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同じ釜の飯を喰う

会社のことを英語でカンパニー(company)と言いますが、その語源はラテン語の「com-」(一緒に)「pains」(パン)から成り「食(パン)を共にする仲間」という意味を持つそうです。英語圏以外にもフランス語、スペイン語圏、イタリア語、ポルトガル語圏と言ったラテン語起源の各国では同様に広く使われているようです。日本では「同じ釜の飯を喰った仲間」と言ったりしますが、類似性が興味深いです。そう考えると「会社」という言い方は「社」に多少は共同体的意味合いを感じますが、味気ないですね。特にキリスト教圏ではパンはキリストの体を連想させますから信条や信仰まで共にするような感覚を彼らは感じているのかも知れません。言葉のイメージは重要で、同じ釜の飯を喰った場合は強い結束を感じますが、炊飯器のご飯ではその雰囲気は出ません。

日本の都市部では個食化が進んでいます。核家族化した家庭の少ない家族ですら食卓を囲むことなく各自の生活時間の差でバラバラの食事となるようです。必要に迫られ、あるいは望んでそうなってきたわけですから仕方のない面もありますが、得たもの失ったものを考える必要はありそうです。コロナ禍以降、リモートワークが一般化されつつありますが、カンパニーの精神からすれば、これは個食化と言えそうです。

経済合理性を追求して効率化を図ることを是とする社会の現実ですが、このあり様に疑問を感じます。食事が生命維持のための栄養とカロリーの摂取で良いはずはありません。8月号のZENIYA&LIFEの表紙のコピーに「美味しいの最上級は幸せ」と書きましたが、誰かと食べることの意義は、その幸せを分かち合うことだと思います。食事は美味しくなければいけませんし、それを「美味しいね」と言い合いながら食べることができたら幸せです。これは会社での仕事も同じだと言えます。

今年から趣味で始めた自然農は、基本的には自然任せですから農薬も肥料も使わず、耕すこともしません。そこで学んだことは耕すことをせずに土に力(地力と言っています)を持たせ、時間をかけてしっかりと育てた根で大地から栄養を取り入れ、実った成果を収穫するということです。効率を考えて肥料をまくと表層で栄養が得られるので根は地中深くまで張る事もなく実りは得られますが、力強さはなく強風などでは倒れやすいそうです。

必要な情報だけをやり取りしていれば効率的に仕事はできそうですが、仕事には関係のない情緒的な話で盛り上がれる関係は、しっかりと張り巡らせた根のように信頼を構築し、立ち枯れることなく会社という土壌からみごとな成果を実らせるでしょう。美味しく料理し「美味しいね」と言いながら皆さんとも分かち合えたら幸せです。会社の精神はカンパニーでありたいと思います。(文・正木)

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