まず前提として、
地域活性化の一般論を語りたくて書いているわけではありません。私自身が、この島で高齢者になる日を具体的に想像したときの危機感が出発点です。
私の地元は、
かつて炭鉱で栄えに栄えた小さな島です。1980年代のピーク時には、人口が1万2千人ほどがが暮らし、当時は映画館も複数あるくらい活気があったと聞いています。それが今は約2千人。数十年で人口は6分の1くらいになってしまいました。
このままいくと、私が寿命を迎えるまでの間に、この島に物理的に住み続けることが難しくなるんじゃないか、というのが今のところの率直な見立てです。商店はどんどん閉店しているし、公共交通も行政のコミュニティバス程度まで縮小しています。車を運転できなくなった高齢者から順に生活の足を失っていって、長く住んだ土地を離れざるを得ない人が、もう実際に出てきています。
私がやりたいことは、
シンプルです。自分が歳を重ねてもこの地で普通の生活を送りながら寿命を迎えること。できるならそれを次の世代にも、当たり前のこととして渡せること。手をこまねいていたら、この当たり前がそのうち「わがまま」にすり替わっていくのは容易に想像がつきます。だから、誰かに迷惑をかける形じゃなく、ちゃんと合理的にこの当たり前を残す道筋を考え、動き出しておきたいんです。
視点を変えると、
人口が減った島には使われなくなったものがどんどん積み上がっていきます。空き家、廃校になった母校、昔景気が良かった頃に建てられた大きな施設、担い手を失った漁具や漁船、それに耕作放棄された棚田や山林。
普通、こういうのは負債として語られることが多いです。維持費はかかるし、持っているだけでコストが発生する。持て余した資産は、そのうち処分の対象になっていきますが、その処分にも多額の費用がかかる。
でも見方を変えれば、これらは遊休資産としてまだ価値を生める可能性があります。手に入れるハードルも活用するハードルも簡単ではないですが、相対的には低い。つまり参入余地が大きい未活用の資本=「余白」とも言えそうです。この積み上がった余白をどうすれば新しい価値に変換できるか、というのが私の視点です。
島の経済を回すには、
性質の違う二つの機能が要ると思っています。外からお金を稼いでくる機能と、来た人の消費を島の中でちゃんと受け止める機能です。
アウトバウンド
まず外貨を稼ぐ方。この島には、大都市の市場でもそれなりに評価されている特産品があります。ただ販路が限られていて、全国から指名買いされるところまでは行けていません。「希少性を守るための戦略」との声にも一理あるけれど、EC運用や営業をやってきた立場から見ると、もう少し手の届く販路を作る余地はあると感じています。人が来なくても、外に価値を届けてお金を呼び込めれば、季節や天候、感染症などの外部要因に影響されづらく、恒常的な収益の柱になりえます。
インバウンド
次に消費を受け止める方。この島には、風光明媚な景観や、地域全体で一定のブランド力を持っている食文化があります。それに加えて意外と見落とされがちなのが、都市部から車で90分で来れるという好アクセスでありながら、いまだにほとんど手つかずのまま残っているということ。近いのに知られていないというのは、裏を返せば伸びしろでしかありません。なのに、せっかく来た人がその土地ならではのものを味わえる場所がほとんどないんです。この取りこぼしている消費を、ちゃんと現地で受け止める場を作りたいと思っています。
大事なのは観光の一本足打法にしないことです。観光は外部環境に左右されやすいから、それだけに依存する地域経済は脆い。外貨を稼ぐ機能を軸に据えつつ、来た人の消費も取りこぼさない。この二軸で設計することが、持続する地域経済の骨格になると思っています。
で、地元をどうしたいんだっけ?
冒頭で話した通り、私の最小目的は「自分が歳を重ねてもこの地で普通の生活を送りながら寿命を迎えること」です。
今後、規模の経済が働かず行政支援も縮小していく中で、田舎暮らしはさらに経済的に贅沢なものになっていくと考えています。よく「田舎は物価が安い」と言われますが、あれは幻想です。安いのは不動産と中間マージンや輸送費が引かれた地産品くらいで、その他の生活費は都市部と変わらないか、実に合理的な理由でむしろ割高になります。つまり田舎で、抽象的ですが「普通の暮らし」を維持しようとすると、それなりの収入がないと現時点でもやっていけません。
では、仮に私一人だけが何かで稼ぎまくればここで暮らし続けられるかというと、答えはNOです。生活圏を維持するには、絶対に周囲に他者の存在が必要になります。だからこそ、「地方暮らしの贅沢ができる=経済的に田舎暮らしを選択できる他者」が一定数必要になるのです。
現実問題として、地方に住み続けることが収入の断念とセットになっている限り、人は都市に流れ続けます。だから私が作りたいのは、この島に住みながらでも都市と遜色ない収入が得られる環境です。
人口は、マクロに見れば絶対に減っていくので、これを無理に増やしたいわけではありません。目指したいのは、少数精鋭でも、関わる一人ひとりがちゃんと稼げて、心から楽しいと思える場所。そういう状態を、私自身が高齢者になる50年後を見据えて、土台から作りたいと考えています。(まだまだ抽象的なので、もっと言語化していきたい)
最後に、
自分の立場を正直に書いておきます。私はこの島に住み続けたい。同時に、余っている資産を最大限活かして、自分自身もちゃんと稼ぎたい。この二つは矛盾しません。むしろ担い手が持続的に食っていける構造がなければ、どんな地域活性化も長続きしない。郷愁と経済合理性は、両立させて初めて意味を持つと考えています。
総合的に考えて、最終的に私がこの地域において担いたいのは、島の外(都市部や海外も含めて)から、人・物・金を呼び込む「結節点」の役割かなと思っています。土地を守る、インフラを守る。その判断と実行には、必ず人と物と金が要ります。それを外から島に流し込む事業を作る。自身のこれまでと、これからの経験を、まさにこのために生かしていきたいです。