世の中を見渡せば、眩しすぎて目が潰れそうな経営者たちがたくさんいます。
一流大学を華々しく卒業し、誰もが知る超一流企業でゴリゴリにビジネスの洗礼を受け、非の打ち所がない見栄えのいいビジョンを引っ提げて起業する。
メディアのインタビューでスマートに経営論を語る彼らは、まるで生まれながらにスーツを着ていたかのように洗練されています。
なんですが、、
最初にハッキリと言っておきます。
残念ながら私は、そういう「社会的にエリートな経営者」では、1ミリもありません。
本来こういったリクルートを目的とする記事には、自分の華々しさを書くべきなのでしょうが、嘘をつくのは嫌だし、自分を大きく見せるのも嫌なので正直に書きます。
実際、素晴らしい学歴もなければ、自慢できるような職歴もない。それどころか、大学にすら行っていません(音楽の専門学校卒です)。
30歳になるまで、ただひたすらに売れない貧乏バンドマン(一応、SONY系列からメジャーデビューはしています。)を続け、正社員として働いた経験はゼロ。
世間一般の物差しで測れば、間違いなく「人生詰みかけている粗大ゴミ」のようなスペックでした。
そんな僕が、なぜ会社を立ち上げ、今では『人に無限の選択肢を』なんて大層なビジョンを掲げて、一癖も二癖もある仲間たちと切磋琢磨しているのか。
もし、あなたが今、
「自分が自分のまま仕事に関わりたい。」
「もっと自分の力を試せる尖った環境はないか」
「自分の生きてきた人生を仕事に転換できる場所はないか」
と、ほんの1ミリでも感じているなら、少しだけお時間をください。
ここから書く記事は、エリートの成功譚ではなく、底辺から自分の人生を取り戻そうとした、とあるへそ曲がりな男と、そこに集まった愛すべきはみ出し者たちのリアルな記録です。
六畳一間で考えた未来。
正直に告白します。
今でこそ、会社を経営する中で様々な想いや思想、ビジョンを持ち合わせてはいますが、全ての始まりは、高尚な社会貢献などでは一切ありませんでした。
「誰にも、何にも、縛られたくない」
ただそれだけの、中学生の反抗期がそのまま地続きになったような、アホみたいなエゴイズムがスタートラインです。
30代に突入するまで、私は音楽が自分の世界のすべてだと信じて疑いませんでした。
20代前半はマリオのスターを取った状態のように立ちはだかるモノは全部ぶっ壊して進み。
一切、自分が”売れない”なんてことは考えていませんでした。
しかし、現実は非情です。
スターは切れるのです。
20代最後を迎え、夢は道半ばで木端微塵に砕け散り、手元に残ったのは、30歳という年齢に対してあまりにも不釣り合いな「大量の借金」と、「学歴なし・職歴なし」という絶望的なキャリアの空白期間だけでした。
とはいえ、どれだけ夢に敗れようが、明日も明後日も容赦なくお腹は減ります。
生きていくためには、食べていかなければならない。
働かなければならない。
そこで私は、恥を忍んで音楽時代のツテを頼り、とあるイベント会社の知り合いの社長に「なんでもやるので、雇ってもらえませんか」と頭を下げに行きました。
本当に運よく拾ってもらえることになり、いよいよ私の「社会人1日目」がスタートしたわけです。
が、、
結果から言うと、私はその会社を初日で辞めました。
詳しい内容はまた別の機会にたっぷり書こうと思いますが、まあ、初っ端から凄まじい人格否定のオンパレードを喰らったのです。
