現在の仕事では自分の力を生かしきれていない。もっと大きな市場で、経営に踏み込むような挑戦がしたい——。そんな思いを抱いている人に知ってほしいストーリーがあります。
私たちcool-japan株式会社は、独自の冷凍・解凍技術によって、職人さんが握ったような本格的な寿司を世界へ届けるスタートアップ。目指すのは、商品を輸出して事業を拡大することだけではありません。先人たちが育んできた日本の寿司文化を守り、世界で勝てる日本の産業へと発展させることこそが私たちの目標です。
一方、さらなる成長に向けた経理財務などのバックオフィスの専門性や、海外で販路を切り拓く力は、正直に言ってまだまだ足りません。だからこそ今、培ってきた専門性を経営の中枢で発揮し、会社を共に前進させてくれる仲間を求めています。
なぜ冷凍寿司で世界に挑むのか。どんな仲間と未来を作りたいのか。CEO・柿沼寛之とCPO・中矢誠一が、事業にかける思いを語り合いました。
(登場人物)
cool-japan株式会社 CEO 柿沼寛之
TENTAC DMS事業部退職後、カナダへ留学。帰国後は共同経営にて飲食事業をスタート。2003年に有限会社ノンピウファーメ(現:ボンディッシュ株式会社)を創業。ケータリングEC、スタジアムVIPルーム、常設IPカフェ、オンライン飲み会フード、100円cafe、キッチンレス社食など「業界初」の事業を提供し続け、2024年オイシックス・ラ・大地株式会社(現:オイシックス株式会社)へ事業譲渡。新たな解凍技術を開発しcool-japan株式会社および米国cool-japan Inc.を立ち上げ、冷凍寿司の世界販売を目指す。
cool-japan株式会社 CPO 中矢誠一
演出家・蜷川幸雄氏のもとで俳優として活躍した後、スタートアップを創業し成長させExit。その後は複数社の経営、スタートアップサポート、企業再生などを担う。最高級の玉露として知られる「八女伝統本玉露」などのプロデュースを、ジョエル・ロブション(世界的なフランス料理シェフ)と共に世界へ仕掛けた実績あり。
「最初はバチバチの関係だった」2人の起業家が、共に事業を進めるまで
—2人がこれまで歩んできたキャリアを教えてください。
柿沼:私は2003年に飲食事業を立ち上げ、レストランやケータリング、社員食堂、IPを活用したカフェなどを展開してきました。2024年にそれらの事業を譲渡し、同年7月にcool-japanを創業しています。
振り返ると、私がずっと取り組んできたのは、既存の食ビジネスに新しい価値を加えることでした。たとえば社員食堂を運営した際には、昼過ぎから使われなくなる厨房で夜のケータリング料理も作る仕組みを構築。設備を有効活用できるため、社員食堂の料理も限られた価格で充実させられます。それによって利用者が増え、顧客にも喜んでいただけました。
中矢:柿沼は、もともとあるものを組み合わせ、新しい付加価値を生み出すことが得意なんですよね。「アイデアを持ったキュレーター」のような存在だと思っています。
私自身は10代から俳優として活動した後、23歳で営業会社へ入り、舞台で培った表現力やコミュニケーション力を生かしてトップセールスになりました。その後は28歳で起業し、事業売却を経験してからは、複数社の経営や企業再生、商品プロデュースなどに携わってきました。
CEO・柿沼寛之(右)とCPO ・中矢誠一
—柿沼さんと中矢さんは、いつ頃から一緒に仕事をしているんですか?
柿沼:出会ったのはもう十数年前です。当時、私が経営していた会社で「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」内のカフェを手がけることになりました。そこで『ドラえもん』の作中に登場するひみつ道具を再現したお土産を開発したいと考え、中矢に協力を依頼したのが始まりでした。
中矢:食パン型のひみつ道具「アンキパン」をモチーフにしたラスクを一緒に開発したんですよ。柿沼からアイデアを聞いて、「これは間違いなくヒットするだろう」と感じたのを覚えています。
柿沼:でも最初、私たちはかなりバチバチとした、激しいやり取りをしていましたよね。
中矢:はい。ヒット商品になる確信があった私は、「薄利多売になっても品質にこだわるべきだ」と考え、利益率をかなり抑えた製造工程を提案したんです。ところが柿沼はなかなか信用してくれなくて(笑)。
柿沼:私も長く飲食事業をやっていたので、原材料などの原価感覚を持っていました。だから「この利益率はおかしい。どこかにこっそり利益を持っていってるんじゃないの?」と何度も問い詰めたんです(笑)。
中矢:そうした意味では、同じ会社で働くようになる前から、私たちはかなり率直に意見をぶつけ合ってきましたよね。
柿沼:はい。本気の議論を重ねてきたからこそ、今も互いの強みを理解した上で、一緒に新しい事業へ挑戦できているんだと思います。
800回以上の失敗を越えて「みんなで一緒に食べられる冷凍寿司」が完成
—なぜ次の事業として「冷凍寿司」を選んだんですか?
