど、競技の奥深さに触れる楽しい時間を過ごしました。
サミー:3年も前から日本でピックルボールをしていたんですね!どんな部分にピックルボールの奥深さを感じていますか?
山本:ポジショニング、配球、状況判断など、本当にあげたらキリがないですが、学んだことが少しずつ“身体に落ちていく”感覚が楽しくて、気づいたらいつも夢中になっています。
やればやるほど、確実に伸びていくのがピックルボールの魅力!
PICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHIでプレーヤーの方々と話す様子の山本
ピックルボールがライフスタイルに溶け込む理由とは?
サミー:仕事でもプライベートでもピックルボールを楽しむ山本さんに聞きたいです。山本さん自身の生き方と重ねてみて、ピックルボールがしっくり来る理由は何だと思いますか?
山本:ピックルボールの良いところって、たくさんあるけど、全力で走ったり、相手と身体をぶつけ合うみたいな激しさがないから、プレー後は、程よい爽快感でご飯や飲みに行くことが出来る「余白」があったり、
コートがバトミントンサイズだから、年齢や性別、国籍や普段いるコミュニティが異なる人と、打ち合いながら、ネット越しに色々なコミュニケーションが出来る「気軽さ」があったり。
自分の性格にあっているのもあると思うけれど、すごく心地がいいんです。
それにピックルボールをはじめた3年前に比べて、都内でプレーできる場所が増えたし、パドルとシューズだけ持てば良いから荷物も大きくない。
「よし、やろう」と思ったらすぐ行ける気軽さ、代表の熊倉も言っているけれど、ピックルボールのもつオープンなカルチャーこそ、すぐにライフスタイルに溶け込める理由だと思います。
サミー:まさにピックルボールが持つ「余白」や「気軽さ」は、現代の生活スタイルにこそ合っているのかもしれませんね!山本さんが、ピックルボールをしていて好きな瞬間ってどんな時ですか?
山本:ピックルボールをプレーする中で、好きな瞬間はたくさんありますが、今までできなかったこと、苦手だったことが克服できた瞬間や
ダブルスで、ペアと一緒に点を取って、※パドルタッチをする時とか。
※ピックルボールのプレー時に、プレイヤー同士がパドル(ラケット)をコツンと合わせる挨拶の文化
後は、プレー後の乾杯かな(笑)
コート上では、物理的な距離も近いので、「最近調子どう?」なんて会話も自然に生まれます。プレーしながらコミュニケーションができる点も、ピックルボールの好きなところです。
世界中の人とピックルボールを楽しんでいる山本の様子
「学び続けたい」人がピックルボールワンで働く理由
サミー:これまでは、山本さんが考えるピックルボールの魅力について伺ってきましたが次は、山本さんの過去のキャリアについてもお話を聞いてみたいです。前職では、どんなお仕事をされていましたか?
山本:もともと仕事では、教育プログラムの企画開発やビジネスイベントの開催、ビジネスパーソンの育成やエンゲージメント、組織のチームビルディングに携わっていました。
常に知識や情報の最前線に触れながら、顧客の課題解決のために「どう伝えるか」を考える仕事です。特にイノベーション、マーケティング、教育、スポーツなど。
本当にさまざまな分野の専門家に出会い、多様な考え方に触れられたことは、とても楽しかったです。
仕事を通して、自分の引き出しが増えていく感覚で、「あの人が言ってた考え方って、これのことかも」と、他の誰かと話してつながる瞬間が純粋に楽しかったですね。
PICKLEBALL ONE GINZA SIMBASHIで過去のキャリアについて話す山本の様子
サミー:学び続ける楽しさを感じて生きている姿、とても素敵です!ちなみに、これまで様々なお仕事をされている中で、ピックルボールワンに入社したきっかけはなんだったんですか?
山本:もともとピックルボールワンの存在は、かなり初期から知っていたんです。共同創業者の熊倉や堀内とも大会などを通じて会うたびに挨拶を交わす仲になりました。
「ピックルボールを事業にしていく」と話していたふたりの挑戦を、純粋に応援したくて、たまに彼らが主催するイベントを手伝ったりもしていました。
2025年の3月くらいに、ある大会でふたりと再会をして「この銀座新橋あたりに都内初のインドアコートをつくります」という話を聞いたんです。自分がこれまで海外のコンテンツ等を通じて想像していた「ピックルボールが多くの人の日常に近づく」というイメージが一気に現実的になりました。
人が様々な理由で“通過”して、“働いて”、生活の中で“立ち寄れる”場所。
ピックルボールに興味があるけど 「遠いからいいや」じゃなくて、
「ここにあるなら行ってみよう」と思える場所。
より多くの人がプレーする未来をつくれるのは、ここだと思いました。
PICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHIでパドルを紹介する山本の様子🏓
それにピックルボールが好きで自分が学び続けている海外のピックルボール情報や選手に関する最新ニュース、パドルの細かい特徴など、ピックルボールワンが目指す「ピックルボール産業の土台づくり」に貢献できるかなと思ったことも影響しています。
入社を決めた理由はタイミングやご縁ももちろんあるけれど、会社のミッションである「ピックルボール産業のEnablerになる」に向かう過程を志ある仲間と楽しんでいます!
