『2028年・日本版インテリジェンス危機』
AIが「救い」のはずだった国で、静かに起きること
「人手不足だからAIは救いだ」――。
この語りは、日本では長く支配的でした。実際、半分は正しいのだと思います。
日本の人口構造は、統計がはっきり示しています。2024年10月1日時点で、65歳以上人口は 3,624.3万人、総人口比 29.3%。過去最高水準です。
労働供給の制約は構造問題で、AI導入の余地も大きい。これは事実です。
けれど、問題はそこではありません。
問題は、AIが「どこに効くか」です。
1. 日本版の危機は、失業から始まらない
雇用は強く見えます。2024年の完全失業率(年平均)は 2.5%。
就業者数も 6,781万人と過去最高水準です。
数字だけ見れば「危機の反対側」にいるように見える。
しかし日本で先に起きるのは、レイオフではありません。
先に起きるのは、こういう変化です。
- 採用を止める
- 昇進・昇給を絞る
- 賞与(ボーナス)を削る
- 外注・派遣・業務委託を先に切る
つまり、失業より先に「所得の将来期待」が壊れる。
統計上は平穏に見えるのに、家計の内部で先に始まる。ここが日本版の核心です。
2. 最初に割れるのは「本社の複雑さ」と「人の時間の再販」
エージェント型AIが実務に耐える水準に入ると、企業が最初に問い直すのは、SaaSの解約だけではありません。
もっと日本的に、こうなります。
「この業務、外に年数千万円払っているが、社内で作り直せるのでは?」
稟議、経費精算、与信審査、調達、契約レビュー、コンプラ一次チェック、営業管理。
日本の大企業本社には、長年積み上がった「人手で回している複雑さ」があります。遅い。定型。しかし例外処理が多い。AIが得意な領域です。
ここで最初に傷むのは“外側”です。
SIer、受託開発、BPO、広告運用、コールセンター、事務代行、人材派遣――要するに**「人の時間を再販する」モデル**です。
そして日本は雇用調整が遅い分、外から先に削る。
だから危機が見えにくい。見えにくいまま、所得の地盤が痩せていきます。
3. AIが消すのはコストではなく「摩擦」である
AIの本丸は、単なるコスト削減ではありません。
摩擦の削減です。
日本の消費経済には、丁寧さの顔をした摩擦が多い。
比較が面倒、解約が面倒、手続きが面倒、書類が面倒。
そこに、企業価値の大きな部分が乗ってきました。
ところがAIエージェントが常時稼働すると、消費者の意思決定はこう変わります。
「たまに比較する」から「常時最適化する」へ。
通信、保険、サブスク、旅行、ポイント、日用品EC。
人間なら放置する領域を、機械は放置しません。
このとき最初に崩れるのは、価格比較サイトではない。
比較されることを前提に、摩擦の分だけ粗利を取っていた「習慣課金」です。
日本人が「いつもの店」「いつものアプリ」「いつもの担当者」に残りやすいのは、忠誠というより摩擦だった。
AIはそこを消す。だから崩れる。これは極めて構造的です。
4. 非正規と若年層が最初に傷む(バッファーだから)
日本には非正規雇用が大きく存在します。
総務省の労働力調査(年平均)では、2024年の非正規の職員・従業員は 2,126万人。
景気後退や社内AI化の局面で、企業はまずここを調整弁にします。
正社員の解雇は遅くても、派遣・契約・委託の所得は先に落ちる。
そして次に起きるのが、ホワイトカラーの“ダウンシフト”です。
プレミアムが薄くなった層が、より賃金の低い領域へ流れ込む。
失業率は動きにくいのに、実質の賃金プレミアムだけが剥がれていく。
これが「静かな所得圧縮」です。
5. 貯蓄が厚い国だから、不況は“長く”なる
日本の家計金融資産は、2025年9月末時点で 2,286兆円(過去最高水準)と報じられています。
そして、そのうち現金・預金は 1,122兆円。
この構造は、危機初期にはバッファーになります。急落しにくい。
しかし同時に、回復を遅くします。
人々はまず貯蓄を崩す。
次に消費を止める。
投資積立を止める。
支出を先送りする。
結果として日本版は「急落」ではなく、長い低空飛行になりやすい。
6. 住宅ローン問題は「危機」として見える前に、消費を殺す
ここは、かなり重要です。
住宅ローンの利用実態は、住宅金融支援機構の調査が示しています。