柿沼:以前から海外へ行くたびに、どの国のスーパーでも寿司が売られているのを目にしていました。でも、それだけ人気があるのに、日本で食べる寿司とはまったく違うんです。見た目は寿司の形をしていても、私が知っている寿司本来の美味しさはまったく再現されていない。ここに強い違和感を持っていました。
また、以前の私は飲食事業の構造に限界も感じていました。レストランは席数以上にはなかなか売上を伸ばせず、天候にも左右されます。ケータリングも、実施できる日や提供量には限りがあります。こうした物理的な制約を超えて、もっと食を広く届けられないかと考えていたんです。
そんな思いが組み合わさって生まれたのが、「寿司を冷凍してパッケージ化できれば、日本で作った本物の寿司を世界中へ届けられるのではないか」という発想でした。
—柿沼さんが見ていた限り、当時の海外では「冷凍して届けられた日本の寿司を美味しく食べることができなかった」ということですよね。その原因はどこにあったんでしょうか?
柿沼:難しいのは、冷凍よりも「解凍」なんです。寿司はシャリとネタという、適切な解凍プロセスが異なるものを組み合わせた料理です。握りたての美味しさを再現するには、シャリは肌温でふっくらと、ネタはほんのり冷たい状態にしなければいけません。以前は、冷凍された寿司をこの状態にする解凍方法がなかったのでしょう。
私は、ケータリング事業で料理を温めるために使っていたスチームの仕組みを応用できるのではないかと仮説を立てました。水の量や発熱剤の量、容器の大きさなどを少しずつ変えながら何度も何度も実験。失敗した回数で言えば、ゆうに800回を超えています。
中矢:「800回」って、ものすごい執念ですよね。確かに当時、柿沼はオフィスの地下にある一室へこもり、毎日のように開発を続けていました。最初は私も「冷凍寿司が本当に美味しくなるのか」と半信半疑だったんです。でも試食するたびにどんどん完成度が上がっていき、最終段階では「ついにここまで来たのか!」と驚きました。
—そうして完成したcool-japanの「碧寿司(みどりすし)」は、他の冷凍寿司と何が違うんですか?
柿沼:碧寿司は、常温水100mlと専用の発熱剤を使って約18分で解凍できます。電子レンジやオーブンは必要ありません。たとえば家庭のように電子レンジが1台しかない環境でも、複数個を同時に用意できるため、18分後には家族みんなで一緒に美味しい寿司を食べ始められるんです。
このように、食べる人の体験価値から逆算して設計されていることも、碧寿司の大きな強みだと思います。また、複数個を同時に用意できることで、スーパーやホテル、レストラン、ケータリング、クルーズ船など、多様な場面に展開できます。
中矢:寿司の製造過程にもこだわりがあります。製造現場では毎日大量に作ることもあり、シャリの原型は専用ロボットで出すのですが、最後の過程ではすべてのシャリを人が握り直します。そのため碧寿司のシャリは角張った形ではなく、ふんわりとした俵型になっているんです。
解凍後の寿司の美味しさを左右する、こうしたひと手間を惜しまないことも、他ではなかなか真似できない碧寿司の強みだと自負しています。
ケース下に収めた常温水と発熱剤によるスチーム効果で解凍中。この機構で特許を取得した
約2,000人の試食から始まったアメリカ市場への本格展開
—碧寿司は今、海外でどのように展開しているんですか?