「お前はバンドしかやってこなかったから何もできない」
「世間知らずのクズだ」
といった言葉の暴力を、これでもかと浴びせられました。
もちろん、社会のルールを知らない私にも非はあったのでしょうが、心の中の自分が「これ以上ここにいたら魂が死ぬ」と猛烈にアラートを出したんです。
なので、初日の昼には荷物をまとめて逃げ出していました。
トボトボと、街を駅に向かって歩きながら、情けなさと悔しさで涙が出そうでした。
しかし、悲劇(というか喜劇)はそれだけで終わりません。
ようやく辿り着いたボロアパートの六畳一間の部屋。
ガチャリとドアを開けて電気のスイッチを押しても、部屋は暗いまま。
蛇口をひねっても水は一滴も出ず、ガスも通らない。
スマホの画面を見れば、アンテナマークは消えている。
そうです。
料金未払いで電気、ガス、水道、そして携帯電話まで、生活インフラがすべてピンポイントで止められていたのです。
世に言う「4重苦」の完成でした。
その夜は、ただただ静かでした。
月明かりだけが、インフラの死滅した冷たい部屋を照らしていました。
やれることもないので、私は布団にくるまりながら、一晩中、悶々と自分の人生について考えざるを得ませんでした。
「自分は、この人生で一体何がしたいんだろう?」
恥ずかしい話ですが、それまでの私は音楽で売れることを100%信じ切っていたので、音楽以外の選択肢を考えたことが一度もありませんでした。
真っ暗な部屋で、何時間も、何時間も考え続けました。脳みそがちぎれるほど考えた挙句、朝方に導き出した答えは、絶望的なものでした。
『なにも、やりたいことがない。。』
営業で頑張りたい!クリエイティブ職で活躍したい!事務方で縁の下の力持ちになりたい!そんな高尚な興味は湧いてこない。
やりたいことを探そうとすればするほど、思考の霧の中に迷い込んでしまう。
そこで私は、アプローチを変えることにしました。
「やりたいこと」が分からないなら、「絶対にやりたくないこと」をリストアップしてみよう、と。
そしたら、出るわ出るわ。
心の中のマグマが噴出するように、やりたくないことが死ぬほど湧き出てきました。
その中で、最も強烈に、心の一番深いところで叫んでいたのが、この感情でした。
『もう、自分がリスペクトもしていない、関わりたいとも思っていない大人たちに、あれこれ指図されたくない!』
※30歳は大人なんですが当時は本気でそう思っていました(笑)
私は小さい頃から、根拠のない自己肯定感だけはやたらと高く、かつ、社会の理不尽なルールにどうしても納得がいかないという、少し扱いにくい性格(今思えば反社会性パーソナリティの気質が少しあったのかもしれません)を持っていました。
特に、世間一般の仕事に対する「謎の当たり前」への違和感。
「なぜ、たった5分の遅刻はブチ切れられるのに、1時間の残業は当たり前のように容認され、むしろ美徳とされるのか?」
「なぜ、対して仕事ができるわけでも、尊敬できるわけでもない上司に、自分の人生の評価を委ねなければならないのか?」
「なぜ、仕事とは『嫌なもの、耐えるもの、辛いもの』と最初から決まっているのか?」
誰かが作ったその理不尽なゲームのルールに、どうしても背中を丸めて従う気になれなかった。
じゃあ、そんなめんどくさい性格の人間が、誰にも縛られずに、自分の人生の主導権を握って生きていくためにはどうすればいいのか?
