宿場JAPANで長期のインターンをしておりました、大学3年生のエミュー(本名:小河恵美里)です。今年の3月まで、立教大学の観光学部に通いながら、約1年前からこちらで働いていました。
今回は大学の春休み期間を利用し、宿場JAPANのインターンとしては初めての試みである、姉妹店の ”ゲストハウス萬家” と ”ゲストハウス蔵” にそれぞれ短期インターンに行かせてもらいました。
記事では、2軒の宿のストーリーや、働いていたゲストハウス品川宿と、ゲストハウス萬家・蔵、それぞれの類似点・相違点、私の所感について、3回に分けてお伝えしていきます。
ゲストハウスに興味関心がある方はもちろん、コロナ禍でなかなかフィールドワークに行くことが難しい学生の方や、これから実行してみたいと考えている方への一つの参考になれば嬉しく思います。
目次
①宿場JAPANと姉妹店との関係性
②ゲストハウス萬家 開業ストーリー
③ゲストハウスの特徴と品川宿との比較
・立地と地域の特色
・施設
・客層とニーズの違い
・イベント
④まとめ
①宿場JAPANと姉妹店との関係性
▲宿場ファミリー(上段左から2番目:宿場JAPAN代表の渡邊(タカさん)、下段左から1番目:ゲストハウス蔵の山上万里奈さん、上段右から3番目ゲストハウス萬家の朴徹雄)
先ほどから”姉妹店“というワードが度々登場しますが、ゲストハウス品川宿とゲストハウス萬家・蔵は一体どのような関係性なのか。体験記に入る前に少しだけ解説させていただきます。
宿場JAPANでは、江戸時代に大きな宿場町として栄えた旧東海道品川宿エリアを中心に、1軒のゲストハウスと、4軒のホテル運営を行っています(業務委託を含む)。現在はそれに加えて、オーナーの渡邊がゲストハウスをはじめ、シェアハウスやホテルの運営を通して培ってきたノウハウを活用し、宿を起業したい人向けに「Detti プログラム」という開業支援事業も行っています。
このプログラムに最初に志願したのが、次回の体験記で登場する、長野県須坂市にあるゲストハウス蔵のオーナー山上万里奈さん。その後に続いて参加したのが、今回ご紹介する兵庫県神戸市灘区にあるゲストハウス萬家のオーナー朴徹雄さんでした。現在、宿の運営自体は各宿のオーナーが行っていますが、宿場JAPANでの修行を経てサポートをもらいながら開業に至り、その後もバックオフィスやマーケティングのサポートを継続して受けています。そうした関係性があることに加え、多文化共生の理念に共感して宿を開業した、SHUKUBAを広める仲間であることから、宿場JAPANでは、Detti プログラム通じて開業した宿のことを”姉妹店”と呼んでいます。
②ゲストハウス萬家の開業に至るまで
▲わくわく水道筋会議の皆さんと朴さん(画面中央)
オーナーの朴さんは韓国出身。国境を越え、海を越え、縁もゆかりもない地での開業でした。
「国籍や言葉、宗教などの壁を越え、人と人が繋がれる場所を作りたい」。そんな強い想いから来日し、日本での多文化共生社会の実現を目指していました。日韓関係が良好ではなかった中学生時代に日韓学生交流会に参加し、言語の壁を越えて日本人と打ち解けられたことが原体験となっています。
Dettiプログラムを見つけ、宿場JAPANの「共存共栄の社会を実現する」という理念に共感した朴さんは、6ヶ月間のゲストハウス品川宿での修行と、事業計画の策定、宿運営における実務研修や、約2年にも及ぶ物件探しなどをこなし、2017年7月に無事に開業を迎えました。
「Dettiプログラム」や、朴さんの開業に至るまでの秘話は、先日発売された書籍『ゲストハウスがまちを変える』の第5章「開業支援事業のケーススタディ」(p.208~)の項目に詳しく記載されていますので、そちらも合わせてご覧ください。
③ゲストハウスの特徴と品川宿との比較
【立地と地域の特色】
ゲストハウス萬家は、JR灘駅から徒歩5分、阪急王子公園駅からは徒歩4分、阪神岩屋駅からは徒歩9分と、3駅全てからのアクセスが良く、好立地な場所に位置しています。宿から5分程歩いたところには、約450軒以上もの商店が並び、地元の人々で賑わいを見せる水道筋商店街と灘温泉があります。
▲水道筋商店街(エミュー撮影)
地域融合型ゲストハウスを掲げる宿場JAPANとしてのポイントは、①観光地ではなく、地域住民が生活の一部として利用している「ローカルな商店街」であること。さらに②オーナーの顔が見えやすい「個人店」が多いことです。
