なぜ、「祭」が必要なのか。
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誰かをどこかに連れて行くようなことがしたい
イベントやデザインのあれこれをやる日々の中で、「ただ美しいものをつくること」「ただ淡々とこなしていくこと」は、私がやるべきことじゃない気がする今日この頃です。
鼓舞して、鼓舞されて、自分の内なるエネルギーで自分の檻をぶっ壊してしまうようなことに加担しなきゃいけない。と、今は思っています。
そして、「祭」にはその要素があると確信しています。
些細なことでマウントを取り合い、忖度し、エネルギーを消費する。
そんな日々を蹴っ飛ばし、「気枯れ」を払い、勝手に未来を拓くような、性別・年齢・肩書き・思想を超えて力が湧くような、エネルギーを充填する場所をつくりたい。
祭には人を自然に踊らせたり泣かせたりする力があると思います。踊りたくてうずうずさせたい。「まちおこし」ではなく、人に内在する美しさを呼び起こす「ひとおこし」をしたい。
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詳しくはないですが、物理学でいう「エネルギー」とは、「仕事をする能力」のことらしいです。
より具体的にいうと、「静止していた他の物体を動かす能力」のこと。
止まっていたものやことを動かす。
そういう「お節介」が必要とされる場所に、何らかの「祭」を供給したい。それが最近のビジョンです。