真っ暗な部屋に差し込む朝日を見ながら、私は一つの結論に達しました。
今考えれば、これ以上ないほど安直で、世間知らずで、そして無謀な答えです。
「そうだ。誰もルールを押し付けてこない、自分の会社を作ろう。社長になろう」
思い立ったら即行動!アホと天才は紙一重。
世の中には、考えてから動く人と、動いてから考える人がいます。
私の場合は完全に後者、それも最悪なパターンの「何も考えていないのに飛び出すタイプ」でした。
よく言えば行動力がある、悪く言えばただのアホです。
アホと天才は紙一重と言いますが、私は天才ではないので、必然的にただの突撃型のアホでした。
「社長になる」と決めたものの、手元には1円の資本金もありません。
幸いなことに、いとこに小さな会社を経営している人間がいたので、藁にもすがる思いで相談に駆け込みました。
そこでの細かいやり取りを話すと長くなるので割愛しますが、ビジネスの「び」の字も知らない私に、彼はこうアドバイスしてくれました。
「それなら、初期費用や在庫のリスクがほとんどかからない、アフィリエイトから始めてみたらどうだ?」
渡りに船、とはまさにこのこと。
パソコン1台あれば、元手なしで大金が稼げるかもしれない。
これなら自分にもできる!と、当時の私は完全に舞い上がっていました。
しかし、現実はどこまでも冷酷です。
上手くいかないのが人生のデフォルト設定です。
いままでビジネスの母音である「B」にすら1ミリも触れてこなかったバンドマンが、独学でアフィリエイトを始めて、いきなり稼げるわけがありません。
当時の私は、バイトを掛け持ちして死に物狂いで貯めた、まさに虎の子中の虎の子である「30万円」を、一か八かのPPCアフィリエイト(広告を使ったアフィリエイト)につぎ込みました。
「これで一気に大逆転だ!」と、画面の前で鼻息を荒くしていたのです。
結果は、見事なまでの大爆死。
売上は綺麗にゼロ。
文字通り、一瞬にして30万円がインターネットの海の藻屑と消えました。
手元に残ったのは、またしても「何もない自分」と、以前よりも少し深くなった絶望だけでした。
「あ、これは独学じゃ絶対に無理だ。ちゃんと本物のビジネスの戦い方を学ばないと、餓死する」
そう痛感した私は、プライドをすべてドブに捨て、WEBマーケティングの会社に入って修行をさせてもらおうと決意しました。
ですが、ここで最初の問題に戻ります。
私にあるのは「30過ぎの、学歴なし・職歴なし・バンドマン」という、企業の採用担当者が履歴書を見た瞬間にゴミ箱へシュートしたくなるような経歴です。
まともな就職活動をしたところで、書類選考すら通過しません。
途方に暮れていた時、当時付き合っていた彼女が、見かねて手を差し伸べてくれました。
「私の知り合いに、ベンチャー企業を経営している人がいるから、一度会ってみる?」
まさに女神の救いの手でした。
その紹介をきっかけに、なんとか面接の機会を取り付けることができ、私は泥臭く自分の熱意だけをぶつけました。
結果、正社員としてではなく、「常駐の外部委託メンバー(業務委託)」という、いつでも切れる一番都合のいいポジションではありましたが、なんとかWEBマーケティングの現場に潜り込ませてもらうことに成功したのです。
そこからの日々は、まさに砂水をすするような修行期間でした。
周りは自分より一回りも若いのに、ビジネス用語を使いこなし、数字をロジカルに分析している。
片や私は、「CPA? CTR? それって美味しいの?」というレベル。
毎日が恥と、自分の無能さとの戦いでした。
でも、私には「もうあのインフラの止まった六畳一間には戻りたくない」「誰にも縛られない自由をこの手で掴む」という、狂気にも似た原動力がありました。
人の3倍は働き、本を読み漁り、実践し、失敗し、WEBマーケティングという「数字で人の心を動かす科学」を、体と思考に徹底的に叩き込んでいきました。
自分で自分の人生を選択したい仲間と一緒に会社を大きくする楽しさ
そのベンチャー企業で約2年弱、死に物狂いの修行を経て、私はついに念願の起業を果たしました。
株式会社Ferepleの誕生です。
もちろん、立ち上げてからも綺麗な右肩上がりだったわけではありません。
最初はキャッシュアウト寸前のとんでもない大失敗をやらかしたり、請求書の山を見て胃に穴が開きそうになったり、何度も白目を剥くような修羅場をくぐり抜けました。
しかし、泥臭くマーケティングのPDCAを回し続けた結果、会社は少しずつ、だけど確実に力をつけていきました。
