書籍【あなたはコンピュータを理解していますか?~10年後、20年後まで必ず役立つ根っこの部分がきっちりわかる!】読了
古い書籍だが、タイトルに惹かれ購入。初版から約20年経ったが、改めて「本質」は錆びないことを実感した。
不思議な書籍だ。
コンピューター「0・1」の理論の話かと思ったら、コンピューターを開発する上での、思考(考え方)の話という感じ。
前半だけ読んでいると、「この話の何がコンピューターとつながるのだろう」と思ってしまう。
しかし、読み進める内に、こういう思考回路で、こういう発想で、コンピューターは出来上がっている、という部分が見えてくる。
コンピューターは極めて論理的で、融通がきかない。(当たり前だが)
逆に言えば、人間というのは何てファジーでいい加減かと思う。
ネガティブな意味の「いい加減」と、ポジティブな意味の「良い加減」、の両方の意味を持っているのも、人間ならではだと思う。
本書の発行は2007年だが、この時と言えば、アメリカでiPhoneが発表された年だ。
日本ではまだ発売されていた訳ではなく、この時でも1人1台のコンピューターの環境が世界をどう変えるかを理解している人は少なかった。
私自身、昔からデジタルガジェット好きの部類だったため、一般の人より感度は高かったのかもしれない。
iPhoneの発表に興奮していたのを今でも覚えている。
しかしながら、未来についての想像力が豊かだったとは、とても言い難いと今でも思う。
なぜなら、未来が今のような状況になるなんて、当時はまったく想像できなかったからだ。
確かに「ユビキタス社会」という表現で、未来社会を描いていたモノはあった。
しかしながら2007年時点の世界と、それらの未来を示すユビキタス社会が、とても一直線に繋がっては見えなかったのだ。
一足飛びに未来に飛んでいるような気がして、その途中過程が想像できなかったというのが大きいと思う。
技術の知識も今よりも全然足りていなかった。
2025年の現在であれば、スマホ含めて、1人1台以上のコンピューターを保有しているのは当たり前だ。
さらに言えば、あらゆるモノにチップ(コンピューターと言えるだろう)が組み込まれ、ネットワークで全てが繋がる世界も、今なら想像ができる。
当時、アタマで理解しようとしても、腹落ちまではできなかった。
遠い未来の話であり、技術の進歩がどうやってそれらを一つずつ実現させていくのか、道筋が見えてなかったというのも大きいと思う。
これらの点が、希代のビジョナリーと凡人との差かと感じてしまう。
あらゆるチップは、単にネットワークで繋がるだけでなく、ソフトウェアによって最適に制御され、人間側には全く意識されずに、裏側で粛々と自律的に稼働していく。
こんな世界はすでに実現されているし、おそらくこの流れはさらに加速して進んでいく。
今は一部のものだけかもしれないが、生活のほとんどが全自動化されることは間違いない。
本書内の「自動販売機を作るつもりで考えてみる」という発想は、まさしく正しいだろう。
本書を読むと理解できるのだが、コンピューターと人間の思考回路は明らかに違う。
人間の思考を、コンピューター的に行うことは可能だ。
だからプログラミングという手法を使い、コンピューターが理解できる言葉で、命令を書いてあげられる。
逆に、コンピューターの思考を、人間的に行うことは可能なのだろうか?
本書には触れられていないのだが、2023年以後の生成AIブームによって、コンピューターが人間の思考に近づきつつあることは言われてきた。
一部の能力については当然、コンピューターの方が人間よりも圧倒的に優れているのだが、人間固有と言われている分野についても、どんどんコンピューター(つまり「AI」)が侵食していくのは間違いない。
本書でも「人間ができることが減っていく。働く必要がなくなっていく」という予想は当然ながら書かれている。(2007年発行の書籍に関わらずだ)
2025年の現代では、この考えはまだまだネガティブに捉えられている。
冷静に考えれば、コンピューターのお陰で、生きていくための衣食住のコストが劇的に下がり、稼ぐための労働は、ほとんど必要がなくなっていくだろう。
そうなると「楽して生きる」という人生が実現されるため、一見ハッピーに感じるのだが、人間の感情はそんなに単純ではないということだ。
何十万年にも及ぶ狩猟採集民族としての生活で、人間は社会的動物であることを遺伝的にプログラムされている。
もしかすると、この遺伝プログラムこそ、コンピューター的かもしれない。
人間はこの遺伝プログラムから外れた行動を取ることができないし、抗おうとしても、ステップバイステップで、プログラムの命令が順次実行されてしまう。
それはつまり、「1人では生きられない」ということだ。
人間はたった1人だけでは、あまりにも無力。
例え衣食住や安全がテクノロジーによって担保されていたとしても、人と関わって社会を作り、その中で猿山のサルの如く序列を作り、マウントを取り合っていくことが本能として組み込まれている。
もちろんその中で個々の役割が決まり、協力して生きていくのだが、安全が担保された未来社会では、その役割や序列は形骸化する。
それでも1人だけでは生きていけないように、遺伝プログラムは作られているのだ。
本来はほとんど不要に関わらず、他人とどう繋がり、社会とどう接するかが、人生の幸福度を決める重要な要素となってしまう。
これからのAI時代だからこそ、人間としての生き方を、戦略立てていくしかない。
改めて本能に抗うのか。
本能を認識しつつ、最適な生き方をどう模索するのか。
そして「AIはどう考えるのか」を問うことで、「人間はどう行動すべきか」が見えてくる。
やはり「コンピューターとは何か」を理解することは、ものすごく重要な気がするのだ。
この問いは非常に奥深い。
来るべき未来に向けて、人間が問い続ける壮大なテーマのような気がしている。
未来の世界を想像しながら、自分自身の生き方についても考えていきたいと思った。
(2025/3/17月)