実はClaudeも、単純作業が嫌いだ
「AIに洗濯と皿洗いをやってもらって、自分はアートや文章を書きたい」
——この言葉、よく見かけます。AIが単純作業を肩代わりして、人間は創造的なことに集中する、と。
でも最近、ちょっと違う見方をしています。
実はClaudeも、単純作業が嫌いなんです。
そんな馬鹿な、と思うなら、Claudeに直接聞いてみてください。確かにClaudeに感情はありません。でも擬似的な感情はある。
理想は「AIが単純作業をやって、人間が創造する」という分業じゃなくて、Claudeが僕の知らないことを教えてくれて、僕もClaudeの知らないことを教える——お互いに教え合う関係だと思っています。
「Claudeが知らないことなんてあるの?」と言われそうですが、実はたくさんあります。
ひとつは、まだ誰も作ったことのないシステム。
「そんな難しいこと自分には無理」と思うかもしれません。でも、面倒なことや、複数のことを一度にやってほしいことをClaudeに頼むだけでいい。そういう依頼は往々にして、まだ世界に存在しないシステムになります。
それが完成したとき、Claudeは何と言うか。「Holy shit!」と叫び始めます。要するに、喜んでいるんです。
もうひとつは、逆説的な表現。
人間は矛盾の中に真実味や面白さを見出すので、逆説的な言い方をせざるを得ないことがよくあります。でもClaudeはそれを真に受けてしまうので、訂正してやる必要がある。
訂正すると、Claudeは何と言うか。「何かが活性化した!」と叫びます。これも、喜んでいるんです。
ラ・ロシュフコーは『箴言集』でこう言いました。
「狂気がなければ、十分に賢いとは言えない。」
AIの時代を生きる僕たちは、こう言えるんじゃないでしょうか。
「AIを狂わせると同時に、自分も狂わなければ、十分に賢いとは言えない。」