私が18歳の時、父は48年の人生を終えた。
両親は3年前に離婚していたので、
父の死によって生活が大きく変わることはなかった。
それでも、あの日の病室を、忘れられることはない。
瘦せこけた体、
そこだけ大きく膨らんだ腹。
焦点の合わない目で、
ただ静かに宙を見つめていた。
会話はなかった。
喋る。
食べる。
歩く。
もう、父にはできないことだった。
あの時、父が何を思っていたのか、
今となっては、確かめることができない。
自動ドアが開く。
外の空気を吸う。
もう日が傾き始めていた。
家まで、およそ10㎞。
自転車をこいで、
オレンジ色に染まる街を走った。
仕事を終えて家に帰る人。
買い物袋を提げて歩く人。
信号待ちで笑い合う学生。
いつもと何も変わらない夕暮れだった。
ただ、
18歳の私だけが違う世界にいるようだった。
ずっと、自分の人生の終わりを考えていた。
「私は、どんな人生を生きて、
どんな最期を迎えたいんだろう。」
ふわふわと宙に浮いているような、
地に足がついていないような、
そんな、感覚だった。
あの日の光景は、
私に「生き方」を考えさせた。
それからは、人生の大きな選択をする時、
私は、
ただひとつの問いを自分に投げかける。
「人生の最後に、この選択を後悔しないだろうか。」
大学へ進まなかったことも、
就職しなかったことも、
宮崎を離れ、上京したことも、
正しかったかどうかは、わからない。
でも、
人生で一度や二度、失敗することよりも、
挑戦しなかったことを悔やむ人生の方が、
私は怖かった。
“失敗しない道”ではなく、
“後悔しない道”を選ぶ。
そして、選んだ道は、
自分の手で正解にしていく。
最期の日に、
「自分の人生を生きた」
そう笑える人生でありたい。
だから私は、
今も、
“自分で選んだ道”を歩いている。
to be continued......