サミー:思い出に残っているピックルボールワンでのお仕事はありますか?山本:間違いなく、昨年2025年8月に行われたPPA TOUA ASIA Sansan FUKUOKA OPEN 2025の大会だね(笑)
PPA TOUA ASIA Sansan FUKUOKA OPEN 2025の様子
何より思い出深いのは、スタッフ全員で古民家の一軒家に泊まって、夜な夜なお互いの仕事に対してフィードバックをし合いながら、毎日良くしていこうと語り合ったシーン。
全体アナウンスをする山本の様子
僕にとってPPAは、昔からの憧れの存在でもあって、それがまさか日本にやってきてコアの運営に関われるなんて!と、当時は驚きの方が大きかったですが、何より、参加してくださった世界中からの選手たち、また当日のサポートに入ってくださったボランティアの方々たちの熱量に単純に「人間ってすごい」って思って。(笑)自分の体力を超えてきましたね。
あとは、やっぱりPICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHIをオープンした時の不安とワクワクは印象的です。「本当にお客様が来てくれるのかな?」と思う時もあったし、それと同時に、この場所からピックルボールの可能性がどんどん広がる未来にワクワクしました。
新橋駅直結3分の場所にあるPICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHI
サミー:山本さんならではの想いが詰まったPICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHIコートですね!プレイヤーとしても、また都内初のインドアコートの支配人としても最前線にいる山本さんは、今後、日本でピックルボールがどのように広がっていくと思いますか?
山本:実際にオープンしてからは、毎日が本当に新しく、新鮮です。ピックルボールが終わった後にコミュニティスペースで楽しそうに話してるお客様の姿をみると、とても嬉しい気持ちになります。この場所ができるまで、そう簡単な道ではなかったけれど、良かった!って。
都内初のインドアコート、そして日本最大級のパドルを扱うショップの運営ですから、大変なことや分からないこともたくさんありましたし、へとへとになる時もありますが、そんな中でも、絶対に自分自身が楽しむことを大切にしています。自分が楽しいと思えなかったら、来てもらう方々に楽しんでもらえないですから!
また、PICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHIができてから、ピックルボールが持つ「楽しさ」や、世の中の人が必要としていることを提供できることの喜び、これからの広がりの可能性をより深く感じています。
初めましての人やここでプレーをした人たちが、今後大会に出たり。
運動経験がなかったとしても、気軽にできて、ピックルボールにハマる人を見かけたり。初めてコートに来てピックルボールをしてくださった方でも、リピーターになってくれたり。
今まで自分が競技者としていたコミュニティとは異なる新しい出会いがあって、新鮮で楽しい日々を過ごしています。
サミー:山本さんならではの想いが詰まったPICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHIコートですね!プレイヤーとしても、また都内初のインドアコートの支配人としても最前線にいる山本さんは、今後、日本でピックルボールがどのように広がっていくと思いますか?
山本:間違いなく、ピックルボールをプレーする人はどんどん増えていくと思いますが、今後は、分野を越境する繋ぎの役割としてピックルボールが活用され、たとえば企業のチームビルディングに使っていただくことなどもあるかもしれません。
ジャストアイディアだけど、婚活パーティーのツールやなかなか学校に行けない子供たちが遊ぶ競技になったり。ピックルボールが色んな社会の課題解決をするツールになり得ると思います。
あとは、ピックルボールは、オープンマインドでどんどん大胆に、自信を持って、色んなチャンスを掴むきっかけを与えてくれると思っているので、
海外でピックルする時のような「Can I play with you?」「Sure!」のリズムのように、はじめましての人たちとピックルボールをするカルチャーがどんどん広がっていって欲しいです。
何より、知人が増えることは人生の宝になるので、ピックルボールを通じてより多くの人がそのチャンスを掴むきっかけになったら!
PICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHIでコートを眺めている山本
あなたにとってのFUN AS ONEとは?
サミー:ピックルボールは本当に多くの人との出会いをもたらしてくれますよね!最後になりますが、PICKLEBALL ONE Historyで必ず聞く質問「あなたにとってのFUN AS ONEとは?」教えてください!
山本:「HOME」です。
いつ何があっても、立ち返る場所。
起点となる、自分を強くしてくれる場所でもあるし。
言葉自体に、HOMEの意味があります。
これからも多くの人にとって、FUN AS ONEな体験を届けられるように、
PICKLEBALL ONE GINZA SHIMBASHIからピックルボールの未来を創っていきます!
サミー:山本さんの過去を振り返りながら、様々な経験を経て大好きなピックルボールをお仕事にする姿に勇気をもらいました。改めて、ありがとうございました!!
次回、〈PICKLEBALL ONE History #5〉「ピックルボールワンの広報/PR担当として、いち愛好家として、ピックルボールの魅力であるみんなに開かれた文化を広げたいも」お楽しみに!
私たちピックルボールワンが目指す世界
PICKLEBALL ONE ブランドメッセージ
テクノロジーが進化しても、
人と人とがつながる時間の価値は変わらない。
私たちはそう信じています。
ピックルボールをきっかけに生まれる出会い、笑い声、
そして「またやりたい」と思える時間。
それらすべてが、誰かの一日を、人生を、少しずつ豊かにしていく。
ピックルボールを通じてひとつになる楽しさ “FUN AS ONE”。
新しい発見を「生み出し」「つなぎ」「広げる」コミュニケーションハブとして、ピックルボールが持つ“人を幸せにする力”を、もっと日常に。
ピックルボールワンは、そんな未来を本気で描いていきます。
FUN AS ONE — ひとつになる楽しさ