「ひとり」と「みんな」のバランスって?
やれ「個の時代」だ、「チームで協力せよ」だと、「ひとり」であれ、「みんな」であれ、とにかく何かを“せよ”と飛び交うこの時代。どちらが正解なのか、いよいよわからなくなってきた感すらあります。
「VUCAの時代」とよく言われていたけれど、その言葉もあまり聞かれなくなった今——
正解を探すのではなく、自分たちで答えをつくっていくという考え方が、当たり前になってきました。
それゆえに、トップの思想や組織文化によって、“チーム”のあり方もさまざまに形づくられるようになってきていると感じます。ほんとうに、さまざま。
そういう意味でも、「ひとり」と「みんな」のバランスって、とても繊細で、でも無視できないテーマだと思うのです。
私自身も、どちらも大切にしたいタイプ。
チームで協働し、力を掛け算して成果を出すことに喜びを感じる一方で、
「ひとりで在る時間」がないと、自分の軸がぐらついてしまう。このバランスが崩れると、どちらかに無理が出て、苦しくなってしまうこともあります。内省や自身をととのえる時間も大切で、いち経営者としても、ひととしても、ととのえることでいい効果の連続だということを実感しています。
だからこそ思うのは、「ちゃんと、ひとりで在れる」ことは、チームを強くするということ。
自分自身の輪郭がはっきりしていて、意志を持って、役割を全うできる状態に整えてこそ、同じ方向を向いて協力できる。
“ひとり”の強さが、“みんな”のしなやかさをつくっていく。
そんな関係性が、これからのチームには必要なのかもしれません。
とはいえ、主体性が強すぎるがゆえに、強いチームの特徴である「協力」「連携」を壊してしまったりすることもある。難しいですよね。
“ひとり”で立って、“みんな”で進む
イメージしているのは、そんな関係性です。
自立と依存のちょうどあいだにある、「支え合う」という感覚。
マネージャーがメンバーを支える、といった一方通行の関係ではなくて、それぞれが自分の役割を全うしながら、相手に敬意を持ち、自然と手を差し伸べ合えるようなあたたかさ。「支援」と言ってしまうと少し大げさだけれど、「ちょっと手伝うよ」が自然と飛び交うような、そんな優しい世界線。
もっと言えば、“背負わせない関係”が理想です。
たとえば、
ちょっと余裕がなさそうな人がいたら、そっと声をかけてみる。
リーダーの責任感から生まれる“抱え込み”を、チームで分散させていく。
メンバーの家族に何かあったとき、「家庭を優先していいよ」と言える空気を、みんなで育てる。
大切な仲間の、大切なものをちゃんと大切にできる。それって、すごく幸せなことだと思うのです。私は、大切にしています。
チームにおいても組織においても “一緒に進む”ことには、あたたかさと、むずかしさの両方がある。
そのことについては、また別のnoteで書こうと思っているのだけれど、ここで綴ったような小さな積み重ねも、間違いなくその土台をつくっていると感じています。
それと私の中で、ずっと忘れずにいたいことがあります。
──「みんなのおかげで、ひとりで在れる」ということ。
ひとりでは、できることに限界がある。
どんなに頑張っても、どんなに意志があっても、ひとりでは本当に何も成し遂げられないんだと思う。今までやってきて、そう感じてきた。というか、いつもそう思ってる。だから、みんなで遠くに行きたいと。
周りの仲間たちのおかげで今の私がいる。その事実にいつだって支えられています。その仲間たちに少しでも恩返しがしたい。この気持ちが私の原動力になっています。
「豊かなつながりを起点とした経済圏をつくりたい」と願うのも、たぶん、その延長線上にあるんだと思う。よりより環境のなかで、豊かさを感じられるような場面をひとつでも増やしたいな、と。
つながりがあったから、いまがある。
ご縁とご縁が重なって、道がひらけた。
その奇跡みたいな積み重ねを、大切に育んでいきたい。という出会いがありました。自分にとっても大きなチャレンジだし、強く、しなやかなチームをつくり遠くに行きたい。だけど、あたたかさを忘れずに。