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家庭の借金返済のため、高校生から始まった私の仕事人生【asnica story #1 前編】

皆さま、こんにちは!
アスニカPRチームの長谷川です。

これまでWantedlyのフィードではよくアスニカの文化や制度、イベント等を発信していたのですが
「はたしてどんなメンバーが働いているのか?」
これが中々伝わっていなかったかと思います。

そこで、皆さまにアスニカのことをより知っていただく為、アスニカメンバーのインタビューをお届けいたします!
記念すべき初回は、弊社の代表取締役社長、原戸からアスニカ創業に至るまでの経緯を話してもらいました。


[ Profile ] 代表取締役社長 原戸 陵至(はらと たかゆき)

1984年6月25日生まれ(34歳)大阪府出身。
家庭の経済事情により、高校時代から飲食業や夜間清掃、トラック運転手などの仕事に励む。卒業後は運送業やオーストラリア留学、建設業を経て、ITベンチャーの創業に参画。前職のテモナ株式会社では、EC(通信販売)業界初の定期購入システム「たまごリピート」を開発し、1,000社以上の通販事業者への導入、EC事業のコンサルティングを行い、EC市場の成長を後押しする。2013年7月、受託システム開発業を主軸として、アスニカ株式会社を創業。顧客の状況を的確に捉えた提案力とスピーディな実行力で、500件以上の課題解決に貢献。



|家庭の借金返済のため、高校生から始まった仕事人生


私の青春時代を端的に表す言葉は、「やんちゃ」と「仕事」です。中学時代は勉強よりもやんちゃに明け暮れて過ごし、さらには父が多額の借金を残して蒸発していたこともあって、高校は進学せず家計のために働くつもりでいました。

しかし、母の後押しもあり高校には入学。借金返済のため、昼間は高校に通いながら夕方は中華料理屋で皿洗い、夜は駅の清掃、土日はトラックで運送業と、勉強以外の時間は仕事漬けの日々を送りました。



しかし仕事はとても楽しく、職場では「スーパー高校生」と呼ばれるほど全力で臨み、忙しくもやりがいを感じていました。そして、お金を稼ぐ大変さや、人を育てる苦労を知るほどに、破茶滅茶だった昔の自分を振り返って、ここまで育ててくれた親に恩を返したいと考えるように。

漠然とした想いは、いつしか「起業したい」という志に変わり、その目標に向かって歩み始めました。



|交通事故で人生が一変。挫折を乗り越えるために海外留学へ

高校卒業後は、在学中からお世話になっていた運送会社へ就職し、トラック運転手として働き始めました。仕事は相変わらず楽しく順調でしたが、就職から1年たった頃、業務中に大きな交通事故を起こしてしまい、状況は一変。


色々な不幸が重なり、半年間はまともに仕事ができず、精神的にも追い込まれて、逃げるように会社を辞めてしまいました。人生で初めて経験した、大きな挫折でした。






無力感は長く尾を引き、その後は新しい職場に勤めても長続きせず、上手くいかない自分に言い訳しながら、挑戦することに臆病になっていました。そんな状況が続いたある日、「一回リセットするために、海外に出てみたら?」と知人に後押しされたことが、一つの転機に。


やると決めた後の行動は早く、当座のお金である13万円を握りしめて、20歳の時に単身オーストラリアへ留学しました。



|オーストラリアでの出会いを転機に。23歳で建設業からITベンチャーへ転身



一年間は滞在すると決めて、オーストラリアでの生活が始まりました。家探し、仕事探しなど全てゼロからのスタートです。レストランや洗車場で働きながら、空いた時間に釣りをして食料を確保したり、カジノで一攫千金を狙ったりと、新しい環境、新しい生活を楽しむことで、自分本来の前向きさを取り戻していきました。



当時住んでいたゲストハウスでは、その後の人生を変える出会いにも恵まれました。ルームメイトとして共に過ごした友人とは、後に会社を一緒に興すことになります。




帰国後、自分は建設会社で、友人はIT企業でと、それぞれ別の道を歩んでいましたが、留学中から「近いうちに起業するから一緒にやろう」と誘ってくれていたご縁で、友人が新しく会社を立ち上げるタイミングで再会。23歳で初めてIT業界に飛び込み、エンジニアとしてのキャリアがスタートしました。


>>>後編へつづく




▶︎後編はこちら

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