近年”非日常”を目的とした従来の観光旅行とは別に、旅先の地域の生活に入り込み、地元の人々の生活を体験するような”ローカルツーリズム”の需要が高まっているように感じます。特にコロナ禍で、会社に通勤する必要がなくなり、移住を検討する方が増えているという社会的な背景もあるかもしれません。地域の人が生活を送る場であるということは、そこが完全に観光地として機能している訳ではなく、むしろ「住民が買い物をしに来る場所」であるため、店員が変にしつこく声をかけてくることもなければ、観光地プライスも存在しません。
▲全て手作りの地元のお惣菜屋さん(エミュー撮影)
朴さんは常々「ゲストハウスは地域の入口である。」と言います。宿を訪れたゲストさんに安心して地域を楽しんでもらうためには、ゲストハウスと、地域の方との信頼関係の構築が欠かせません。個人店の多さにこだわる理由としては、連携が取りやすいということはもちろん、生まれも育ちもその地域で育ってきた方や、移住してお店を開く方など、まちに対して愛着のある店主が多いことも特徴的です。加えて、お店のオーナーが変わることが滅多にないため、関係性を維持しやすい点や、ゲストさんにここでしかできない体験を提供できるという強みも持ち得ています。
このような地域との繋がりは、現在のコロナ禍で経営困難な状況においても失われることはなく、むしろ結束力と支え合いの意識が高まっているように感じます。
萬家のある灘地区は、元々ゲストハウスができるまで宿泊施設がほとんどないエリアでした。そのため、観光地でなくてもゲストハウスが存在することで、 ”地域に滞在してもらうきっかけ” や、 ”地域に活力をもたらすきっかけ” をつくり出しています。
このエリアには、パンダがいることで有名な王子動物園や、美術館、酒造、摩耶山をはじめとする3つの山々、隣町には広大な港をもつ中心市街地の三ノ宮もあるなど、多くの観光資源にも恵まれています。物件選びに約2年もかかった朴さんですが、結果としてゲストハウスが地域の入口として機能し、ゲストにまちを楽しんでもらうための仕組み作りができているように感じました。
▲吉田酒店を訪問
【施設】
物件自体は町医者の元診療所兼住居をリノベーションした宿で、今でもその名残として、診療所で使われていた備品を宿の至る所で見ることができます。
客室は5つのタイプがあり、個室や女性専用のドミトリーとシャワールームもあるので、ゲストハウス初心者の方でも安心して泊まれます。その他、キッチンもあるので長期滞在の方でも自炊が可能。昨年新たにオープンした屋上では、朝日を存分に浴びて快適な朝を迎えることができたり、昼間は付属の椅子に座りながらまったりと過ごすこともできます。
1階のコモンルームには、ゲストハウスの向かいに工房を持つ、DIY集団がデザインした奥の円形スペース(スパイラルベンチ)や、摩耶山から運んできた木々をリメイクして作ったおしゃれなデザインのレセプションにも注目です。
朴さんが施設の中でも、特にこだわった場所がそのコモンルームだと言います。ゲストハウス品川宿の共有ラウンジは、ちゃぶ台机が一つあるだけのこじんまりとした空間になっています。一方で、萬家では、居座れる場所が3箇所あり、ゲストハウスの共有ラウンジとしては広々とした、開放感のある空間になっています。スタッフとの交流を楽しみたいという方はレセプション近くの椅子に。少し静かに作業や読書をしたいという方は奥のスパイラルベンチに行くなど、ゲストさんが自分自身で居場所を決められるのがポイントです。そのベンチは「ゲストさんに逃げ場をつくったほうがよい」というゲストハウス蔵の万里奈さんのアドバイスがきっかけとのことでした。また、地域への開かれた場づくりを意識し、入口が全面ガラス張りになっています。外から中の様子が見えやすい分、地域に住む方も気になって覗きに来ていたり、地元の人が出入りしやすいという利点もあると感じました。
さらに、萬家はチェックインをする際に、コモンルームを必ず通過する動線になっています。レセプションとコモンルームが直接つながっているため、入った瞬間にゲストハウスの雰囲気が掴めやすく、初めてゲストハウスにきた方でも、他のゲストさんやスタッフと交流するハードルも下がるのではないかと思いました。
【客層とニーズの違い】
客層に関しては、品川宿も萬家も年齢層は幅広く、「ADDress」という多拠点居住で生活したい人向けのサブスクと提携をしているため、全国各地からお客さんが来られます。
