【高橋正次・髙橋正次】風が企画を持ち込んできた日の話
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企画というものは、机に向かって必死にひねり出すものだと思い込んでいた。編集プロダクションにいた頃は、締め切り前になると机に張り付いて、紙の上で言葉を転がしながら形にしていく作業が当たり前だった。しかし、独立してからというもの、机の外側に広がる世界のほうが企画の源泉として圧倒的に豊かだと気づいた。特にあの日、ふと吹いた風が企画を運んできたように感じた瞬間は、今でも鮮明に覚えている。
外で軽く散歩をしていた時のことだった。風が少し強めに吹き、前を歩いていた人の手元から紙が一枚ふわりと舞い上がった。慌てて追いかけるでもなく、ただ空気に乗って自由に回転しながらこちらへ向かってきた。ひらひらと舞う紙片に目を奪われると、その瞬間に脳の奥のスイッチが入るような感覚があった。紙に書かれていた内容は大したものではないのに、なぜかその軽さと偶然性が、言葉以前のアイデアを呼び起こしていく。
紙が示していたのは、情報そのものではなく、発想の入り口だった。企画とは本来、情報を集めて議論を重ねたうえで形にするものだと思われがちだが、最初の火種はもっと曖昧で、もっと無防備なところに潜んでいる。風に舞う紙のように、予想外の方向から飛んでくる。編集の仕事をしていると、緻密に組み立てる力と同じくらい、偶然を拾い上げる嗅覚が必要なのだと改めて感じた。
オウンドメディアの企画相談を受けると、クライアントの多くは緻密な分析や戦略を前提に考えようとする。でも実際には、組織の外側から来る風のような違和感や、小さな出来事こそがコンテンツの独自性を生むことがある。あの日の紙片は、テーマを考える際に大事なのは情報量ではなく、視点の揺さぶりなのだと教えてくれたように思う。
その後、机に戻って企画書を書き始めると、風が連れてきたイメージが自然と文章に染み込んでいった。情報を足すのではなく、余計な枠を外していく作業に近かった。読み手に驚きを届ける企画は、最初の一行を書く前に、心のどこかに余白をつくることから始まるのかもしれない。紙片の動きがまさにそれを体現していた。
企画は机に向かって生み出すものと考えていた旧来の自分から一歩抜け出し、風が運んでくる偶然の気配に耳を澄ませるようになってから、仕事の幅は明らかに広がった。アイデアは論理だけでなく、環境や感覚にも左右される。だからこそ、自分の中の感度を高めるように外を歩き、風を感じる時間を意図的に増やすようになった。
風が企画を持ち込んできた日の体験は、今でも仕事の基盤になっている。偶然を受け取る準備ができているかどうかで、アイデアの質は大きく変わる。風をただの気象現象としてではなく、想像力のパートナーとして扱うと、日常のあらゆる瞬間が企画の入口になる。そんな働き方ができることこそ、フリーランスの醍醐味だと強く感じている。