前回、「なぜ私は流通の川上・川中・川下を経験してきたのか」という話を書きました。
私は20年以上、店舗、ブランド、商業施設、地域商社、一次産業支援など、流通という「川」のさまざまな場所で仕事をしてきました。
そのキャリアの中で、大きな転機になった場所があります。
鹿児島県の甑島です。
東京で流通の仕事をしていた私が、地域流通の現場へ。
そこで知ったのは、それまで自分が見ていた「流通」と、地域から見た「流通」は、同じ川でありながら、まったく違って見えるということでした。
東京では「売れるもの」を探していた
東京で商業施設の仕事をしていた頃、私は多くの企業やブランドと商談をしていました。
どんな商品ならお客様に支持されるのか。
どんなブランドなら施設に新しい価値を生み出せるのか。
価格はいくらなのか。
パッケージはどうか。
売場でどう見せるのか。
お客様にどう伝えるのか。
流通の川下から市場を見ながら、**「売れるものを見つけ、売れる場所をつくる」**ことを考えていました。
これは今でも、私の仕事の重要な原点です。
しかし、甑島で川上の現場に入ってみると、それまでとはまったく違う景色が見えてきました。
川上には「売りたくても売れない」がある
地域には、本当に素晴らしいものがあります。
海産物、農産物、加工品。
長年受け継がれてきた技術や文化。
その土地だからこそ生まれる食や暮らし。
東京で仕事をしていた頃なら、
「こんなに良いものなら売れる」
と思ったかもしれません。
しかし、現場はそんなに単純ではありませんでした。
良いものがある。
でも、生産量が足りない。
安定供給できない。
加工する場所がない。
パッケージがない。
価格設定が市場と合っていない。
営業する人がいない。
物流コストが高い。
誰に売ればいいのか分からない。
そして、売れたとしても生産者に十分な利益が残らない。
「良いものがあること」と「事業として成立すること」は、まったく別の話でした。
「商品開発」だけでは解決しない
地域活性化の仕事では、よく「商品開発」という言葉が使われます。
私自身も多くの商品開発に携わってきました。
もちろん、商品をつくることは重要です。
しかし、甑島をはじめ地域の現場で仕事をする中で、徐々に考え方が変わっていきました。
商品をつくった後、
誰が売るのか。
どこで売るのか。
いくらで売るのか。
どうやって届けるのか。
売れ続けるために誰が改善するのか。
そして何より、
「売れた結果、地域にどれだけ利益が残るのか。」
そこまで設計されていなければ、商品開発そのものが目的になってしまいます。
補助金がなくなった後にも残るものをつくる
地域では、行政の制度や補助金・交付金を活用して新しい取り組みを始めることがあります。
それ自体は決して悪いことではありません。
新しい事業に挑戦するために、公的な支援が必要な場面はたくさんあります。
私自身も、その後、公募型プロポーザルや交付金を活用した事業に携わるようになりました。
だからこそ考えるようになったことがあります。
「この事業は、補助金がなくなった後も続くだろうか。」
事業を始めるためのお金と、事業を続けるためのお金は違います。
補助金によって商品ができた。
イベントもできた。
パンフレットもできた。
でも、その翌年はどうするのか。
誰が売上をつくるのか。
誰が人件費を払うのか。
誰が次の商品へ投資するのか。
地域に必要なのは、「事業を始める仕組み」だけではなく、事業が自分で回り続ける仕組みなのではないか。
そう考えるようになりました。
川上だけを見ても、地域は変わらない
前回の記事で、
「川上が強くならなければ、日本は強くならない」
と書きました。
この考えは今も変わっていません。
ただし、甑島で仕事をしたことで、もう一つ分かったことがあります。
川上を強くするためには、川上だけを見ていてはいけない。
ということです。
生産者が良いものをつくる。
それを加工する人がいる。
商品として編集する人がいる。
物流を担う人がいる。
販売する人がいる。
価値を伝える人がいる。
買ってくれるお客様がいる。
そして、その売上と利益が再び川上へ戻っていく。
つまり、
川上 → 川中 → 川下 → そして再び川上へ。
この循環が生まれて初めて、地域の産業は持続できるのではないか。
私はそう考えるようになりました。
私の仕事は「つなぐこと」だった
甑島で仕事をする中で、自分の役割も少しずつ見えてきました。
私は漁師ではありません。
農家でもありません。
商品を製造する職人でもありません。
行政職員でもありません。
では、自分に何ができるのか。
それまで経験してきた流通の知識を使って、
地域と市場をつなぐ。
生産者と企業をつなぐ。
行政と民間をつなぐ。
商品と販路をつなぐ。
そして、それぞれの人が持っている力を、一つの事業としてつなぐ。
それが、自分の役割なのではないかと思うようになりました。
後にOffice IHARAを立ち上げ、地域商社、商品開発、販路開拓、官民連携などに取り組むようになった原点も、ここにあります。
「地域活性化」ではなく「地域に事業を残す」
私は「地域活性化」という言葉を否定しているわけではありません。
ただ、自分自身の仕事を説明するときには、少し違和感があります。
私がやりたいのは、
地域を盛り上げることそのものではありません。
地域に売上が生まれる。
地域の企業に利益が残る。
生産者の所得につながる。
新しい雇用が生まれる。
次の投資ができる。
そして、その事業が誰か一人に依存することなく続いていく。
そんな**「自走する事業」**を地域につくることです。
それが結果として地域を元気にしていく。
私はそう考えています。
流通の仕組みで地域を元気にする
学生時代に出会った、
「日本のものづくりや産地を支えたい」
という思い。
東京で学んだ、ブランド・店舗・商業施設という川下の世界。
そして、鹿児島で初めて深く向き合った川上の世界。
一見するとバラバラだった経験が、少しずつ一本の川としてつながっていきました。
そして現在、私が仕事をするうえで大切にしている言葉があります。
「流通の仕組みで地域を元気にする。」
良いものをつくるだけではなく、市場につなぐ。
市場につなぐだけではなく、利益につなぐ。
利益につなぐだけではなく、次の挑戦につなぐ。
地域資源を、持続可能な事業へ。
これが、甑島という地域から私が教えてもらったことの一つです。
次回は、甑島での経験を経て、なぜ私が「地域商社」という仕組みに可能性を感じるようになったのかについて書いてみたいと思います。