ニーズに関しては、品川宿と萬家で異なる傾向が見られます。品川宿の場合はビジネス街に位置しているため、特に多いのが「翌日の用事(イベントや品川周辺での仕事)のための前泊利用」や、「終電逃し」、「(地震や停電など)の災害が起きて帰れない際の緊急宿泊先」としての機能も果たしています。
▲旧摩耶観光ホテル遺跡ツアーの参加ゲストさんと
一方で、萬家に関しては、神戸に観光に来たついでに、ゲストハウスが好きで泊まりに来てくださる方や、旧摩耶観光ホテル遺跡ツアーの宿泊付きプランを利用して泊まりに来てくださる方も多い傾向にあります。特に遺跡ツアーの参加者の中には、今までゲストハウスに泊まったことがない方も何人かおり、これまで足を踏み入れ難かった人でも、ツアーをきっかけに好きになる方や、移住を検討する方も中にはいるそうです。品川宿よりも、観光を目的に泊まりに来る方が多いため、時間に余裕がある方が多く、滞在中のゲストさんとの交流時間も長く感じました。
【イベント】
▲宿泊付き旧摩耶観光ホテルの遺跡ツアーと、つまみ食いツアーに参加
ゲストハウスと言えば、イベントも各宿で特色が異なります。
今回私は滞在中に旧摩耶観光ホテルの遺跡ツアーと、つまみ食いツアーがセットになったツアーに参加させてもらうことになりました。
<旧摩耶観光ホテル遺跡ツアー>
▲旧摩耶観光ホテル前で撮影
旧摩耶観光ホテルの宿泊付き遺跡ツアーは、神戸の「摩耶山再生の会」様と、ゲストハウス萬家がタイアップをして昨年実現。以前から遺跡ツアー自体は行われていましたが、灘エリアにある宿泊施設が少ないが故に、ツアーで訪れる観光客の多くが大阪や三宮に泊まりに流れてしまうという課題がありました。その旧摩耶観光ホテルは、「廃墟の女王」とも称され、2021年3月19日に日本で初めて、廃墟として国の有形文化財に登録されました。現在は完全に私有地となり、許可がなければ中に入ることができないため、大変人気のツアーになっています。
▲摩耶山頂上にある旧天上寺跡前でMAYAのスタッフガイドによる解説。(エミュー撮影)
摩耶山自体は、かつて天上寺への参拝客をはじめとする多くの方が訪れる場所として、食事処や宿泊施設などで賑わっていました。しかし、ケーブルカーが造られて以来、下山をする訪問者が減少傾向にあり、次々に店が衰退していきました。ツアーでは、摩耶山をこよなく愛する地元のガイドとともに、摩耶山の中を歩きながら旧摩耶観光ホテルまで巡っていきます。わざわざ廃墟を見にくるためだけに関東から足を運んでくる方や、廃墟マニアの方も多く参加しており、みなさん興味津々にガイドの説明に耳を傾けていました。
<つまみ食いツアー>
▲土居精肉店の店主の方と交流。ローストビーフをいただきました。(エミュー撮影)
翌日は宿の近くにある水道筋商店街をオーナー朴さんの解説付きで街歩き。途中途中でお店に立ち寄り、つまみ食いをするツアーになっています。
地域の中では、朴さんのこともゲストハウス萬家の存在も多くの人に知られています。町の人とすれ違えば、「楽しんでね〜、行ってらっしゃーい」と声をかけてくれたり、お店の方と楽しそうに話しているのを見ていると、朴さんが地域から愛され、信頼されていると感じられます。彼の場合は、ゲストハウスを開業した土地で育ってきた訳ではないので、最初の地域の方との関係性作りにかなりの時間を費やしたといいます。しかし、その地道な努力の積み重ねがあってこそ、実現できたのがこのツアーだと思います。
▲新鮮なお魚の数々とお店の方の解説に興味津々。
朴さんは、「ゲストさんが地域で買い物するハードルを下げること、地域の方と旅人との接点を作ること」がツアーの目的だと言います。まさにこのツアーは、ゲストさんが地域のお店を知るきっかけになるだけでなく、商店街や、地域の雰囲気を感じ取り、滞在中にそこで買い物を促す効果があると感じました。結果としてそれは地域にお金を落としてもらうきっかけにもつながるため、地域に活力を生み出す、「地域融合型ゲストハウス」の成功事例になっているのではないでしょうか。
まとめ
いかがだったでしょうか。今回は姉妹店ゲストハウス萬家の開業に至るまでのストーリーから、宿の特色について、4つの観点から品川宿と比較をしながら書かせていただきました。
姉妹店と言っても、オーナーのゲストハウスに対する考え方や、地域の特色の違いによってかなり雰囲気も、宿泊に来るゲストさんの客層や、ニーズも変わってくることが今回実際に滞在してみて実感できました。
▲ゲストハウス蔵の常連さんに萬家でお会いしました。
次回は長野県須坂市にある、 ”ゲストハウス蔵” の体験記をお伝えしていきます。お楽しみに!
(執筆:小河恵美里 企画・編集:今津歩)