利用した金利タイプは「変動型」が 79.0%。さらに「ペアローンまたは収入合算」の利用が 39.3%。
平時には合理的でした。
低金利、共働き、長期返済、都心の高価格帯。標準戦略だった。
しかし、AIによってホワイトカラー所得が構造的に圧縮されると、前提が変わります。
そして厄介なのは、延滞率がすぐ跳ねないことです。
日本の家計はローン返済を最後まで守ろうとする。
だから統計上はしばらく健全に見える。
けれど、景気には先に効いてしまう。
都心で購入した層が、外食、旅行、耐久財、教育、リフォームを削るからです。
「住宅危機」と呼ばれる前に、住宅由来の消費不況が先に来ます。
7. それでも勝者は出る。だから市場は判断を誤る
ここが日本版のもっともややこしいところです。
日本経済が弱っても、勝者が出る。
なぜなら、AIの勝者は「AIを使う側」ではなく「AIを動かす側」に寄りやすいからです。
半導体・素材・電力設備・データセンター建設――AIインフラ側が伸びる。
すると、「日本経済は弱い」のに「日本株の一部は強い」という二極化が起きる。
最も判断を誤りやすい局面です。
では、何をすべきか(山口の考える現実の手当て)
ここから先は、思想ではなく実務です。
私は、打ち手は大きく3層に分かれると思っています。
A. 個人が今すぐできる備え(家計・住宅・キャリア・投資)
1)家計:固定費を“自動で”下げる
AIが摩擦を消す世界では、放置している人が負けます。通信・保険・サブスク・決済・電気は、毎月の見直しを仕組みにする。意思ではなく設計。
2)所得:AIに置換されにくい場所へ寄せる
「資料作成」「一次調査」「定型分析」「調整」だけで食うのは、長期的に単価が下がりやすい。
最後まで残るのは、最終判断、責任、利害調整、現場の身体性、そして信用です。
そこに自分の席を取りにいく。
3)住宅:ローンを“レバレッジ投資”として再定義する
変動79%、ペア/合算39.3%という構造は、平時の合理性と同時に、ショック時の脆さを含む。
「金利上昇」「片働き化」「賞与ゼロ」を前提にストレステストし、それでも家計の自由キャッシュフローが残る設計にする。
4)資産:二極化に合わせてポジションを分ける
内需・人月・仲介・習慣課金の圧縮は構造。
一方、AIインフラ側は伸びうる。
「景気の弱さ」と「勝者の強さ」が同時に起こる局面ほど、配分が大事になります。
B. 企業が今すぐできる備え(AI導入の順序、雇用設計、価格設計)
1)AI導入は“コスト削減”ではなく“摩擦削減”として設計する
短期のコスト最適化だけをやると、逆に市場で摩擦が消えて粗利が消えます。
自社の粗利が「摩擦」に乗っていないか、棚卸しが必要です。
2)人員計画は「解雇」ではなく「賃金の将来期待」をどう守るか
日本では採用停止・昇進停止・賞与圧縮が先に来る。
つまり、社員は「明日辞めさせられる」より「この会社で伸びない」を先に感じます。
ここを放置すると、優秀な層から静かに抜ける。
3)人月モデルは、成果・責任・リスク引受へ移行する
時間の再販は、AIに最も削られやすい。
成果連動・運用責任・再現性(プロトコル)を持つモデルに寄せないと、単価が剥がれます。
C. 政策が今すぐ議論すべき論点(所得移行、分配、税制)
これは政治的に揉めます。
しかし揉めている間にも、AI能力は毎四半期改善していく。
必要なのは「不況対策」ではなく、移行政策です。
失業対策ではなく、所得移行対策。
再訓練だけでなく、賃金保険。
AI投資促進だけでなく、AI収益の社会的分配ルール。
ここで勝てないと、日本は「静かに長く」削られます。
最後に
この話は、恐怖を煽るためではありません。
「崩壊が必然だ」と言いたいわけでもない。
ただ、前提が変わったのに、制度の前提が古いままだと、静かに壊れます。
そして日本は、数字に出てから動く国です。今回はその順番だと遅い。
カナリアは、まだ鳴いている。
私はそう思っています。
注意)原文のTHE 2028 GLOBAL INTELLIGENCE CRISIS
A Thought Exercise in Financial History, from the Future
CITRINI AND ALAP SHAH
FEB 23, 2026
を意訳して、私の私見をつけたものなのです