障がい福祉の現場で、「手がかからない」と言われる人のこと。
「手がかからない」という言葉
「あの人は手がかからないから」
障がい福祉の現場を訪ねると、ときどきこの言葉を聞きます。
最初は、いいことのように聞こえていました。
落ち着いていて、自分のことは自分でできて、職員の手を煩わせない。
そういう利用者さんのことを指しているのだと思っていました。
でも、いくつもの事業所で同じ言葉を聞くうちに、僕はだんだん別の意味に気づくようになりました。
「手がかからない」は、しばしば「後回しにされている」と、ほとんど同じ意味で使われている。
人手の足りない現場では、どうしても声の大きい人、目の前で困っている人から対応することになります。
それ自体は責められないことです。
でも、その裏側で、静かに過ごしている人の小さな変化は、気づかれないまま積み重なっていきます。
ある日、できていたことが急にできなくなる。
あるいは、ずっと我慢していたものが、最後に大きく表に出る。
そうなって初めて、「あの人、実はしんどかったんだ」と分かる。
順番が、いつも逆なんです。
弟のことと、見えなくなる人のこと
僕には、ダウン症の弟がいます。
弟は、幼少期はどちらかといえば手がかかる側の人でした。
だから僕は長い間、手がかかる人のことばかり考えて生きてきた気がします。
そんな弟も、成人期を迎えると、徐々に自分の生活リズムを掴み、身辺の自立などできることも増えてきて、どちらかというとおとなしい、手がかからない側になっていったと思います。
最近は、本当に怖いのは、手がかからないと言われて少しずつ見えなくなっていく人の方かもしれない、と思うようになりました。
困っていると言えない人。我慢が上手な人。「いい子」でいられてしまう人。
その人たちの静けさを、後回しにせずにちゃんと目を向けられているだろうか。
「量から質へ」の、質ってなんだろう
今年の6月から、障がい福祉の報酬改定が動き始めました。
7月には法定雇用率も引き上げられます。
業界ではよく「量から質へ」という言葉が使われます。
事業所を増やす時代から、中身を問われる時代へ、と。
その流れ自体に、異論はありません。
ただ、「質」とは何かと聞かれると、僕はいつも少し立ち止まります。
僕にとっての質は、数字に表れない変化に気づけること、です。
加算でも、稼働率でも、就職者数でもない。
手がかからないと言われている人の、小さな「あれ?」に気づけること。
その人が今日、いつもより少しだけ静かだったことに、ちゃんと引っかかれること。
それが、支援の質のいちばん奥にあるものだと思っています。
気づける目は、育てられる
ただ、これを支援者一人ひとりの感性や善意に任せていたら、続きません。気づける人がたまたまいた事業所は良くて、いなかった事業所はそうでないそれでは、利用者さんの暮らしが運任せになってしまいます。
気づける目は、その人の感性ではなく、育てられるものだと僕は思っています。
僕らがスペシャルラーニングという研修サービスで10年やってきたのは、適切な支援ができる環境を再現性高くつくることでした。
経験の浅い人でも、静かな変化を見落とさないための視点を持てるように。アセスメントに重きを置き、支援記録を作業で終わらせずに、どんな職員でも専門知識を持った上で共通の記録が作成できること。
支援の質を、個人の力量ではなく、仕組みとして底上げしていくこと。
それが、Lean on Meという会社のやっていることです。
派手な仕事ではありません。でも、誰かの「手がかからない」を、「ちゃんと見えている」に変えていく仕事だと思っています。
最後に
ここまで読んでくださった方の中に、現場で同じ感覚を抱えてきた人がいたら、すごく嬉しいです。
Lean on Meは、障がい福祉の現場で直接支援をする会社ではなく、その現場で支援する人たちを支える側の会社です。手のかからない人の静けさにも引っかかれる、そういう機微に向き合える仲間を、いま探しています。
募集中のポジションは、こちらからご覧ください。
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