なぜ私は流通の川上・川中・川下を経験してきたのか
前回、「地域資源を市場価値へ転換すること」をテーマに取り組んできた話を書きました。
今日は少し、自分のキャリアについて書いてみたいと思います。
私は大学生の頃、当初は公務員を目指していました。
幼い頃から、
「日本人に生まれたからには日本のために生きなさい」
という母の教えを受けて育ったこともあり、社会の役に立つ仕事がしたいと考えていたからです。
そんな中、就職活動で出会ったのが流通業界でした。
ある企業説明会で聞いた言葉が、今でも忘れられません。
「日本のものづくりや産地は素晴らしい。
しかし、生産の海外移転が進み、国内の産地は疲弊している。
今、若い人材が入らなければ、日本の技術や地域は衰退していく。」
その時、
「日本のために生きる」
という想いと、
「流通を通じて地域や産地を支える」
という仕事が、自分の中で結びつきました。
その後、流通業界について学ぶ中で、
流通はよく「川」に例えられることを知りました。
川上
生産者・産地
川中
商社・物流・流通
川下
小売・商業施設・消費者
もし本当に地域や産地の役に立ちたいのであれば、
川の一部だけを知るのでは足りない。
川全体を理解したい。
そう考えるようになりました。
その結果、
- 店舗運営
- ブランド事業
- 商業施設運営
- リーシング
- 地域商社
- 一次産業支援
など、一見するとバラバラに見える仕事を経験してきました。
転職回数が多いのも、実はこの考え方が背景にあります。
職種を変えたかったわけではありません。流通という「川」の全体像を理解したかったのです。
そして20年以上かけて川を泳いできた今、一つの確信があります。
それは、
「川上が強くならなければ、日本は強くならない」
ということです。
どれだけ販売方法を工夫しても、
どれだけ流通を効率化しても、
川上である地域や生産者が元気でなければ持続しません。
だから私は今も、地域事業や一次産業に関わり続けています。
生産者が儲かる仕組みをつくること。
地域が自走できる事業をつくること。
それが、自分なりの
「日本のために生きる」
ということなのだと思っています。
次回は、実際に鹿児島県甑島へ移住し、地域流通の現場で何を学んだのかについて書いてみたいと思います。