小売領域の第2回テーマは、「EC構築支援サービス」です。
今回からの2回は、小売領域の中でも、特にeコマースに関連した事例について深掘りしていきます。
圧倒的な存在感のAmazon
Amazonは、eコマースで圧倒的なパワーを誇る企業のひとつです。2020年の米国EC市場においておよそ40%のシェアを占めており、他の追従を許していません。これは米国のデータではありますが、日本国内においても、Amazonの影響力は身近に感じられるのではないかと思います。
同社は創業当初より徹底した顧客主義を掲げており、世界中で多くのユーザーを獲得することに成功しています。同時に、その強力な集客力に魅力を感じる多くの事業者がAmazonを介して商品を販売してきました。
一方、近年は「Amazon離れ」と呼ばれる現象も起こっています。「Amazon離れ」とは、従来Amazon上で商品を販売していた事業者が販売を取りやめることで、特にブランドイメージを重視する大手事業者がAmazonプラットフォーム上から撤退する動きをみせています。例えば、2019年11月ナイキがAmazon上での販売を停止し、大きな話題となりました。その他にも、ルイ・ヴィトン、ディズニーなどがAmazonから撤退し、ニュースとなっています。
各社、様々な理由があるとは思われますが、撤退時の発表や各種メディアでの発言から推察するに、主に以下の点に不満を感じ、撤退を決めたと考えられます。
1. 消費者との関係構築が難しい
Amazonには高い集客力がある一方、多数の競合製品の存在や価格競争などにより、消費者にブランド本来の価値が届きにくい
2. データ利用のブラックボックス化
Amazonが獲得した顧客データを詳細に把握することは難しい。また、以前Amazonは、サードパーティの出品者の販売データを活用して自社商品を開発していたとリークされ、不信感を募らせた
3. 手数料によるコスト負担
月額利用料に加え、商品や売上げあたりに販売手数料が発生。また、その他、物流サービス利用など追加コスト負担が必要な機能も多数。売上が大きくなるほどにコストも増加
EC構築支援サービスへの注目
上記のような状況を踏まえて、現在、EC構築支援サービスへの注目が集まっています。
Amazonや楽天をはじめとしたECモールでは、消費者はECモールに訪問し、そこに出店・出品された事業者の商品を購入する形となっていました。
一方、EC構築支援サービスは、あくまで小売事業者が自らのECサービスを立ち上げ、運営することをサポートしています。その結果、ECを立ち上げた小売事業者は、消費者に直接商品を販売することができるようになるほか、そこから得られたデータをマーケティングに活かすことが可能となります。
EC構築支援サービス一覧
今回、様々なEC構築支援サービスを、B2C向け・B2B向け・領域特化型の3種類に分類し、以下に一覧化しました。今回はこの中から注目のサービスを紹介します。
注目のEC構築支援サービス
1. Amazonキラーとして注目を集める「shopify」
カナダ発のEC構築支援サービスで、現在Amazonキラーとして世界中から注目を集めています。shopifyの最大のポイントはカスタマイズ性に優れている点で、サイトデザイン・ブログ機能・決済・ストア分析・商品在庫管理など、比較的自由度が高いECを構築し、運営するための機能を豊富に取り揃えています。他言語・他通貨にも対応しているため、国境を超えてECを運営することも可能になります。また、物流網も自社で整備しており、日本でもサードパーティサービスと連携しながら、配送・出荷・在庫管理といった機能を提供しています。
同サービスはSaaSとして提供されており、サブスクリプション型のマネタイズを採用しています。基本的には月額利用料のみで利用開始でき、大手モールECのように販売あたりの手数料がかからないため、事業者は低コストでEC立ち上げ、運用することが可能となります。
2019年末時点で100万以上の事業者がshopifyを利用しており、ビールメーカーのオリオンビールや完全食パスタのBASE FOOD、次回記事でも取り上げるエシカルスニーカーブランドのAllbirdsなど、多様な企業が同サービスを通じてECサイトを構築・運用しています。
2. 国内の有力EC構築支援サービス「BASE」
国内でShopifyと近いサービスを提供しているプレイヤーがBASEです。サイト立ち上げ・商品登録・販売・ブログ作成・メルマガなどの機能が初期費用・月額使用料無料から利用でき、ネットショップを気軽に立ち上げたい個人や、小規模な法人からの支持を得ています。現在、同サービスでECを立ち上げているユーザーの9割ほどが4名以下の小規模なチームとなっているようです。
ECサイトに特化した豊富なデザインテンプレートや無料で利用できる拡張機能が準備されているなど、EC立ち上げに深い知見がない方にも利用しやすい点が支持されています。
これまでのところ、国内を中心にBASEを通じて100万ショップ以上が開設されています。
以上の2社は、対象ターゲットや決済手数料をはじめとした細かい機能などの差が存在するものの、EC構築支援のプラットフォームとして、様々な機能をスピーディーに追加・拡張しています。そこで、それぞれ近年の主な動向についても整理しました。
shopifyは、直近では、BASEからのシームレスな移行をサポートするツールや決済機能のJCB対応を実装し、日本での事業展開を加速させています。また、2020年9月に実店舗とネットショップの在庫や売上を一元管理できるPOSアプリ「Shopify POS」の提供を開始したことにも注目です。これにより、導入事業者は店頭での注文情報を即座にオンラインに同期し、在庫の消し込みや販売履歴の更新を自動化することが可能となります。