中矢:まずはアメリカ市場に挑戦しています。日系企業と取引するだけではアメリカ全体のごく一部にしか届かないので、現地企業と取引することも重視しています。
2025年3月には、ボストンで開催された世界最大級の水産物見本市「Seafood Expo North America」に、cool-japanとして単独出展しました。会場で碧寿司を解凍しながら、約2,000人に試食していただいたんです。その中の1人が、現在グローバル総代理店契約を結んでいる、アメリカの大手水産ディストリビューターの関係者だったんですよ。
柿沼:そのディストリビューターと正式な契約を結び、ホテルやレストラン、ECなど、さまざまな場面での展開について議論が始まっています。2025年11月から2026年2月までの4か月間で、約40万貫の寿司を輸出しました。3.2兆円規模といわれているアメリカの寿司市場で、私たちの碧寿司がいよいよ本格的に広がっていこうとしているんです。
—この海外展開にかける2人の思いを、改めて聞きたいです。
柿沼:「Sushi」という言葉が通じない国に、私は行ったことがありません。それほど寿司は世界中で知られ、愛されています。日本が世界で勝負できる最強の食のコンテンツだと思っているんです。
日本人にとって、寿司はあまりにも身近で当たり前の存在かもしれません。しかし今の寿司があるのは、先人たちが長い時間をかけて技術や文化を磨き、受け継いできてくれたからこそ。感謝の気持ちを持って技術や文化を正しい形で世界へ伝え、次の世代へ渡すことが、今を生きる私たちの使命だと思っています。
中矢:私たちの挑戦は、国内の地域産業にも広がっています。現在は宮城県石巻市で新たな輸出製造拠点の立ち上げを進めているところなんです。宮城県産の米を使い、石巻の水産加工場で碧寿司を作り、世界へ届ける構想です。
石巻には、漁獲量の減少などによって経営が厳しくなっている水産加工場もあります。冷凍寿司という新たな製造事業を持ち込むことで、水産加工業を再び活性化できるかもしれません。「宮城から世界へ」という流れを作り、国内の農業や水産業にも貢献していきたいと考えています。
挑戦を止める人はいないから、遠慮なく提言してほしい
—現在のcool-japanはコアメンバー4名の少数精鋭体制です。事業をさらに成長させる上で、組織作りにはどんな課題がありますか?
中矢:今は開発、製造、営業などをそれぞれが担いながら、必要に応じて互いの領域をサポートしています。一方で、私たちだけでは十分にカバーしきれていないのが、経理財務をはじめとしたバックオフィス機能。経営陣はこの領域にあまり自信がないので(笑)、経理財務の専門性を持つ人に加わってもらうことが急務だと感じています。
柿沼:そうですね。私たちに足りない領域で突出した力を持つ人に加わってもらい、思いきり尖った状態で活躍してほしいです。
バックオフィスの担当者は、将来的なCFO候補。決められた業務を処理するだけではなく、「これほど可能性のある事業なのだから、もっと大きな絵を描こう」と、経営陣へどんどん提言してほしいと思います。その上で必要な仕組みやルールを示し、「守りはこっちに任せて、安心して攻めろ!」と背中を押してもらえたら最高ですね。
—同時に募集している「海外営業担当者」には、どんな挑戦が待っていますか?
中矢:私たちは、アメリカ市場の本当の姿をまだ理解しきれていません。さまざまな文化が交錯する多民族国家の中で、誰が、どんな場面で碧寿司を求めるのか。現地のニーズに合わせてどんな商品を開発するべきなのか。これからも現場で探っていく必要があります。
その意味で言えば、海外営業は完成された商品を決められた顧客へ売る仕事ではありません。商品開発にも伴走しながら、まだほとんど開拓されていないアメリカの冷凍寿司市場そのものを作っていく役割です。世界で初めての実績を残せる可能性がある、すごく面白い仕事だと思います。
—新しく加わる仲間には、どのように仕事へ向き合ってほしいですか? 記事を読んでくれている人へのメッセージとして聞かせてください。
柿沼:cool-japanでは、指示を待つだけの人は求めていません。成果を出すために必要なことがあるなら、自分から「こうしたい」「これが必要だ」と遠慮なく伝えてほしいですね。そうした挑戦を止める人は、ここにはいませんから。
私自身はこれからも、むやみに人数を増やすのではなく、超少数精鋭で大きな成果を出せる組織でありたいと考えています。そして、一人ひとりの頑張りに高い報酬で報いる会社を目指しています。今はまだ、胸を張って「給料が高い会社です」とは言えませんけどね(笑)。
ただ、碧寿司には世界中へ広げられる可能性があり、事業も組織もこれから形にしていける余白があります。
日本の寿司文化を世界へ届けたい。自らの専門性を生かして世界で勝てる産業を育てたい。そんな気概を持つ人と、一緒に未来を作っていきたいです。