気づけば今では、10期目を迎え、年商4億円程度の規模にまで成長させることができました。
あの日、真っ暗な部屋で「社長になろう」と呟いたアホなバンドマンの妄想は、現実のビジネスとして形になったのです。(もちろん、まだまだなのでここからですが、、)
そして、会社が大きくなるにつれて、本当に面白い現象が起き始めました。
私の元に集まってくる仲間たちが、絵に描いたように「一癖も二癖もある、既存の社会の枠組みにそのまま馴染みたくない人ばかり」だったのです。
うちの自慢のメンバーを、少しだけ紹介させてください。
- 「お構いなし」の広告マン
お昼の13時になると、たとえ目の前で大先輩や役員がクライアント対応でシリアスに仕事をしていようが、そんな空気はお構いなしに、自分の弁当(しかも結構匂うやつ)をレンジでチンして優雅に食べ始める。マイペースの極みのような男。 - 「金髪・酒・EC」のギャップかたまり
頭が良くて数字にも超強い高学歴なのだが、髪の毛は常にド派手な金髪。人生の燃料は「美味しいお酒を飲むこと」と言い切り、日々EC運用で神がかった数字を叩き出すメンバー。 - 「ガチ勢」の元プロバンドマン
かつて、あの『COUNTDOWN JAPAN』などの大型フェスに常連で出演し、有名アニメのタイアップ曲までこなしていた、本物の元プロバンドマン。音楽のステージから、マーケティングという名の次のステージへ転身してきた熱い男。 - 「元・歌舞伎町の夜王」なデジタルマーケター
かつて歌舞伎町のネオン街で、人間の欲望と心理をリアルに観察しながら客引きをやっていた男。その時に培った「一瞬で人の心を掴む洞察力」を、今はデジタルマーケティングの画面の向こう側にぶつけている異色の才能。 - 「安定を捨てた」イケメンチャレンジャー
誰もが羨むような大企業の超ホワイトな待遇と安定を、「つまらないから」という理由であっさりと投げ捨て、わざわざうちのような零細ベンチャーに飛び込んできて泥にまみれている若きイケメン。
……どうですか? 完全に、普通の人事担当者なら「扱うのが難しそう」と頭を抱えるような、個性のオーケストラ状態です。
一見すると、バックボーンも性格もバラバラで、統一感なんてゼロに見える私たちですが、実は全員の根底に、たった一つだけ、絶対に譲れない「共通の想い」があります。
それが、『自分が自分でいられる場所で、自分の人生を自分で選択して働きたい』という強い願いです。
うちのメンバーは、収入の良さや、誰もが知っている企業名といった「条件面」だけで仕事を選んでいません。
自分が主役として輝ける仕事はどれか。
自分のライフスタイルや、ちょっと尖った個性をそのまま許容してくれる環境はどこか。
自分の5年後、10年後の未来が、誰かに決められた天井なしにワクワク想像できる職場はどこか。
それらを何よりも大切にしているメンバーが、Ferepleという船に乗っています。
最初は、私の「誰にも縛られたくない」という、極めて個人的でエゴイストな動機から始まった小さな会社でした。
でも、気づけばここは、集まってくれた個性的な仲間たちが「ここなら自分を殺さずに、牙を研いだまま戦える」と、心から大切に思ってくれる居場所に変わっていました。
私たちは、ここからさらに攻勢をかけます。
ただの居心地のいいぬるま湯のサークルを作るつもりはありません。
自分たちがもっと好きに、自由に、自分らしく生きられる世界を、この「企業」という名の戦闘コミュニティから、実力で勝ち取っていく。
すべての制限が解き放たれ、自分の得意なことで、自分の好きなリズムで、狂ったように楽しく成果を出していたら、気づけば後から莫大な収入や圧倒的なキャリアがついてきていた。
私たちは、本気でそういう世界をここに創ります。
「30歳まで何もないバンドマンだった人間でも、やり方次第で自分の人生を全開で勝ち取ることができる」
それを私自身が証明し、そしてこれからは、うちのメンバー全員の人生を使って証明してみせます。
もし、あなたが今の会社で「自分が自分として生きていない」と感じているなら。
もし、大企業の決まりきった出世レースではなく、自分の腕一本でどこまでいけるか、ヒリヒリするような環境で試してみたいなら。
Ferepleには、あなたのその燻っているエネルギーを、爆発させるための打席がいくらでも用意されています。
まずは、お互いの「へそ曲がりな人生」について、カジュアルに話をしてみませんか?
あなたのエントリーを、楽しみに待っています。