一方、BASEも、リアルとオンラインの連携を意識した動きが見て取れます。こちらは2年ほど前からリアル店舗出店ができるスペースを確保・整備しており、BASEを利用する事業者は、日程調整と商品の準備をするだけで店舗販売が可能となります。
各社それぞれ着実に機能を拡張しながら、EC立ち上げになくてはならないポジションの確立を狙っていることが見てとれます。
また、両社ともに新型コロナウィルス流行による巣篭もり消費の後押しを受け、大きく業績を伸ばしている点にも注目です。消費者が家ナカで過ごす時間が増加することを狙い、多くの事業者や個人が、shopify・Baseを活用してECを立ち上げています。
次に、領域特化型のEC構築支援サービスとして、10X社のStailerを紹介します。
3. ネットスーパーの垂直立ち上げを可能にする「Stailer」
Stailerはネットスーパー事業の立ち上げや運営を行う小売・流通事業者向けのアプリ構築支援サービスです。従来、ネットスーパーはウェブでの提供が主流でしたが、Stailerは、小売・流通事業者が新たにネットスーパーアプリを立ち上げることをサポートしています。
同社は、2017年の創業から直近まで、献立自動生成アプリの「タベリー」を運営していました。タベリーは、1週間分の献立と、その材料リストを数十秒のうちに生成する機能が特徴で、働く女性を中心に20万MAUを獲得していたとのことです。その後、材料リストを生成したユーザーがそのまま買い物まで終えられるよう、既存のネットスーパーと連携した機能開発を試みた際に、10Xのメンバーは小売・流通事業者のネットスーパー運営における課題が想像以上に大きいことを発見し、事業をピボットしています。
注目すべきは、小売・流通企業がネットスーパーアプリを立ち上げる際にボトルネックとなっていたシステム面の課題にフォーカスし、アプリ立ち上げに必要なデータベースやAPIをゼロから開発し、汎用的な基盤として整備した点です。これにより、小売・流通企業は既存のシステムやサプライチェーンを活かしつつ、大きな追加開発の必要なくアプリを立ち上げることが可能になりました。また、従来タベリーで開発されていた献立づくりから材料購入までをシームレスに終えられる機能など、購入者に配慮された優れたUXを持つアプリが立ち上げられることも特徴です。これらは、これまでのネットスーパーでは実現できていなかったポイントであり、多くの小売・流通事業者から注目を集めています。
ビジネスモデルとしては、小売・流通企業とのレベニューシェアがメインとなっており、プロダクトやデータを含め小売・流通企業と共同開発・運営するネットスーパー立ち上げパートナーとしてサービスを提供しています。
まとめ・考察
shopifyは、自らECを立ち上げ、顧客へ直接商品を販売したい事業者のニーズを捉えて拡大を続けています。
この背景には、SNSの普及やマーケットの成熟につれ、ECを運営する事業者が重視すべき軸が「集客」から「顧客との関係構築」にシフトしていることがあるのではないでしょうか。EC市場の黎明期〜成長期、自社ECに消費者を呼び込み商品を購入してもらうコストが高いと判断した事業者は、集客機能を求めてAmazonらモールECに出店することが多かったのではないかと思います。一方、近年はEC利用のスタンダード化が進み、集客が以前よりも容易になったため、自社EC立ち上げ・運用に踏み切る事業者が増えています。
この流れの中で、shopifyは黒子に徹する代わりに、事業者が自由度の高いECを自ら運用し、消費者と直接関われるようになるようサービスを提供しています。これによりshopifyを利用する事業者は、EC構築の高いコストを省略できるだけでなく、付加価値の源泉となる商品開発や製造に集中することができます。Amazonと異なり、EC事業に関わりながらも消費者へ直接アプローチしないポジショニングはユニークで、今後も拡大が続くのではないかと予想します。
shopifyやBASEは、決済やロジスティクスを中心に、プラットフォーマーとして機能を拡張しています。中でも、直近ではBASE、Shopify共にリアルとオンラインの連携を意識するような動きがみられます。
これは、EC利用者の増加によりオンライン上の競争環境が激化している昨今、EC事業者が新規顧客獲得におけるオフラインの重要性について再認識していることを踏まえた動きなのではないかと思われます。shopifyはリアルとオンラインを同期するシステム構築、BASEは、リアル拠点の整備・提供に関する動きとなっていますが、両社ともオムニチャネルを前提としたコマース事業立ち上げのサポーターとして、今後も進化を続けていくのではないでしょうか。
10Xは、ネットスーパーに特化したアプリ立ち上げ支援サービスを展開しており、基幹システム、在庫マスタ、配送オペレーションシステムなど、ネットスーパーアプリの立ち上げに必要な基盤を構築しました。
小売事業者にとってボトルネックとなっていた追加のシステム開発を不要とし、アプリの垂直立ち上げを可能している点は非常に示唆深いです。小売・流通事業者にとっては、既存の仕組みを活用して比較的ライトにUI/UXの優れたネットスーパーアプリを開発することができるため、費用対効果が大きく、10Xは、事業者が保有するサプライチェーンなどの重厚なアセットを活かしながらネットスーパー立ち上げをサポートするという独自のポジションを確立しています。Stailerが提供している機能は、既に小売・流通事業者と関わりあるSIerらが苦手としている分野で、今後も導入が進むのではないかと考えられます。また、こういった事業領域の狙い方や座組みは、様々な事業開発や、その他のレガシー領域のデジタル化においても参考になるのではないでしょうか。
いかがでしたでしょうか。次回は、”ECにおける新潮流”についてご紹介します。